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19 戦士たちの恩返し

19話を修正しました。

2017年8月23日 修正しました。

2017年9月6日 行間や読みやすさを修正しました。内容の変更はありません。

「……見える。信じられねえ」

 

メイプルは左目の眼帯をずらして警備の詰め所をまじまじと見ていた。ヨナさんの魔法で所々焼け焦げてしまったが、大事には至らなかったようだ。キョロキョロと辺りを見渡し、そのまま俺の方へ振り向いたメイプルの左目には、はっきりと俺の姿が映っていた。


「メイプル、おはよう」


 あの襲撃から数日が経っていた。添い寝の効果でヨナさんとメイプルは完全回復し、ついでにLVも上がったらしい。お布団は終始ツンツンした口調だったが、本当に助かった。


「ノレム……お前……アタシに何をしたんだ……?」


「え、いや、だから何回も言ってるじゃないか添い寝……」


「ああああーーーー!」


 妙な叫び声をあげて、メイプルが目をぎゅっと瞑った。浅黒い顔が真っ赤っかだ。


「ア、ア、ア、アタシ……汚れちまったーーーーーーーーー!!」


「ち、違うって言ってるだろ! お布団で添い寝をすると怪我とかも完全に回復するんだって!」


 あの日以降、メイプルと顔を合わせるといつもこんな調子だ。会話にならない。


「と言うか! 今日はメイプルの方が俺を呼びつけたんだぞ!?」


 小さく縮こまっていたメイプルが俺の言葉にびくりとして、すぐに起き上がった。その顔は真っ赤だが、両腕をがっちりと組んで堂々と仁王立ちをした。久しぶりに見たなこの姿。


「そ、そうだった。一応、事の顛末をおめぇらに伝えなきゃなんねえと思ってよ。今夜、部屋に行っていいか?」


 そう言って一息つくと、いつものメイプルに戻った。


「ああ、もちろん。詰め所に泊まらせて貰っているんだし、構わないよ」


 万が一、もう一度詰め所が襲われた場合のためにと、俺達はここを定宿代わりにさせて貰っていた。フェミルの強い希望もあって男女別に泊まっているが、二部屋も使わせて貰っているのが申し訳ないので警備の仕事を手伝ったり雑用をこなしたりしていた。もちろん、無償で。そろそろ本当にお金を稼がないと、いざ何かあったとき不味いような気がする。


「あ!? で、でも! アレだぞ!? 部屋に行くって……変な想像してんじゃねえぞ!?」


「してないから!」

※ ※ ※


その日の夜、予告通りメイプルがやって来た。ピッタリした薄手のシャツとスブリガムを履いているその姿は、さながら湯上りの恋人だ。俺にスブリガムを見られたり、添い寝をしただけで真っ赤になるほど純情なのに、メイプルはこういう隙だらけな恰好をするんだよなあ。などと思っていると、それを察したのか戒めるかのように真横にいるフェミルが目で「あんまり見ちゃダメ」と訴えかけている。……ような気がする。


「揃ってるな。それじゃ、さっそく始めるか」


 メイプルの話だと、今回の襲撃はさまざまな部分があまりに未確定で、まだ憶測の域を出ていないらしい。


「信号弾でアタシ達を誘き出した冒険者は、誰に聞いても確認がつかめねえ。詰め所にいる有力者の親族を狙ったのかとも思ったけど、正直そこまで位が高いヤツはそもそもここにゃいねえ」


「賊も、偽装だったのですか?」


「いや……賊らしき集団は見かけたらしいが、結局何も無かった」


「では、万々歳ですね」


 ヨナさんは本を片手に目も合わせずに話している。それを全く気にする様子もないメイプルは「まあな」とため息をついた。二人は出会いこそ険悪だったが、短い時間でお互いを認め合ったようだった。


「謳う賢者様なら、この事件をどう考えるよ?」


「うたう、けんじゃ?」


振り向くと、ヨナさんは本で顔を隠していた。耳が真っ赤になっている。


「まさか、アンタが英雄のヨナ・アキュラムだとは思いもしなかったぜ」


「……止めてください」


 そう言うと、ヨナさんは大きくため息をついて目を瞑った。


「え……ヨナさんって、ええと。なんか……有名なんですか?」


「おいおい……どこまで田舎モンなんだよ。東西戦争の立役者じゃねえか」


「あ、私、知ってる。習った事ある。確か、十年くらい前に戦争があったんですよね?」


「西方諸国と、ウチら東方諸国のでけぇ戦争でよ。東方諸国側で戦ったのが、ナ・カハール率いるヨナ・

アキュラム様って訳だ」


「ナ・カハールなら、俺も知ってる! 英雄王に最も近いって聞いた事があるよ」


「……そのお話は、今する必要があるのですか?」


どうやら、あまりして欲しくないらしい。


「ん、まあ確かに必要ねえか。わりぃな。有名人に会ったもんだから、つい、よ」


「私の見解が聞きたいとの事でしたが、ハッキリ言って解りません」


「賢者様でもわからねえのかよ?」


「本当の賢者なら、溢れる泉のごとき知識で難なく解決したのでしょうが、私のような偽賢者ではとてもとても……」


 何だかとっても後ろ向きになってしまっている。どうしたんだろう。


「ヨ、ヨナさん」


 フェミルがたまらず、ヨナさんの側に座った。いつもの笑顔で場を和ませる。


「……申し訳ありません。当時を思い出して気落ちしてしまいました」


「いや、アタシも無神経だった。すまねぇ」


フェミル、万能説。


「憶測でもいいのなら、お答えしますが……黒衣の人攫いとは……」


 そこまで言って、ヨナさんは黙ってしまった。


「いえ、やはりはっきりとした事が解るまで保留させて下さい。悪戯に情報を与えても、歪んだ先入観を持つだけです」


「そうか。まあ、それだけ不確定って事だろ。それでいいぜ」


 結論から言えば、何も解らなかったが、それでも全員無事だったという事だけだった。そんなんでいいのか?


「あとで冒険者ギルドの方に顔を出しとけよ。話は通してあるから、金と認定証を受け取ってくれ。他に何か聞きてえ事があったら今のうちだぜ? もう最後だからよ」


「最後?」


「アタシ、ここ辞めるんだ。踏ん切りがついてよ。クーが言ってくれたんだ」


『雷姉貴。あたし達はもう大丈夫。後は、姉貴らしく生きてほしい。戦士として』


「……ってな。アハハ。向いてねえんだよな。責任者なんて結局よ。アタシは一人気ままな戦士の方が性に合ってるってバレちまったんだろなぁ」


「自分を卑下するのは良くありませんよ」


「おめぇが言うかね……」


 気まずい雰囲気になった。フェミルの笑顔も通じない。メイプルにとっては複雑だろう。長年一緒にやって来た人達に、もういいと言われるのは寂しい。しかし、それもメイプルを思ってこそという気もするけど。

※ ※ ※


翌日、早朝に廊下から声が響いていた。


「どけよ! なんだおめぇら!!」


何事かと思い扉を開けると、荷物を持ったメイプルを取り囲むように詰め所の面々が揃っていた。その最前列には金髪の少女クーさんが、じっとメイプルを見つめている。俺に気がついたクーさんが視線を送ってきた。ど、どうしよう。仲裁したほうがいいよな。


「えーと……ど、どうしたんですか? こんな朝早くから……」


「ノレム! 頼むぜ! こいつら何とかしてくれよ! アタシは出て行くっつってんのにこいつらが止めるんだ! 昨日は出て行けっつったのに! 何なんだよ!」


「話が見えないんですけど……クーさん、どうしたんですか?」


「ノレム、雷姉貴を貰ってやってくれ」


 また言われた。何なんだ。


「……おい、クー。おめぇ、何を言ってんだ?」


「雷姉貴は、ノレムと一緒にいるべきです」


「返答次第じゃ、穏便にできねえぞ……!」


「雷姉貴は、ノレムに興味がない?」


「……どういう意味だ?」


 一触即発。ぴりぴりとした空気が、二人を中心に渦巻いている。ガクガクしている周りの兵士にはお構いなしに二人が会話を進める。


「ノレムと戦った時も、興味がない?」


その言葉に、初めてメイプルが言葉を詰まらせた。


「雷姉貴、ノレムと戦った時、すごく嬉しそうでした」


続いて、クーさんの後ろの兵士が口を開いた。


「……アタシの雷速が見切られたと、笑っておりました!」


また別の兵士が口を開く。


「アタシの剣が効かねえと、燃えておりました!」


「全力疾走にも息を切らさずついてきたと!」


「訳が解らねえうちに、助けられたと照れくさそうでした!」


「とんでもねえタマかもしれねえと、賞賛しておりました!」


口々に皆が声を上げた。


「雷姉貴、ここに来てずっと大変そうでした。……でも、退屈そうでした」


さっきまで怒鳴っていたメイプルは、下を向いていた。


「雷姉貴とここでずっと一緒に働きたいです。でも、それじゃ雷姉貴は幸せになれない」


メイプルの肩が震えている。


「雷姉貴は、戦士なんです。ここに居ちゃ、駄目なんです」


「……おっ……」


メイプルが、ようやく口を開いたその声も、震えていた。


「おめぇらだけでやれんのかよ……今回だってノレム達がいなきゃどうなってるか解らねえんだぞ?」


その言葉に女性たち、いや、戦士たちは応えた。


「あたし達だけで戦えます。雷姉貴に、散々しごかれましたから」


「信じてください!」


「やれます!」


「強くなります!」


「雷姉貴からはもう、十分色んなものを貰いました。今度は、私たちから恩返しをさせて下さい」


 メイプルは辛うじて耐えている。しかし、自分の言葉で限界が訪れるのは解り切っていた。それでも、

言わずにはいられない。願いにも似た言葉を。


「絶対に……死ぬんじゃねえぞ……!!」


「はい!!」


 戦士たち号令の中、メイプルの背中は震えていたのを見て、俺も目頭が熱くなってきた。

※ ※ ※


「という訳だ、ノレム。雷姉貴をお願いします」


「お願いします!!」


クーさんの声に続き、戦士たちの声が響く。


「……ま、そういうわけで、アタシの事、頼めねえか?」


メイプルは照れくさそうに下を見ながら頭を掻いている。


「ああ、もちろん! ……って言いたいところだけど、俺はヨナさんの従者だから、断りを入れるならヨナさんの方にお願いしないと」


「そうか、じゃあ、ちょっとヨナとフェミルのとこにも行ってくるわ」


 そう言うと、メイプルと戦士の集団が幾人かを残して二人の部屋へ歩いていった。


「あの」


残った兵士が、申し訳なそうに話しかけてきた。長いスカートの女性兵士だ。何か見た事があるような。


「はい? どうしました?」


「大変失礼ですが、もしやと思いまして……貴方は、ゴーシュ様のご子息でありませんか?」


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