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17 心の枷

17話を修正しました。

2017年8月23日 修正しました。

2017年9月6日 行間や読みやすさを修正しました。内容の変更はありません。

ノレムとメイプルが外へ出てから日も傾いてきた頃、警備詰め所の中が慌ただしくなってきた。ばたばたと走る少女たちの顔に、まだあどけなさが残っている。メイプルは警備の人員が裂けないと言っていたが、正確には警備の戦力を有する人員が少ないのだろう。最も、私にとって人間は百歳の老人でさえ年下だ。若い人間は全てが幼児に見えてしまう。


視線を戻すと、その途中で壁に掛けられた剣に映る自分の顔が見えた。相変わらず面白くなさそうにしている。不機嫌という訳では無いが、何故だか憂鬱だった。女傑の交易所の話を思い出したからだろうか。ここの話は聞いた覚えがあった。地位を少しでも上げたいのなら、女傑の交易所に娘を入れるのがてっとり早いと。戦乱から終結したとは言え、まだ世界では武力が何よりも重要だ。警備隊の経験があるなら、一目置かれるのだとか。そうして肩書ばかりで無力な戦士が一人生まれる。そのうちに、自分は本当に戦士だと勘違いを起こし、すすんで戦い、そして死ぬ。


「馬鹿馬鹿しい……」


「ヨナさん……?」


「……あ。いえ、独り言です」


「そうですか」


そう言って、フェミルは可愛らしい笑顔を見せた。この笑顔を見ていると、自分の鑑定結果に疑問を抱く。本当に剣聖などという戦闘特化のレアスキルが、こんな子に宿っているのか? この子も引き取られたらしいが、親元が村長の兄弟だとか。どう考えてもあり得ない。


剣に生きる家の血筋を引いているでもなく、過酷な環境で育つでもなく、平々凡々に生きた両親から、なぜこんな特殊なスキルを持って生まれたのだろう。考えても考えても答えは出ない。お布団スキルに至っては、思考のとっかかりさえない。女神の奇跡で全て片付けてしまいたくなる程だ。


「ノレム……大丈夫かな……」


「心配はありませんよ。ノレムさんの力は、もはや将軍級や仙人級まで匹敵するほどです」


「それは凄いんですか?」


「まず、怪我を負う事は無いでしょう」


「そ、そうですか……」


 ほっとしたようで、フェミルは窓から空を眺めた。怪我を負う事は無い、か。私からとっさに出たにしては、いい言葉だ。私は、彼に悟られないようこまめに鑑定をしていた。今朝の段階でLVは五十を超えており、異常な成長速度とお布団スキルの全能力上昇の効果で、彼は想像を絶する強大な力を手に入れている。その気になれば、たった一人で交易所を壊滅させる事も容易だろう。最も、彼の性格上そんな事は決してしないだろうが。


「赤い……花火?」


フェミルの驚いた声に思考が途切れ、現実に戻って来た。


「どうしました?」


「今、空に赤い花火が昇っていったような……」


……信号弾。赤の意味は緊急を要する。恐らくどこでも共通だろう。


「フェミルさん、ここに居てください」


「え? ど、どこに行くんですか? た、戦う……なら……わ、私も……」


フェミルが緊張した顔で可愛らしい構えを取った。一瞬だけ混乱したが、私がこの前に宿で従者の話をした事を思い出した。


「……お花を摘みにいきます」


「え!? あ……ご、ごめんなさい」


 フェミルは顔を赤くして、窓に向き直った。


「それでは」


「は、はい!」


 私はフェミルがいた部屋を後にした。……全く。全くもって愚かだ。私の賢者スキルとは、全くもって名ばかりの張り子だ。何の気なしに言った言葉に、あんなに幼く無力な子供が自分を鼓舞して戦士になろうとしていた。私は自分自身の愚かさに、全身を引き裂きたい欲求を必死に抑えていた。すれ違う少女兵士達を見て、私もここへ彼女たちを送り込んだ下衆どもと同じだと改めて思う。


「……馬鹿は私か」


 私はどうしても私を好きになれない。隙あらば自身を攻撃する癖がある。どれだけ生きてもそれは変わらない。いや、生きる時間を重ねるごとにそれが強くなっていく。どれだけ知識をつけても、哲学を学んでも、消えてくれない。何故こうなってしまったのだろう。駄目レアスキルと馬鹿にされた時か? 両親が私を見限った時か? 師匠が……死んだ時か。そこまで考え、自分は悲劇のお姫様気取りなのか? と自嘲した。どうにも駄目だ。一度この思考に陥ると、止まらない。どこまでも自分を否定して――。


「……あ」


気がつくと、詰め所の入口まで歩いていた。丁度いいので夜の空気を吸いたくなり、扉を開けてゆっくり閉めた。扉を背にして大きく息を吸い込む。


「……!」


 一呼吸置いたあと、私は懐から指揮杖を取り出しくるくると回した。


「魔法漂白防壁【ホワイトコート】」


 詰め所の窓、勝手口、地下室の扉に白く光る魔術結界を展開した。私の側の入口はあえて残している。あちこちからドンドンと叩く音が聞こえた。この結界は発動すると何者も通さないが、逆に内側からも出られない。裏手に運悪く取り残された兵士がいたのか、紫色の信号弾が打ちあがった。


「魔法魔素洗浄【クリア】」


 この魔法で、空気中にただよう魔素の異常な流れが視覚化できる。そこかしこの地面から人型に乱れた魔素が確認できた。


「……それで、いつ襲ってくるのですか?」


 私の言葉に反応したのか、ぼこぼこと地面からアンデッドが現れた。そんなものは眼中に無く、詰め所の上を見た。屋根に、黒い影が集まり人型を成した。双眸は赤く光り、私を睨みつけている。


「ああ、貴方が黒衣の人攫いとか言う……」


言い終える前にアンデッドが襲ってきた。私はため息をつくと、いつものように料理唄魔法を発動させる。


「今日のメニューはオオトカゲ♪ あつあつホカホカまあ、おいし♪」


 料理唄魔法の欠点は、歌い終わるまで魔法が発動しない事だ。歌っている間は無防備をさらす。私は常に従者を取り、歌っている間を守らせることにしてきた。しかし、動きの素早い魔物ならともかく、緩慢なアンデッドに捕まる事はまずない。掴みかかる腕を踊りながら躱す。


「魔素をひとーつ取りまして♪ 精霊さんに、渡します♪ 今度は炭素を取りまして♪ 炎のレシピに加えます♪ くるくる♪ かきまぜ♪ くるくる♪ かきまぜ♪」


 歌で詠唱し、踊りで魔術を構築する。言わば、私自身が動く魔法陣と化すのだ。この方法で、私は強大な大魔法もたった一人で短時間に唱え終わる事が可能となった。


「あっという間に、精霊炭焼火獣【フィッシュフライ】の完成です♪」


 私の声と同時に、複雑な魔法陣が地面、壁、空中から現れる。その中から、赤い手がいくつも現れ、アンデッド達を掴んだ。それらは一瞬にして燃え上がり、炭と化した。


雑魚を全滅させたのを確認すると、私は指揮杖を一つ振った。途端に足元の大地が膨らみ、燃える大蜥蜴の背中が現れた。私はそれに乗り、指揮杖を黒衣の人攫いへ向ける。大蜥蜴は詰め所の壁を器用に登り、屋根まで移動した。私の視線は黒衣の人攫いらしき影を見下ろす形になった。


「貴方は、討伐対象となっております。何か言い残す事は?」


 赤い目が歪み、私に対する無言の憎悪を訴えかけた。その様子を見ても、私の心は何一つ動かなかった。どんな危機に陥っても、どんな敵と戦っても、私が私を否定するあの時の気持ちに勝るものは無い。こんな時でも私は私の事を考えている。ノレムやフェミルがその事を知ったら、どう思うだろう。従者になれ、などと偉そうな事を言っておいて肝心の私はこの体たらく。救えない。情けない。悲しい。辛い……苦しい……。


「ヨナさん!」


 真っ黒く塗り潰された心が急に晴れ、視界が広がる。下の方でノレムが心配そうな顔をしていた。何故だかその顔に、私は暖かい何かを感じた。これは……フェミルを鑑定した時にあった、あの項目と関係があるのか? それとも……私は、その考えをまとめる事もできないまま、衝撃と共に目の前が真っ暗になった。


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