第50話 北条慈雲
上田城の大広間。
そこには計8名の人間がいた。
北条家当主北条慈雲
自称母親の川相やす子
千幸様、水蓮様、圭、美月、菊花、そして俺の8名。
千幸様の護衛の紫苑さんは外で控えているのだろうか?
千幸様は俺の隣に座ると北条慈雲と自称母親のコンビに対峙した。
少し緊張しているのだろうか?
こんな千幸様を見るのは初めてだった。
「それで慈雲殿。まさか貴女がわざわざこのような田舎までやってくるなんて思わなかったわ」
「あらそう?だってウチの領の男子ですもの。見ておきたいと思うのは当然ではなくて?」
おっといきなりかましてきたな。
なんでもこのおばさんは相当なやり手らしい。
北条が巨大経済圏を築いているのもこのおばさんの功績なんだとか。
それにしても髪の毛を盛りに盛って頭の大きさが大変なことになっている。髪型のセットに毎日どれくらい時間がかかるのだろうか?考えたくもない。
「拓真さんは真田の民よ?もう男性登録だって済ませているわ」
「そうなのよー。こちら川相やす子さんっていうんだけどねー。ウチで男性登録をしていなかったのよ。もー取って食べたりしないのに失礼しちゃうわよねえ」
口を押えて笑うおばさん。
嘘吐け、性的に食べるって聞いてるんだぞ。
あ、ここで北条領に付いていったら俺はこのおばさんと強制的にワンナイトか。
冗談ではない。
俺にそんな趣味はない。
「それで・・・拓真さん?」
「なんでしょう?」
「アナタ本当にこの母のこと覚えていないの?」
「私がお母さんよ拓真ちゃん?」
「全く記憶にございません」
きっぱりと告げる。
俺はモノを言える日本人なのだ。
「というか未だに私の母親がこの人だとも思えません」
「そうは言ってもねー。記憶がないんでしょう?」
「ハッキリしないことは多いですが、全くないわけではないので」
「あらそう?困ったわねえ」
慈雲おばさんは大して困ってないように笑った。
「何か証拠とか無いんですか?俺の小さい頃の写真とか」
「それがねえ。この女ったら写真が嫌いで残ってないのよ」
「なるほど。私の成長過程など残す価値は無かったと?」
「ご、ごめんね拓真ちゃん?写真に残すより今の拓真ちゃんを見ていたかったのよ」
なんじゃそりゃ。
とはいえこのままだと水掛け論だな。
さてどうしたものか?
「何故拓真君が攫われるような事態に?」
千幸様が切り込む。
「それがねえ。この子が少し目を離した隙に車で攫われてしまったって」
「そうなの!拓真ちゃんと出かけようと思ったのにこんなことになってしまうなんて・・・」
よよよと泣き崩れるニセ母。俺がお前なんか母じゃない。本当の母のことは覚えている、と言うのは簡単だが話がややこしくなるな。じゃあその母親はどこにいるんだという話になってしまうし。
DNA鑑定などできれば話は早いが、その過程で三毛猫ウイルス感染など気まぐれに調べられたら目も当てられないことになる。
一体どうしたものだろう。
そんなことを思っているとさらに千幸様が切り込む。
「それはおかしいのではなくて?」
「あら何がかしら?」
「彼は男性登録をしていない言わば隠し子でしょう?何故外に出かけるなんて話に?」
「だ、だって拓真ちゃんがどうしても出かけたいって言うから」
「そういうことはよくあったのですか?」
「え、ええたまには・・・」
「犯人はどうしてアナタの家に男性がいることを知っていたのかしら?隠していたのですよね?」
「そ、それは・・・私には分かりませんが・・」
口ごもるニセ母。
「大方窓から見たとかそういうことじゃないかしら?とにかく彼はウチの男性よ。さ、拓真さん帰りましょう?」
慈雲が俺に手を向ける。
「いえ私は真田の民ですので。それにおぼろげながら母からは『知らない人に付いて行ってはいけない』と言われた記憶がございます」
にっこり笑って言ってやる。
「そういえばそこの人。アナタは本当に私の母なんですよね?」
「ええそうよ拓真ちゃん!私のことを信じて!」
「でしたら私の子供の頃のお話をして頂けますか?」
「ええもちろんよ!拓真ちゃんは野球が大好きでね・・・」
ニセ母はスラスラと俺の少年時代を喋る。よくもまあこれだけスラスラと嘘を並べられるものだと感心する。
「だから拓真ちゃんは本当に野球観戦が大好きでね!小田原スタジアムによく野球を観に行ったものなのよ」
「ふーんなるほど。それでは私は幼い頃から野球を観戦ばかりしていたと?」
「ええ。北条ファルコンフォースの応援を一緒にしたわ」
きっとかなり練習してきたのだろう。存在しない記憶をよくペラペラ喋るものだ。
しかし残念。
ボロが出たな。
「野球を観る以外は?」
「あとは家の中で本を読んだりゲームをしたりしていたわ。拓真ちゃんは優しくてホントにいい子だったわ」
「ふーん・・・それだけ?」
「え、ええそうだけど?」
「ほー・・・」
「あ・・」
「ふふっ・・」
圭と美月がにやりと笑った。
「これは嘘だね圭?」
「うん嘘だよ美月」
「な・・!あ、貴女達!私が話しているんですよ!無礼でしょう!?」
「無礼は貴女ですよ。彼女達は私の大事な友人です。悪く言うならば容赦はしませんよ?」
怒気を孕ませながら言う。
「あ・・・ち、違うの!」
「それで拓真さん?やす子さんの言うことの何がおかしかったんでしょ?涙無しには語れない愛に溢れた話だったと思いますけど?」
「うーん・・これは話すよりも見た方が話が早いでしょうね」
俺は立ち上がり言う。
「外に出ましょう。美月、悪いんだけど車からグローブ持ってきてもらっていい?」
――――――――――――――――――
というわけで上田城の庭に出た俺達。
そこで俺は美月とのピッチング練習を披露した。
「美月、次スライダー」
「了解、拓真君」
スパーン!!!!
あれから球速はどんどん上がって、135km/hくらいは出るようになっていた。
やはり若い身体は良い。
「よーし絶好調絶好調。つぎスプリット」
スパーン!!!!
「ナイスボール」
「じゃあ次直球ねー」
スパーン!!!!
ピッチング練習をする俺達を慈雲おばさんとニセ母は茫然と見ていた。
「さあこんなもんでいいですかね。私が何を言いたいか分かります?」
「す、すごい球投げるのねあなた」
「ええ。私は野球を『するのも』好きなので。家の中で本を読むなんて私のガラじゃありませんね」
この日本の男達はスポーツなんてしないらしいからな。
野球男子がいるなんて想像すらしていなかったのだろう。
「う、ウチの庭は広いから!!だからこっそり練習してたのね拓真ちゃん!」
「無理ですよ。野球は1人でするものじゃありませんから」
美月を見ながら言う。
「それに外で男子が野球をしていたら目立って仕方ないでしょう?男性登録もせず隠し通せるものなんですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「きっとあなたの息子さんは私以外の誰かなのでしょう。だからその、拓真ちゃんって言うのやめてもらっていいですか?さっきから気持ち悪くて」
「あなた!!!」
慈雲おばさんが急に大きな声を出す。
ビックリした。
なんだ?まだなんかあるのか?
「なんでしょう?」
「あなた真田から月どれくらい貰っているのかしら?」
「男性手当ですか?それなら月5万ですが」
「北条ならその10倍!いや、20倍は出しますわよ!だからあんな動画になんか出て働く必要なんてないのです!家でずっと過ごしていればあとは女が勝手に働くわ!あなたがやす子さんをこの人がボクの母親ですって言うだけで幸せな生活が手に入るのよ!」
慈雲おばさんが大仰に振り返って言う。
「もう一度訊くわ。あなたのお母さんはこの方?」
俺は少し考える素振りを見せた後にっこり笑って言う。慈雲おばさんもそれに釣られて笑った。
「違います。あと私は働きたくて働いているんですよ。家でずっと過ごすなんて御免です。それにこの嘘つきを母親と呼ぶ屈辱、私はとても耐えられません」
慈雲おばさんの顔から笑顔が消えた。
「最後に。私は真田の人々を愛しておりますので。どうぞお構いなく」
軽く礼をする。
北条慈雲は苦虫を嚙み潰したような顔をすると
「行きますわよ!!!!」
と言って足早に上田城を後にした。
嘘つきおばさんも慌てて後を追う。
しかし北条はロクなことしないな・・・。
小田原スタジアムにはいつか行きたいんだけど、俺が行ける日は来るのだろうか?
ちょっと心配になった。




