56 くるひ
「いやー、壮観だなー」
僕は溢れんばかりの人波に驚いた。ヨナの熱心な支持者がこんなに集まったのか? しまったなあ。これならヨナを殺す方じゃなくて最初っから洗脳する方に考えれば良かった。まあ、それが難しいから止めたんだけど。
「アル殿、いかがしました?」
「ちょっと反省中。ヨナを使えばもっと効率的に人を集められたかもしれないって」
「ふ、あんな駄目レアにそんな事は出来ませんよ」
「いやいや、現にこんなに人がいるじゃん」
「私だって人を集めるくらいやれますよ。誘惑魔法でね」
竜族とエルフの混血であるミゼは何かとヨナに対抗心を持っている。何でだろ? 不思議だ。ヨナが褒められようとけなされようと、ミゼには一切関係ないのに。
「まあまあ、どっちでも同じだよ。僕にとっては人を集めてくれたことが大切だから」
それにしても大漁だ。これだけいたら一気にお布団ポイントを稼げる。ヨナはアンデッドを抑える魔方陣を生成して、ついでに僕も浄化しようって考えらしいけど……。
「んんん~」
「アル殿、いかがしました?」
「呆れ中だよ。ていうか、いちいち顔色を窺わなくていいよ。今の僕は王でもなんでもないただの警備隊長なんだから」
「アル殿の言いたい事も解ります。駄目レアの行動があまりにも愚かだからですよね? ふ、本当に醜い女。そうまでして皆に愛されたいのかしら」
いや、他人の愛情に飢えてるのは君じゃん。……とは口に出さなかった。前に似たような事を言ったら数日間も口を聞いてもらえなかった。洗脳するならちゃんと僕の理想通りになって欲しい。お布団スキルは万能な様で意外と不便だ。
「まあ、とにかくさ。浄化魔法で僕が作ったアンデッドとか僕を払うって考えがそもそもズレちゃってるんだよね~……お?」
贔屓にしているパン屋の屋台が見えた。ここの主人が作るサンドイッチは別格だ。僕が生きてた時代にこれがあったら革命が起きそうなほどに美味しい。
「アル隊長! いらっしゃいませー!」
「何? 今日って屋台やってるの?」
「稼ぎ時ですからね!」
「はぁ~。商魂逞しい! じゃ、さっそく呼ばれちゃおうかな」
「毎度あり! いつもいつもすみません!」
「いやいや、僕、この味を守る為に王都守ってるようなとこがあるから」
「あっはっは! アル隊長は本当に愉快なお方だ!」
僕は屋台で売っている特別性のサンドイッチを兜の隙間からねじ込んでかぶりついた。
「んぐんぐ。うわ、マジ美味い。えーと、で、何の話だっけ?」
「駄目レアは所詮、駄目レアという話です」
いや、違うでしょ。もー。コンプレックス強すぎ! 面倒くさいなあ本当に。
「ミゼ、そこまで言うならちゃんと出来るんだよね?」
「無論です。駄目レアの魔方陣をそっくりそのまま飲み込み、魔法を組み替えます。何やら各村々に歌声を届けているらしいので、それを利用して私の誘惑魔法で東方の人間全てを王都へ招集させますよ」
「期待してるよ」
まあ、失敗してもこれだけの人数をお布団ポイントに宛てたら……うん。かなり稼げるね! 早く貯まんないかなぁ。
「アル隊長! おつかれ!」
「アルさん! 今日はいい日だねえ!」
「アル坊~。お小遣いをやるよぉ」
見知った連中が通りすがりに口々に言葉を発する。愛しい人たちだ。
「はいはいはい、また今度ね。僕は今仕事中だから」
いずれお布団ポイントの足しになる人達だから優しくしたい。でも時間が無いのでドライな感じになってしまった。うーん、ごめんね。後でご機嫌を取ろう。
「あ、ミゼ。そう言えば白い地面には警戒してね。アレを踏んじゃうと洗脳が弱まる……」
右にいたはずのミゼがいない。うーわ、はぐれた。最悪。
「サインくださいよぉ。貴方の事をずうっと思ってたんですよぉ。支持者なんですぅ」
こんな時に面倒くさい支持者が現れた。本当に忙しいんだけどなあ。
「はいはいはいはい……。書く物は?」
「はぁい。これにお願いしますぅ。名前は、ディさんへで」
「うんうん……ディさんへ、と」
サインをあげたのに、男性は首を傾げていた。何だよ? 面倒くさいなー。
「名前違いますよぉ……」
「え? いやいや! ディって書いているよ?」
「私の名前じゃなくてぇ。貴方ですよぉ。セントリア一世って書いて下さいよぉ」
その言葉に、僕は余は怒り焦りおどろき何? 憎悪!? 敵。 誰? ぐ、が。
「……余の名をこのような場で口にするとは……!」
「つれないですねぇ。私、この一年の間に貴方の事を毎日毎日思っていたんですよぉ」
「下賤が。もう口を開くな。この場で余自ら終焉を与えてやる。光栄に思うが良い」
「貴方の大切な物、今しがた壊されてますよぉ」
塵屑の言葉など聞くに値せず。しかし正体が解らぬ以上、余は行動を慎重にする以外に選択肢は無い。即座の処刑を抑え、相手を吟味する。
「疑っていますよねぇ? 言ったでしょうぉ。毎日思ったと。貴方が最も嫌がる事を考えたんですぅ。毎日毎日……どうすれば貴方が困るかを、考え抜いたんですぅ」
「それ以上口を開くな。余はこの世の王であるが故に全ての民へ無限の愛情を注ぐが、国賊には欠片も無い。無慈悲な終焉こそ与えよう」
「お布団スキル、壊させてもらいましたぁ」
「世迷い事を」
今は命を奪うより、この塵屑を手中に収めて情報を引き出した方が良い。
「……」
「アレ? 出ませんよねぇ? くろーいお布団が召喚出来ませんよねぇ? 何ででしょうねぇ?」
な……。なにもの、だ? 僕の余の、誰? ぐ? げ? 余は王。サンドイッチ美味しい。余の敵は。王都が大好きだよ! る? うぇ?
「あ? が!? あぎ!? 王? みんなどこ? 王! 余は僕は俺は私は邪魔邪魔邪魔」
「違いますよぉ」
塵屑がその不快な口を開いたが余は僕は誰か助けて今すぐその命を奪ってさむいよ。
「貴方にとって失くして一番困るものって、お布団スキルなんですかぁ?」
まさか……!
「お布団ポイント共に……! 何をした……!?」
「自分の目でお確かめ下さいなぁ古代の王様。それではぁご機嫌よう~」
「塵屑が! 逃すなど……!?」
突如、世界がひっくり返った。あまりの事態に背を土に預けてしまった。
「ごめんごめん! ぶつかっちゃったよ! 急いでるんで勘弁な! 兄弟!」
目の前の男がひとしきり謝った後に、黒と赤が混じった髪をなびかせて消えていった。
「……ル殿。アル殿?」
すぐ隣から聞き覚えのある声がした。その女の頬には鱗があった。
「……」
「良かった。はぐれたかと思いましたよ。それにしても何故、座っているのですか?」
「……ああ。もう、大丈夫。頭はハッキリしているよ」
ハッタリだ。きっと出まかせだ。下水道に張り巡らせた黒いお布団は、そう簡単に壊せない。念の為にお布団の材質を鋼鉄に変えている。さっきの奴は気になるけど、今はヨナだ。絶好のチャンスを逃す手は無いんだ。
「確認だけど、本当に大丈夫なんだよね?」
「無論です。アル殿のおかげでレベルアップもしていますからね」
それを聞いても僕の胸騒ぎは収まらなかった。本当に大丈夫なのか? ようやくここまで来たんだぞ。僕は私は自分は王である余の器は王。故に我が血を引く現代の王へと座した。しかし余の願いは断たれた。力無き王は王に非ず。次は最強の王へと座した。己を王などと呼称する西方の野蛮な猿に座するのは極めて不快ではあったが、悲願を達成させる為には王の身とは言え致し方なし。
しかし、それでも余の願いは達成される事は無かった。最強の王は、さらに強い者の力によって屈した。最強などと言うモノに固執したおごりが余に試練を与えた。王に戦う力は不要。戦いたければ他を使えばよい。王とは言え人の子。間違いを犯す事もあろう。
最後に余は猿の王の子に座した。それは奇妙なスキルを持っていた。余が生きた中で最も理解に苦しむものであったが、同時に最も欲するスキルでもあった。塵屑共の語りは聞くに堪えぬが、鎧の子猿を王都へ引き取るとの事だった。それを確認した余は、下らぬ戦いで吹き飛ばされていた鎧の子猿の中身を捨て、その中に座した。
余は王ではあるが、王として在っては王足り得ない。それはこれまでの戦で理解した。つまるところ、余は無敵にならねばならない。時が来るまで何者からも敵対してはならぬ。無敵とは最強では無い。無力でも余の周り全てが味方で、敵が無い状態こそが無敵。
「あはははは!」
「アル殿、如何しました?」
「ううん、べっつにー。いやー。僕ってホントに有能だなーって」
王でもあり、民でもある。この世にこれ程の器を持つ者が他にいようか?
「じゃあ、そろそろヨナ嬢の歌を聞きに行こうか」
余は完全であり、究極である。全ては余が持つ〈黄金の天秤〉の中に在るべきなのだ。




