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2 寝て起きたら強くなった

2話目を修正しました。

2017年8月22日 修正しました。

2017年9月4日 行間や読みやすさを修正しました。内容の変更はありません。

 かすかに鳥の鳴き声が聞こえる。それに眩しい。はっきりとしない意識の中でゆっくりと目を開く。その途端に、日の光が突き刺さった。目を細めながら体を半分起こし、深呼吸をして辺りを見渡す。薄く雪が積もっていたが、それを感じさせないくらいに布団の中はほっかほかだった。


「よく寝た――」


 体の底から力が漲り、心が青空のように晴れやかだ。何時間寝ても俺のぺらぺら布団じゃ、こんなに爽快な朝は迎えられないだろう。とても高級な布団に違いない。しかし、何でこんなところに?


『お布団で寝たので、以下の能力が発動します』


 突然、目の前に文字が浮かんだ。


『全能力上昇LV1が発動しました。全能力補助LV1が発動しました。完全回復LV1が発動しました。免疫補助LV1が発動しました。睡眠学習の効果でLVが2から10に上がりました。八時間の睡眠で、お布団ポイント8を取得しました』


 その文字が目の前から消えるまで、俺は動けなかった。あまりの出来事に、頭がついていかない。何が起こったんだ? 全能力補助? レベル? お布団ポイント? ……俺はまだ寝ていて、夢を見ているのだろうか。顔でも洗おうと、布団から出て靴を履いたその時。


「え!?」


 布団が光の粒となって消えていった。後に残ったのは、布団の形だけ雪が無い地面のみだ。何が何だか解らない。ふと、目の前のご神木を見た。そこで何となく、もしかしたら村の守り神が一晩だけでもと布団を貸してくれたのかもしれないと思い、両手を組んで祈った。きっとこれは女神様の慈悲だ。


「とりあえず、戻るか……」


 炭となった我が家に行こう。後片付けもあるし、とにかく現状を見なきゃならない。重い足取りで進んで行くと、遠くからでも解る真っ黒な我が家が見えてきた。その前に、家を見ている白髪の男性がいた。


「バンゾさん!」


 俺の声に驚き、体をびくりと反応させた。しかしすぐに、慌てて駆け寄ってきた。


「ノレム、昨夜はどこに? 無事なのか? 本当に、何もないのか?」


 いつものんびりとしているバンゾさんが慌てている。珍しい。


「あ、いや、大丈夫です。ゆっくり眠れました。それに、俺は本当に何ともないですよ。あの時間、屋敷にいたんです。フェミルにお祝いを言ってなくて」


 俺の言葉に、何とも言いようのない表情をした。安堵しているような、悲しいような。どうしたんだろう。


「そう、か。……何にせよ、ノレムが無事で良かった」


「あ。でも、すみません。バンゾさんの別宅が燃えて……」


「そんなものどうでもいい!」


 バンゾさんの大声が響いた。あまりにも意外な反応に、俺はどうしていいか解らず固まってしまった。


「あ……す、すまない。……すまない。ノレム」


 俺への謝罪の言葉を残して、バンゾさんは屋敷の方へ向かって行った。あの温厚で虫も殺せないようなバンゾさんに怒鳴られた事が、あまりに意外だった。その反面、自分の事を本当に心配してくれていたんだと感じ、嬉しさを覚えた。うなだれたバンゾさんの背中を見つめていると、視界の端に見たくもない連中の姿が映った。村の不良どもだ。ニヤニヤしながらこちらを見ていた。


「……あいつら……!」


 俺は沸騰しかけた。火事はあいつらの仕業に違いない。度が過ぎている! 本当に俺が死んだらどうするつもりだったんだ! 俺の心は怒りに包まれ、気がつけば不良のリーダーであるトマスの襟を掴んでいた。


「……おい野良野郎。今日はフェミルがいねえぞ? こんな事してどうなるか解ってんのか?」


「うるさい! トマス! お前っ! お前たち! 放火なんて人のやる事じゃない!」


 俺の言葉にトマスの眉が八の字に歪む。


「はあ? 何言ってんだこいつ。てめーの不始末で火事になったんだろ! 俺達のせいにしてんじゃねーよ!!」


 この期に及んで誤魔化そうとしている。……もう、許せない!


「謝れ! 今までの嫌がらせの分も全部だ!」


「はあああ!? 何だ……こいつ!? てめえ。イカレてんのか!?」


 トマスが顔を真っ赤にして俺の襟を掴み返してきた。周りの取り巻きも殺気立つ。そのうちの一人が妙な表情で俺を見ていたが、それどころじゃない。


「てめえなんてなあ! 家と一緒に焼け死んじまえば良かったんだよ!」


 もう俺は耐えきれず、渾身の力を込めた拳を振りかざした。しかし、殴るという行為に慣れていなかったせいか、拳は大きく狙いを外れてトマスが座っていた岩に当たった。その瞬間、轟音と共に岩が爆散した。


「……は?」


 バランスを崩して尻もちをついたトマスと、中腰で目を丸く開いた俺、間抜けな恰好で止まっている周りの不良たち。この場にいる全員が、砕け散った岩を見つめていた。


「こりゃあ! クソガキども! 何をしている!」


 騒ぎを聞きつけたのか、近くの家から老人が現れた。よぼよぼだが村で一番口がうるさく、赤ん坊のように一日中わめき散らす厄介者だ。


「い、行こうぜ」

 

 不良たちは村の外れへ向かって行った。俺は逆に村の中心へと歩く。道すがら、自分の右手を見た。岩を砕く感触がまだ残っている。ボロボロの枯れ木を蹴り上げたような、あの手応えに似ていた。しかし、俺が殴ったのは岩だ。人の力で砕くなんてあり得ない。何が起きたのか訳が解らずやみくもに歩いていたが、今さらになって自分のスキルを思い出した。


(布団…)


 地べたに突然あらわれた、あの布団。この世の物と思えないほどのシロモノだったあれは、もしかしてスキルなんじゃないのか? ……い、いやいや、待て。スキルがお布団って意味が解らない。でも、じゃあ、あの布団は何だったんだ? 俺は一人でうんうん唸っていたが、結局答えは出なかった。詳細を確かめるためにも、あの人の元へ向かうべきだ。

※ ※ ※


 外から来た人を泊める村民館とは名ばかりの粗末な小屋の中から、頭の上から足の先まで真っ黒い服装のスキル鑑定士がちょうど出てきた。


「こんにちは」


 俺の挨拶に、軽く会釈をしてくれた。


「すみません。あの、聞いてもらいたい事があるんですけど、大丈夫でしょうか?」

 

 言い終えてから、出がけに突然の質問をふっかける自分がひどく失礼な奴に思えて、反省した。どうやら俺は、軽く混乱しているらしい。


「はい」

 

 スキル鑑定士の無感情な言葉が、逆に有り難かった。


「俺のスキルの詳しい説明をしてもらいたいんです。その、何か、俺の理解を越えているって言うか……」

 

 しどろもどろで、今朝起きた時に現れた文字だとか、岩を破壊した事とかを説明する。伝わっているだろうか。


「ふむーーん?」


 スキル鑑定士は裏声のような高い声を漏らし、黒いトンガリ帽子から続く黒いヴェール越しに顎を触っている。改めて声を聞くと、女性の声のように思えた。


「ではもう一度、鑑定をしましょう」


 そう言うと、スキル鑑定士は右手を俺にかざした。淡く緑色に光るその手をよく見ると、中指の指輪が光っていた。


「ノレム・ゴーシュ。LV10……え? 10? ……スキルお布団……詳細?」


鑑定士は自分の言葉に驚いていた。


「お布団スキル詳細……? お布団召喚LV1、お布団を召喚する? 全能力上昇LV1、お布団で寝ると、全ての能力が上昇する……え? な、なんだ……これ……」

 

 しばらくすると鑑定士が言葉に詰まったようで、無言になった。


「あの……これ、どうなんですかね……?」


「従者に」


 気がつけば、スキル鑑定士の人が俺の両手をがっしりと掴んでいた。


「私の従者に」

 

 俺の疑問に答える気はないようで、とにかく付き人にならないかと勧誘された。


「あの、いきなりでちょっと……」


「お金、あげます」

 

 お金。その言葉に俺は卑しくも、ぐらついた。成人した以上は一人でお金を稼がなければならない。村では、足腰が悪い老人の野良仕事を手伝ったりして食べ物を貰っていたが、いつまでも子供の手伝いで食いつなぐわけにはいかない。が、しかし。俺には家が燃えて無いし、畑も無い。村には小さな商店もあるが、俺を雇う余裕は無いだろう。つまり、俺はこのアロイス村でお金を稼ぐ術が無いに等しい。

 布団なんてスキルじゃ何ができるのか解ったもんじゃない。布団屋で働いたり、布団屋を開いたりするのか? しかし、この村にそんなものは無いし、需要もないだろう。そもそも商いのやり方も知らないし、絶望的だ。そんな状況でこの話は正直嬉しい。しかし、スキル鑑定士の従者になるという事は……つまり。この村を出るという事だ。……それは……できない。


「すみません!」


「あ……」


 つい走って逃げてしまった。しかし体が風のように軽い。景色が後ろに吹っ飛んでいく。

※ ※ ※


「フェミル、こんにちは」


「うん。ノレム、こんにちは!」


 俺は無意識にフェミルの屋敷に足を運んでいた。いつも通りの笑顔を見て、ようやく落ち着いた。たわいない話をして、気持ちのいい時間を過ごした。


「そういえば、叔父さんが元気ないんだよね。ずっと上の空って言うか」


「ああ。確かになんか変だったな。でも、無理ないって」


「え? 何で?」


 何だ。気がついてないのか。成人の儀をやったっていうのに。


「フェミルが嫁に行くかもしれないって心配しているんだよ。きっとね。」

 

 その言葉に、フェミルは上目遣いで顔を真っ赤にさせていた。無言で照れているかのような反応を見て、なぜか昨夜の幻を思い出した。「おとなになったらけっこんさせてください!」なんて事を言っていたあの幻を。

ようやく、自分が何を言っているのか理解できた。これじゃ、俺と結婚しようと言ってるようなものなんじゃ……。


「あ、じゃ、じゃあ、俺、ちょっと戻るよ。うん」


「あ、う、うん。じゃあ、ね。また」


 二人で顔を真っ赤にして、何とか取り繕うのが限界だった。俺は足早に屋敷を後にして、ご神木の所まで戻った。以前は、屋敷からご神木まで歩いて三〇分はかかったのに、今の俺は二、三分で走り抜けてしまった。それに、呼吸も乱れていない。汗の一つもかいていない。あまりにも落ち着いていた。耳を澄ませば、鳥の寝息も聞こえてきそうだ。

 何となく、見よう見まねで回し蹴りをしてみた。ゴウンという空気を裂く音と共に、周りの草が一斉に後ろへ倒れ、土埃が舞い上がり、ご神木の葉っぱがざわざわと音を出して落ちてきた。葉っぱの雨の中、それを全て避けた。そして右手だけで何枚も掴んだ。三〇を超えたあたりでもうやめた。もういい。十分だ。

 今、俺に何が起きている? 俺は本当に、どうしてしまったんだ? 俺は自分の変化に驚き、でも同時に胸の奥が熱く高鳴るのを感じた。


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