第4話 救出そして流される俺
川の流れは先ほどより少し速くなった気がした。
少女はもう流される寸前という状態だ。
「よし・・・」
近くから棒きれを持って川岸に戻る。
川底を棒で突いてみたが深さは大したことないようだ。
元々は穏やかな小川なのだろう。
だからきっと少女は取り残されてしまったのだ。
穏やかな川が雨によって人間に牙を向けることは幼い少女には想像がつかなかったのだろう。
「今行くぞ!俺が着くまで耐えてくれ!」
「ひぇ!?」
少女は驚いてこちらを見る。
その表情は驚きに染まっていた。
ちょっと声が大きかっただろうか?
子供を怯えさせてしまってはいけない。
俺は1mほどの長さの棒きれを持って川に入っていった。
川には突然深くなっている場所がある。
そこに足を取られれば俺もきっと流されてしまうだろう。
慎重に・・・慎重に棒きれで川底を確認しながら歩く。
一歩ずつ。
一歩ずつ確実に。
川はすでに結構深く、俺の膝のやや下くらいまで水に浸かっていた。
この流れの速さだと水位が膝を越えると歩くこともままならないだろう。
本当に一刻の猶予もない。
一歩ずつ
一歩ずつ
落ちついて慌てず冷静に。
あと五歩・・・三歩・・・一歩・・・
「ほーら捕まえた」
俺は千春ちゃんを抱きかかえた。
「大丈夫だったかー?心配かけやがってー」
不安にさせないようにできる限り明るく声をかける。
「・・・・・・・・・・・」
少女は固まっていた。
よほど怖い思いをしたのだろう。
無理もない。
早く岸に戻らなくては。
ふと川岸を見ると懐中電灯と思しき明かりがチラチラと見えていた。
「おーい!!」
先ほどのサイドポニーの女の子が懐中電灯をブンブン振っている。
やれやれどうやら間一髪といったところか。
「千春ちゃんを確保した!今戻る!」
そう言って岸に戻り始めた。
千春ちゃんを見つけてひとまず安心ではあるがまだ気を抜けない。
帰るまでが遠足だ。
行きと同じように慎重に岸へと帰る。
慌てない。
まだ水量には余裕はある。
内野手の下半身の筋力を舐めないで頂きたい。
これくらいの水に流されるような柔な鍛え方はしていない。
そうこれくらいなら・・・
「!!!!!!!!!!
危ない!!!!」
川岸まで残り8mといったところだろうか?
サイドポニーが川上を指差し叫ぶ。
「え」
そこには大量の水が流れてくる様子が暗闇でもハッキリ分かるくらいに見て取れた。
鉄砲水。
山崩れなどによってせき止められた水が堰を切って激しく流れる水のこと。
それが今まさにこちらに襲い掛かろうとしていた。
水位は胸までの高さになるだろうか?
こんなものいくら内野守備で鍛えた下半身であっても耐えられるものではない。
「あ・・ああ・・」
胸の中の千春ちゃんが俺のユニフォームをぎゅっと握った。
そうだ。
この子だけでも無事に帰さなくては。
このユニフォームを着ている時に無様なことはできない。
これはただのユニフォームではない。
軍服なのだ。
今の俺は軍人なのだ。
か弱い女の子を守ることが使命なのだ。
「・・・・・!」
頭が急激に冷える。
やるべきことは決まった。
俺はサイドポニーに向かって叫ぶ。
「今からこの子を放る!受け取ってくれ!!」
「え!?」
今の俺の位置からサイドポニーまで約8m。
千春ちゃんの重さは15kgといったところか。
内野守備で鍛えたのは下半身だけでない。
上半身もだ。
ショートの深い守備位置から一塁へノーバウンド送球することに比べたら女の子1人8m放り投げるくらい朝飯前だ。
サイドポニーは酷く驚いていたが、やるべきことを把握したようだ。
懐中電灯を地面に置くと両手を構えた。
「バッチこーい!」
腰を落として構えるサイドポニー。
なかなか良い構えだ。前傾姿勢で腰を落としてどこにでもすぐに対応できるようにしている。
これなら多少目測を誤っても大丈夫だろう。
「千春ちゃん!ちょっと怖いかもしれないけど俺を信じて!行くぞ!」
「う・・・うん!」
「どっせえええい!!」
全身全霊を込めてサイドポニーの元に千春ちゃんを放り投げた。
遠心力を利用して両手を使用して力の限りを尽くした。
現役時代は10kgのトレーニングボールでの筋トレを欠かしたことはない。
これくらいできなくてどうする!
「わっ・・!っと!」
「きゃっ!」
どさっ
サイドポニーが千春ちゃんを抱えて倒れ込んだ。
よかった無事に受け取ってくれたようだ。
「あ・・・」
それを確認すると同時に。
俺に鉄砲水が襲い掛かる。
「がぼぼぼぼぼおぼぼ」
なすすべなく流されていく俺。
「うわー!!!ちょっとどこに行くのー!!???」
叫ぶサイドポニー。
そんなの俺が聞きたい。
鉄砲水の勢いは凄まじい。
呼吸をするだけで精いっぱいだ。
「ごぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ」
とにかく流される。
見た目以上になすすべがない。
上下左右天上天下に回転しながら流されている。
何か!何かに捕まらないと本当に死ぬ。
滝とかあったらもう終わりだ。
早く岸に上がらないと!
「こっち!見て!」
声に釣られて流されていく先に目を向ける。
するとそこには先ほどの大きな女の子が川に漬かって構えているのが見えた。
左手は川岸にある木を掴み、右手をこちらに思い切り伸ばしている。
俺は咄嗟に手を伸ばそうとして躊躇する。
果たしてこの手を取ってしまって大丈夫だろうか?
この女の子まで流されたらそれはあまりに申し訳ない。
「大丈夫!」
そんな俺の躊躇が伝わったのか少女が叫んだ。
「私、キャッチャーだから!」
「!!!!!!!」
なるほどそれなら確かに大丈夫だ!
キャッチャーの体幹や腕力は常人のそれをはるかに超える。
彼女はよほど鍛えているのだろう。
その声には自信が満ち溢れていた。
「くっ!!」
彼女に向かって手を伸ばす。
ガシッ!
彼女に手を掴まれた。
そして次の瞬間
「うおおおっと!!」
とんでもない力で川岸に引き上げられた。
確かに俺の体重はそこまで重くない。
せいぜい70kg程度だ。
しかしそれを軽々と片手で掴み一気に川岸まで上げるとは・・・。
彼女はとても優秀なキャッチャーなのだろう。
是非とも一度練習風景を見てみたいものだ。
「はぁ・・・はぁ・・・ し、死ぬかと思った・・・」
「だ、大丈夫でしたか!?無事で・・無事でよかった!」
「ふごっ!?」
キャッチャーに抱きしめられる俺。
25cmくらい身長差があるため胸が顔面にくる。
「~~~~~~~~~~~~~~~!!!」
俺も男だ。
スケベ心はある。
しかしそれどころではない。
何せ呼吸ができない。
彼女の胸部はとてつもなく大きい。
100cmは優に超えるだろう。
そして彼女の服は今ビショビショに濡れている。
それを顔面に押し付けられているものだから本当に全く呼吸ができない。
「~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!」
たぷたぷたぷたぷたぷたぷたぷ
必死に胸をタップして彼女に気が付いてもらおうとするが、彼女が気が付く様子はない。
いかん本当に意識が遠くなってきた。
「うわあああ!!!ちょっと美月!何してるの!死ぬよ本当に!その人死ぬよ!!」
「ううん、無事だったよ!ホラこの通り」
全身の力が抜けぐったりする俺を誰かに見せるキャッチャー。
「死にかけじゃん!ぐったりしてるじゃん!ヤバいって!早く離して!」
「え・・・? あ」
慌てて胸から引きはがされる俺。
この声はさっきのサイドポニーの子だろうか。
彼女のおかげで命拾いをした。
「はぁ・・はぁ・・・ お前俺を殺す気か・・・」
「ご、ごめんなさい・・・」
しゅんとするキャッチャー。
「いや命を助けてもらったのはありがたかったけども」
「いやー・・キミ本当に命拾いしたね」
サイドポニーが神妙な顔で言う。
「あっちの方ちょっとした滝みたいになってるからね」
「マジで!?」
「うんホラあっち見て」
「うわー・・・・」
確かに滝っぽいのがここからでも見えた。
危ない・・・本当に死ぬところだった。
昨日の試合の結果も確認してないのに死んでたまるか。
「ってそうだった」
結局ここはどこなんだろうか?
2人の少女が俺を見つめる。
その顔は真っ赤に染まっているのだった。




