14 戦士と賢者の攻防
2017年8月23日 修正しました。
『お布団召喚LV2を規定回数以上使用した事で、お布団召喚がLV3になりました。それに伴い、全能力上昇・全能力補助・完全回復・免疫補助のLVが1上がりました。睡眠学習の効果でマスターのLVが36から44に上がりました。お布団召喚のLVが上がったため、ボーナスを獲得しました。マスターのLVが44から47に上がりました。お布団スキルを規定以上会得した事で、ボーナスを獲得しました。マスターのLVが47から50に上がりました。八時間の睡眠で、お布団ポイント8を合算しました。合計27ポイントです』
今日も文字の嵐だ。しかし目覚めは爽快そのもの。体中に活力が漲る。この、お布団というスキル……最高かもしれない! 朝から全力で走ったりできそうだな。うん。久しぶりに新鮮な空気を吸いながら走ってみるか。ヨナさんを起こさないように外に出ると、栗毛の少女とぶつかった。
「フェミル!? ごめん、大丈夫?」
「ううん。私もごめん。ぼーっとしてて……」
よく見ると、フェミルはほんのり息を切らしていた。
「どうしたんだ? こんな朝から」
「え、ええと。お、お散歩。朝早く目が覚めて、その辺を一周してきただけなの」
散歩で息を切らすって……何だかフェミルらしいな。その様子に、村にいた頃の情景が蘇った。
「ノレムはこれからどこかに行くの?」
「ああ……いや、やっぱり戻るか。そろそろ朝食だろうし。主を従者が待たせちゃ不味いしな」
部屋に戻ると、すっかり身支度を済ませたヨナさんが俺達を待っていた。急いで準備して、宿の食堂へ向かった。
焼きたてのパンにハート形のバターが乗っていたり、スープが鮮やかな黄色だったり、雪のように冷たい紫色の氷が食卓に並んだ。それをどう食べていいのか解らない俺をよそに、フェミルは一口食べては唸っていた。味は確かに美味しいけど、何だかご飯を食べた気がしない……。
食後の黒くて香ばしくて苦い飲み物に感激していると、フェミルとヨナさんが俺の方を見ていた。いや、俺の後ろか? 振り向くと、下着が丸見えの女性がすぐ側に立っていた。
「うわあ! す、すみません! し、下着丸見えですよ!?」
「は!? はあっ!? ば! ば! ばかやろう! だから! これは! 下着じゃねえ! スブリガムだ!!」
身に覚えのあるやり取りに、思わず隠した自分の顔から指をずらす。目の前に、昨日の赤髪の女性……メイプルさんがいた。
「い、いいか! 変な目で見るんじゃねえ! 妙な事も考えるな! ……おい! 見るなって言ってんだろ! おかしな妄想もするなっ!!」
そう言うメイプルさんは内股になって体を斜めにして俺からスブリガムを見えないようにしている。……あ。それ、逆効果だ。まるで、何というか……。
「あ、い、いや、大丈夫です。すみません。もう下着だとは思いません……でもその恰好だと、何というか……何も履いてないように見えると言うか……」
俺の言葉を聞いたメイプルさんが一瞬だけ顔を引きつらせたが、すぐに仁王立ちをして腕を組み、俺の前に向き直った。
「茶番はここまでだ」
そうは言うが、浅黒い肌でも解るほど顔が赤いし、紫色の目はうっすら涙が貯まっている。微妙にぷるぷる震えているし、やはり凄く恥ずかしいのだろう。多分、あのスブリガムは触れちゃいけないんだろうな……。
「え、ええと。何か問題でも……?」
「黙ってアタシに着いて来てもらうぜ。アンタらも込みだ」
突然の提案に、ヨナさんは一つ首を傾げて、まっすぐメイプルさんを見据えて口を開いた。
「聞く義務がありません。これから用事がありますので、失礼します」
「へえ?」
すっかり顔色も戻り、落ち着いたメイプルさんは両手を上に広げて苦笑いしている。
「三千エルを支払えるなら、ご自由に。でも無銭飲食はしょっ引くぜ?」
「え!? ちょ、ちょっとメイプルさん! 何を言ってるんですか!? だって、ここって……!」
「アタシは紹介するとは言ったが、おごるなんて言ってねえぜ?」
邪悪な笑顔で俺を見た時にようやく気がついた。嵌められたのかっ……!
「では、これで解決ですね」
ヨナさんはそう言うと、胸元から真っ赤で大きな宝石の首飾りを取り出した。
「換金すれば、十万はくだらない逸品です。どうぞ」
それを見たメイプルさんは、邪悪な笑いから一転して無表情になる。
「……アンタらにとっても悪い話じゃねーんだがなあ」
「今は優先すべき事がありますので、それでは」
首飾りをメイプルさんの手にひっかけ、ヨナさんは食堂を出ようとした。が、出口にはそれを遮るように、メイプルさんが腕を組んで立っていた。
「え!? あ、あれ?」
フェミルが慌てるのも無理はない。この人の動きは速すぎる。
「コイツの真贋が解るまで、やっぱりアンタらを野放しにはできねえなあ」
首飾りをちゃりちゃりと指で回しながらヨナさんの様子を伺っているようだ。
「……穏便に事を済ませたいのですが」
そう言うと、ヨナさんが珍しく笑った。さ、寒気がする。怖い! その笑顔を受けて、メイプルさんがみるみる邪悪な笑顔になっていく。どちらも笑っているというのに、一触即発だ。
「け、喧嘩は……良く、ないです……」
困り顔のフェミルが二人に割り込んだ。ちなみに俺はと言うと、女の戦いについていけず棒立ちです。もう、怖すぎて。
「……喧嘩をするつもりはありません」
「……まあ、アタシも別に」
フェミルに毒気を抜かれたのか、二人とも少し冷静になったようだ。フェミルに任せて突っ立ってる場合じゃない。そろそろ俺も援護しなければ。
「ええと、ギルドへ登録しに行くんですよね!」
「ん? 何だアンタら。そこのボーズの冒ギル入りをしたかったのかよ?」
「ボウギル? あ、冒険者ギルドの略称ですか。いやいや、違います。英ゆ」
言い終える前にヨナさんの手がすごい勢いで俺の口を塞いだ。
「んん? なんだ? ここには冒ギル支部しかねえぞ?」
ヨナさんは無表情で俺の口を押さえつけているが、力が籠っているようで怖い。
「まあ、それなら話は簡単だぜ。支部長はアタシのツレだ。アタシの頼みを聞いてくれたら太鼓判を押して紹介してやるよ! 働き次第じゃ、見習いランクすっ飛ばしで熟練ランクまで約束するぜ?」
その言葉に、ヨナさんが反応した。
「本当ですか?」
「そいつの戦力はどう見積もっても見習いや新米じゃねえよ。下手したら、そこらの手練れよりも各上
だ。これならあとは実績だけ。アタシの話に乗っかりゃ、そいつを作ってやれるって訳だな」
「その言葉、信じるに値できるものは?」
「命を懸ける」
ヨナさんとメイプルさんが真っすぐ見つめ合う。まるでその真偽をお互い計っているかのようだった。
「ワリいな。懸けられるモンがこの体しかねえもんでよ」
「……」
ヨナさんは改めて出口まで近づくと、メイプルさんの顔を見据えた。
「お話を聞きましょう」