第41話 vs長尾メジロスラッシャーズ
千幸様にお願いされて諏訪スタにやって来た俺と菊花。
そこで案内されたのはバックネット裏だった。
「おおおー!!バックネット裏入っちゃっていいんですか!?」
「はは構いませんよ。お席こちらにございますので」
そう言って案内してくれる長尾の職員さん。スーツ姿で真面目そうなスラッとしたカッコいい人だ。琥珀さんの部下だったりするんだろうか?
「こちらどうぞ」
「こちらって・・・・・」
きゃああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!
「うわビックリした!」
席に着こうとしたら突然とんでもない悲鳴が上がった。
誰かホームランでも打ったか!?と思って慌ててグラウンドを見るが、回が変わったばかりで皆キャッチボールをしているだけだった。
「?」
「ご主人アレですよアレ」
菊花に促されて電光掲示板を見る。するとそこには大画面に映る俺の姿があった。
「?」
「なに不思議そうな顔しているんですか?せっかくですから手でも振ればいいじゃないですか」
今の悲鳴俺宛かよ!喜んでくれて嬉しいけどもっと野球に注目して欲しい。頑張ってる選手にエールを送ってあげて欲しいなあ。
とりあえず笑顔で手を振ると悲鳴が悪化する。鼓膜破れそう。
手を伸ばしてくる女子が大勢いたのでハイタッチしつつ案内された席に座る。
バックネット裏やや上段の球場全体が見える特等席。選手に一番近いのは下段の最前列だが、実は下段は外野の方はちょっと見づらい。その分選手が物凄く近いというメリットはあるが、試合全体を観るなら上段の方が見やすい。
「いい席だなあ」
試合の隅々まで観察することができる。バックネット裏に来るのは初めてだ。甲子園は元よりどこの球場でも取ろうと思っても滅多に取れる席ではない。
「お待たせしました!なんと!拓真君がウチのブースに遊びに来てくれましたよ!皆さん!凄いですよ!ナマ拓真君ですよ!ナマ拓真君!」
ん?
隣の席を見てみる。
思いっきりカメラを向けられていた。
更に隣の奥を見てみるとラジオキャスターっぽい人がこっちに手を振っていた。
「あれここって」
「ふむ・・・ どうやら長尾のラジオブースのようですね」
「ちなみに今生放送で動画サイトに流しちゃってるんですけど大丈夫ですか?」
「何してるんすか!?」
大丈夫ですか?じゃないわ!
ここってあれじゃん!解説の人が座るところじゃん!ノムさんがここ座ってるのよく見てたわ!
「なんつーとこ連れてくるんですか・・・」
「ご、ごめんね?他の席空いてなくて・・・」
まあ仕方ないか・・・。
しかし解説かあ・・。
正直解説なんてやったことがないんだけど、うまく喋れるだろうか?
解説というのは試合の進行やプレーの詳細を視聴者に分かりやすく説明し、ゲームの戦術や選手の意図、戦況を深く掘り下げて伝えなくてはならない。こ
れにより、ラジオを聞いている人がが試合の流れをより理解し、楽しむことができる。
正直未知の領域だ。
男ってだけである程度甘く見てくれるだろうが、リスナーが満足する解説ができるか分からない。
だがせっかく与えられたチャンス。
こんなこともう二度とないかもしれない。
正直言うとかなりやってみたい。
俺は試合中かなり語りたいタイプの野球オタなのだ。
「分かりました仕方ありませんね。それじゃあラジオセット貸してください。解説をするのは初めてなので、上手く喋れなくても知りませんよ?」
「・・・・・・・え?」
この人は何を言っているんだろう?
ここに拓真を連れて来た長尾家の斎藤朝香は首を傾げた。
今日は珍しい男性の野球観戦者を見るためにわざわざ長尾から動画撮影にやってきた。
しかし探せど探せど男は見当たらない。
先ほどまで生放送はお通夜のような雰囲気だった。
今日は拓真目当てで視聴者も多い。
視聴者からも拓真君が見たいとコメントを一杯貰ったが、どうすることもできなかった。
そりゃそうだ。
だって来ていないんだもの。
あと3時間弱どうやって時間を持たせよう、と思っていたらこちらに拓真君が向かっているという連絡があった。
罵倒の数は時間が経つごとに増えていたのでとても助かる。
喜び勇んで迎えに行くところも生中継でお伝えした。
生で見た拓真君はテレビ画面越しよりも5割増しでカッコよかった。
これだけでも越後からわざわざ諏訪まで来た甲斐があったというものだ。
ブースに連れて来たのは単純に席が無かったため。
解説など元よりやってもらうつもりはなかった。
しかしどういう誤解があったのかは知らないが、拓真君はラジオの解説をやる気になっているらしい。
これはチャンスなのではなかろうか?
「あのご主人?解説なんてやるんですか?」
多分そういうつもりで連れて来たんじゃないと思いますよ?
と、菊花は続けようとしたが遮られる。
「ああ!俺頑張るから!」
今こそ俺の中のノムさんを解放する時だ。
幸いスズメーズの戦略は見ていて分かりやすかったので、俺でも詳しく解説できると思う。長尾は今日初めて見るチームなので分からない。
試合はすでに3回終わって0対0。
未だどちらも得点が入っていなかった。スズメーズが失点していないなんて珍しい。
もしかしたら勝つことができるかもしれない。
「拓真君これ!」
職員さんにヘッドセットを渡される。それじゃあ今から俺はラジオ解説だ。
頑張ってみよう!
俺の中に眠るノムさんを降臨させる時だ。
「さあ4回の表の長尾の攻撃。実況はわたし宇佐美塔子。そして解説にはなんと男の方!川相拓真さんに来て頂いております。川相さんよろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
「さあ拓真さん。今日の試合はご覧になっていかがですか?」
「すみませんまだ到着したばかりなので、試合はよく見れてないんです。申し訳ない。ただ真田スズメーズは序盤で失点することが多いですが、今日はよく耐えていますね」
「はい。今日の先発は山本投手。中1日での登板です」
「中1日ですか。よく肩が壊れませんね。やはり真田スズメーズは選手の不足が深刻ですね」
「頑張って欲しいですね!さあピッチャー振りかぶって第一球を・・・投げました。おっとバッターうまく打ちましたがライト正面。ワンナウト。かなり捕えた当たりでしたがいかがでしょう?」
「うーん球が浮いていますね。今の打席は相手バッターが何故か張り切っていて打ち気なのがはっきり分かっていましたのでボール球から入るくらいの慎重さがあっても良かったかもしれませんね」
「なるほど。あ、次のバッターこちらに手を振っていますよ。これはいけません試合に集中してもらわないと・・・おっと拓真君も手を振っています。ダメですよ拓真君試合中ですよ」
「おっとこれは失礼。さあ真田のピッチャーもやる気十分といったところ。ただここは敢えてボール球を上手く使って狙い球を散らしていきたいですね。低めに集めつつ、長打にならないようにしなければいけません。次のバッターは打率が高い選手ですからここを・・・・・」
ラジオ解説超楽しい。
いくらでもペラペラと言葉が出てくる。今まで甲子園で試合を観ていても喋る相手がいなかった。女性の隣で野球についていくらでも話していい環境なんて経験したことがない。とても嬉しい。ちなみに動画配信用のカメラもずっと俺の方を向いているので、時々目線を向けては愛想を振りまいたり、ラジオのCM中にコメントを入れたりと割と忙しい。
それでも充実していた。菊花は隣に座って呆れたようにこちらを見ているが気にしない。
俺はとにかくしゃべり続けたのだった。
なおスズメーズは勝った。




