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44 集合

『マスター、いよいよ王都へ戻って来ましたね』


「あ、ああ。そ、そ、そうだな」


 ここにはいい思い出も悪い思い出もあるから複雑だけど、とうとう戻ってきてしまった。いや、前から戻って来たかったけど、アルの奴に捕まるんじゃないかとずっと怯えていた。名前を馳せ、西方のコールドグランドお抱え騎士になった今、ノレムとして捕まる事は無いはずだ……きっと。


「ここってノレムリアが言ってた王都セントリアなのよね?」 


 アンネさんは驚きと呆れが混じったような表情をしている。


「うん、そうだけど大丈夫? アンネさんは西方の出身だから東方の空気に慣れないかもしれないけど」


「いや違くって、展開的にね? 普通はここに着くまで相当の距離があるじゃない? それを数十分で移動できた事が異常すぎてどう考えていいのか悩んでるのよね」


「ああ、それはお布団魔法で空を飛んだだけだから……」


「何度も言うけど空を飛ぶって、この世界では絶対におかしい事だからね!? 常識から相当離れてるからね!? 状況が状況なら仲間が大絶賛して「何でこんな事が出来るんだ……!? 天才なのか……!?」みたいになるからね!? ノレムリアって自分の出来る事は大した事が無いって考える傾向があるけど、そんな事ないからね!?」


 アンネさんは相変わらずよく解らない事を言っている。


「俺はどこにでもいるただの村人だから、凄いって言われてもピンとこないんだよ」


「ここまで言って解んないってどうかしてるわよ! 怖いわあんた!」


 アンネさんと会話をしつつ王都の門をくぐった。辺りの光景はあの時と全く変わっていない。白い家々、整理された小川、珍しい店、まるで過去へ戻ったかのようだ。綺麗な歩道を眺めていると、ぽたぽたと水滴が落ちてきた。空は快晴で、雨の予感もしない。無意識に自分の額を拭うと、まるでバケツをひっくり返したかのように濡れていた。驚いて窓ガラスで自分を確認すると、顔には大量の汗、微かに震える両手と両足が見えた。どうやら俺は自分で思っている以上に不安を感じているらしい。


「ノレムリア、大丈夫?」


「え……あ、ああ。平気だよ」


「……あんたの話だとここって敵地なんでしょ? ボケっとしてたらアルに捕まるんじゃないの?」


「いや、その話はまた後で……とりあえず今は平気だから」


「平気ならここで話したって大丈夫でしょ。悪いけどあたしまだ理解できてないんだよね。有名になったから捕まらないって理屈が」


 ここで話している場合じゃないんだけどな……。


「う、うーんと。アルは国に異常なほど固執してるんだ」


「聞いたわよ。自分が動けなくなった時の為にあんたをスペアとして必要だって言ったんでしょ? そうまでして国を守るってぶっ壊れてるわよね」


「そんなアルだから、国のやった事は絶対に正しいって思うはずなんだ。俺を処刑した事も正しいし、間違ってないって」


「でもあんたは生きてるじゃないのよ」


「そう、そこなんだ。この国でノレムは公式に処刑されている。何を言おうが死んでいる。例え俺がノレムだと言い張っても、この国ではノレムだと認められない。もし俺をノレムだと認めたら、あの処刑は間違いだった事になる。それをアルは認めない」


「いやいやいや、そうは言ってもしれっと捕まえちゃえばいいだけじゃない」


「うん、そこが一番の問題だったんだ。俺が無名のまま戻れば、難癖付けて捕まえてくるはずだって。でも、西方のアンデッドハンター・ノレムリアとして戻れば簡単に手出し出来なくなる」


 アンネさんは首を傾げていたが、ため息をついて向き直った。


「悪いけど楽観的過ぎるわ。弟をただの部品にしか思ってないような奴でしょ? そいつは何の躊躇もなく襲ってくると思う」


「うん、ディにも同じことを言われたよ。それに俺もそう思う」


「へ? な、なら……」


「でも、だからこそ大丈夫なんだ。きっと俺の考えなんか見抜いてるアルだからこそね」


 納得のいってないアンネさんだったが、大きなため息をついて腕を組んだ。


「そこまで言うなら信じてあげる。……全く、何て事なの。あたしもこの世界に染まって来たのかしら?」


 ぶつぶつ言いながらちらりと俺を横目で見た。何かを確認しているかのようだ。


「もういいわね。じゃ、行こ」


「え、あ……」


 スタスタと歩くアンネさんに、俺は無意識に腕を伸ばしていた。よく見るとその腕の震えはもう止まっていた。額の汗は引き、気持ちも安定していた。……まさか俺を気遣ってくれたのか? 二つ結びを揺らして歩くアンネさんはどう見ても子供だが、中身は俺より遥かに大人だ。アンネさんの厳しい言葉は優しさの裏返しだと思う。


「で? ようやく帰って来た王都セントリアだけど、お目当てのお仲間はどう探すの?」


「セントリアには鎮魂碑があって、俺達がバラバラになったら夕方にそこで集まるって約束なんだ」


「な、何それ? 本当にそんな口約束だけなの!? 昭和歌謡じゃないんだから……」


「ん? しょーわかよー?」


「あ、ごめん。あたしの独り言だからさっさと忘れて。でも、それで大丈夫なの!?」


「大丈夫も何も、俺にはこれしか無いんだ」


 アンネさんは神妙な表情をして、しばらく黙った後に頷いた。


「……会えるといいわね」


「うん、ありがとうアンネさん。それじゃ行ってくるよ」

※ ※ ※


 いつか通った坂を登り、階段を上がっていった。そこには、鎮魂碑が夕方の光を浴びて輝いていた。往来も多く、色んな人が思い思いにその場で祈りを捧げていた。


「……」


 俺にとってここは、この国の中で最も複雑な所だ。皆と再会の約束した場所であり、仇敵と初めて会った場所でもある。希望と絶望が同じ場所に混在している。それでも俺は安堵していた。


「ようやく戻ってきた……」


『マスターの悲願が叶いましたね』


「ああ。長かったような、短かったような」


 周りには大勢の人がいるのにとても静かだった。木々の葉が擦れる音が妙に大きく感じる。風が落ち葉をゆっくりと運び、坂の下にある民家の屋根に降っていく。その屋根は夕日が反射して黄金色に染まっていた。あの時に見た光景とまるで同じだ。ただ違うのは、俺以外は誰もいないという事だけ。


『マスター、大丈夫です』


「ん?」


『皆に会えますよ。お布団には解るのです』


「ああ、そうだな。きっと会えるさ。……きっと……」


『はい。一人は石碑の前に居ます』


「え!?」


 俺は慌てて鎮魂碑を見た。輝いていたせいで良く見えていなかったが、誰かが跪いていた。その周りの人達の姿も妙な事に気がついた。その場にいる人達が全員が真っ白いローブを着ていた。あれ? どこかで見たような……。


『彼らは援護隊ですね』


「援護隊……? あ!」


 そうだ、思い出した。そもそも彼らから逃れる為に、鎮魂碑前に集合だと約束したんじゃないか!


「ヨナ嬢……援護隊か!」


 俺の声に、石碑の前にいた人影がぴくりと反応し、ゆっくりと振り返った。


「あ……!」


 月の光を閉じ込めたかのような銀髪、宝石のような緑色の目、薄くて真っ赤な唇、大胆に開かれた服から零れそうな胸、ほんのり赤い肩、そして、料理を褒めるとピンクに染まる尖がった耳。


「ヨナ……さんっ……!」


 見間違うはずがない。俺のスキルを鑑定してくれた人。俺を従者に雇ってくれた人。俺を訓練してくれた人。……数え上げたらキリが無いほど関わった、まるで女神みたいに綺麗な人だ。


「……ノレム……?」


 ヨナさんは信じられないモノを見るように、ゆっくりゆっくりと俺に近づいて来た。


「ヨナさん! また会え……」


 再会の言葉を言う前に、ヨナさんの胸が顔に押し付けられた。


「ノレム……さんっ……ノレムさんっ……! ノレム……っ……」


「んぶ!?」


 不味い。こんな感動的な瞬間だと言うのに、意識が集中してきた。ヨナさんの胸は暖かく、柔らかさはお布団にも似ていた。それに凄まじくいい匂いがする。あの時に嗅いだ花の蜜のような匂いだ。……って、堪能してる場合じゃない! ……のに! 俺の感覚はそれを許さない。


『マスター、仕方ありません。ただでさえ思春期のマスターですから、大きなおっぱいには勝てないでしょう。お布団は大目に見ます。存分に味わってください』


(待て待て待て! お、お布団! 違うんだ!)


「ああっ……ノレムさんっ……」


『声もえっちな感じですね。盛り上がって来たようです』


(お布団んんん! んぐううう!)


「ぶはっ! よ、ヨナさん! だ、大丈夫ですから!」


 ようやくヨナさんの胸から口だけ逃れた。その声を聞いたヨナさんはゆっくりと離れ、静かに笑って俺を見つめた。夕日がヨナさんの頬に伸びる一筋の涙を煌めかせている。うう、ドキドキする。


「ノレムさん。よく、よくご無事で」


「い、いやいや! すみません! ヨナさん! 連絡が取れなくて……!」


「いえ。貴方が生きてくれているだけで本当に良かった。……本当に……!」


 言葉に詰まったヨナさんの両目から涙が溢れた。紅潮させた顔がどんどん近づいてくる。……え? ちょ、近すぎないですか? その時、以前にヨナさんから言われた事を思い出した。「次はキスをしてあげます」という言葉を。

 まわりの白いローブの男達も騒めいている中、俺はどうしていいか解らず固まってしまったが、ヨナさんの唇が迫ってくる。しかしその時、何かが破裂した音が聞こえた。


「!?」


 音の方向を見ると女性が草むらから上半身を出していた。ぼりぼりと頭を掻きながらようやく全身を現す。燃えるような赤い髪、挑戦的な紫色の右目、左目には眼帯、褐色の肌に走る傷跡、そして……黒い下着にしか見えないスブリガムを履いた女性。ああ、まさか、同じ日に会えるなんて。可愛らしさと強さを兼ね備えた人。実に人間臭くて情に厚い人。彼女の事も数え上げたらキリが無い。


「メイプル……!」


「お、おう、ノレム。久しぶり」


 ヨナさんとは対極的だ。メイプルはまるで一週間ほどしか間を空けてないかのような軽い挨拶だった。


「ヨナも久しぶりだな」


「メイプルさん……お久しぶりです」


 メイプルは何故か顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしてはいるものの、足早に目の前まで来て俺をまじまじと見た。


「ノレム、だよな? 本物だよな? なあ?」


「ああ、本物だよ」


 メイプルは俺の言葉を確認すると、ガクガクしながらゆっくりと俺に抱きつこうとしてきた。その顔は、褐色の肌だと思えない程に真っ赤っかだった。


「あの、メイプル?」


 ようやく俺に到達したメイプルは、顔を限界まで離して何か小声でしゃべっていた。


「……十……九……八……七、六、五四三二一! ぷは!」


 後姿になって仁王立ちするメイプルの頭から湯気が出ていた。何か無理をしたらしい。


「な、なあ? だから言ったろ! ノレムは生きてるってよ!」


「確かにそう言いましたが、メイプルさん。さっきの貴女の反応を見るに、実はそこまで信じていなかったのでは?」


「え!? い、いいじゃねえか! 生きてたんだからよ!」


「な……信じられない……あれだけ啖呵をきったと言うのに」


「だー! うるせぇ!」

 

 懐かしい二人のやりとりに俺は泣きそうになってしまった。でも、足りない。あと一人がいない。最も会いたかった肝心の人がいない。さすがにそれを願うのは都合が良すぎだろうか。


『マスター』


「ん? どうしたお布団」


『来ますよ』


 その言葉に、今まで生きた中で一番に心臓が高鳴った。俺はすぐに振り返り、階段を注目する。突然の行動にヨナさんとメイプルは首を傾げただろう。しかし、階段からは誰も頭を覗かせない。夕方の空が続いているだけだけど、それでも目を離せなかった。


「お、お布団……」


『マスター、大丈夫です。マスターの待ち人がすぐそこにいます』


 呼吸がしづらい。胸が苦しい。早く、早く見せてくれ。早く顔が見たい。話がしたい。一緒に居たい。一秒が何て長いんだろう。頼むから、早くしてくれ。俺が必死に耐えていると、ようやくコツコツという足音が聞こえてきた。階段から上がってくる栗色の髪が見えて、確信した。とうとう彼女の花蓮な顔が見えた。


「フェミル……!」


 ずっとずっと見ていた姿と何も変わっていない、俺の知っているフェミルがそこにはいた。フェミルも俺に気がついたようで驚いた顔を見せたが、すぐに戻った。俺達は互いに歩みを進め、幼いころから隣にいた時と同じように自然な距離で向き合った。


「ノレム……おかえり」


「フェミル……ただ、い、ま……っ」


 訳も解らず、思いっきりフェミルの胸で泣いてしまった。どれだけお布団スキルで強くなっても、この涙を止めることが出来なかった。フェミルこそ俺の胸で泣いてほしかったのに、俺が耐えきれなかった。何て情けないんだろう。


「ノレム、大丈夫。もう大丈夫だから」


 そんな俺に、フェミルは優しい言葉をかけてくれた。ああ、やっぱり俺は変わってないんだ。アロイス村でフェミルに手を引かれていたあの頃と。


『マスター。お布団はいい雰囲気なのに割り込みます。マスターも泣いてばかりいないで男を見せるべきです。さあ、フェミルに見せつけてやりましょう』


 お布団の言葉で、自分を無理やり奮い立たせる。強引に涙を止めてバレないように一つだけ深呼吸し、涙でぐしゃぐしゃの顔を袖できっちりと拭いて向き直った。


「フェミル、無事か? 心配したよ。ずっとフェミルの事を思ってた」


「へっ!?」


 ん? フェミルの反応がおかしかった。


「え、え? わ、私は大丈夫だよ? え、えへへ」


 上目遣いの潤んだ瞳で見てくるフェミルの顔が真っ赤だった。あまりの変化に、さっき自分が言った言葉を思い出した。何て恥ずかしい事を言っているんだ。お互いに顔を真っ赤にさせて無言になってしまった。


「心配して着いてきたら……」


 急に子供の声が響いた。その方向を見ると、地面に両手を付いてお尻を高く上げているアンネさんがいた。


「なぁにを……平和にラブラブしてんのよあんたはーーーーーー!」


アンネさんの急激な走り込みからの両足蹴りが俺の腹に深く突き刺さった。


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