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13 フェミル、その心

2017年8月23日 修正しました。

2017年9月6日 行間や読みやすさを修正しました。内容の変更はありません。

「ヨ、ヨナさん! 服を着てくださいっ!」


ノレムが部屋の外へ出たのを確認した後、私は小さな声で叫んだ。美しい銀髪を、白くて綺麗な体に垂らしながら下着を脱ごうとしているヨナさんがその手を止めて、ようやく私を見てくれた。


「フェミルさん?」


「フェ、フェミルさん、じゃないです! な、な、なんでノレムのいる前で脱いでいるんですか!?」


 そう言うと、窓ガラスに映った自分の姿を確認して、ははあと頷いた。


「申し訳ありません。ノレムさんは私の体を性欲対象と認識しているようで、また興奮させてしまったようですね」


「!?」


 い、今、何て言ったの!? せ、せ、せいよく……。それに、ま、また……って……!? 思わず両手で頬を隠した。そこで自分の顔が熱くなっている事に気がついた。あああ! もう!


「今度から気をつけます」


「き、気をつけてくださいっ!」

 

そう言って下着を脱ぎ終え、手のひらほどの杖をひらひらと振り、ヨナさんは何かを呟いた。すると目の前に水が現れて、空中で止まった。それに下着を放り込むと、また何かを呟いた。水がしゅわしゅわと音を立て、小さな泡が下着を躍らせた。今までの人生で見た事の無い光景に、思わず釘付けになってしまった。


「フェミルさんの下着も洗いましょうか?」


「えっ! ええっ!?」


「その荷物だと、最低限しか持ってきていないのではないですか?」


 ぎくりとした。慌ててノレムを追ったせいで、叔父さんにもロクな挨拶をせずに出てきてしまっていた。代えの下着も、実はすでに……何度目かになっていた。


「……じゃあ……お願いできますか……?」


「はい。洗濯はすぐに終わります。どうせなら、服も脱いでください」


「……え?」

※ ※ ※


 空中で止まっている水の中で洗濯物が泡に包まれている。私は薄いシーツだけを羽織ってそれを見ていた。ちらりと、横にいる裸のヨナさんを見る。人形みたいに整った顔に、宝石のような緑の目。大きい胸。細い腰。綺麗なお尻……女の私でもドキドキしてしまう。


「何か?」


「ええ!? い、いえ!」


 反対の方を振り向いた際に、窓ガラスに映る自分の貧相な体が見えた。胸は小さいし、腰もお尻も何だか差があんまりない。なに、これ。同じ女だと思えない……。


「フェミルさん」


「は、はい!?」


「魔法を見るのは初めてですか?」


「あ……そ、そうですね。見たことないです」


 ヨナさんは、私が魔法の水を見ているのだと思ったらしい。良かった。


「剣聖スキルの中に神通力というスキルがあり、それは魔法と同じような効果を得られると記述されています」


「そ、そうなんですか」


 申し訳ないけど、自分のスキルよりもヨナさんの裸をノレムが見たのかどうかのほうが気になって頭に入ってこなかった。


「最初は誰しも未熟です。スキルを使いこなすのは難しいでしょう」


「え、ええ。でも、ヨナさんが羨ましいです……」


「はい?」


「え!? あっ! い、いえいえ! その!」


話半分のせいで、つい本音が漏れてしまった。


「そんな事はありません。私のスキルは〈賢者〉ですが、そのスキルの中に料理術というスキルが紛れています。私は俗に言う、駄目レアと呼ばれる者です」


初めて聞く言葉と、それを言うヨナさんの表情が切なそうで、浮ついた気持ちが落ち着いた。


「駄目レア……?」


「その人の才能をスキルと呼び、その才能【スキル】が複数のスキルで構成されているのが普通です。例えば、剣士の才能がある者は剣術、格闘、体術スキルなどを有しています」


「えっと……それじゃあ、才能【スキル】って、ただの名称ということですか?」


「ええ、その通り」


知らなかった。てっきり、スキルは一つだと思っていた。


「賢者スキルも例外は無く、最も必要なのは魔術、精霊術、召喚術の三つ。スキルはあればいいと言うものではなく、余計なスキルがあると力が分散してしまうのです」


 そう呟くヨナさんの横顔が、少し寂しそうだった。


「私は賢者の才能を持ちながら、料理術というスキルを有していたのです。この時点で、私は賢者の才能が無いに等しいと周りに判断されました。これが、駄目レアです」


「そんな……!」


「才能は残酷です。同じ研鑽を積んでも、才能のある者の方が上達します。これには誰も逃れられません。私も随分と悩みました。しかし……」


銀髪を揺らしながら歩くヨナさんは、まるで神話の女神を思わせた。


「師匠のおかげで克服しました」


 ヨナさんは裸のまま杖をくるくる振り、私に向き直ると体を左右に揺らしだした。その動きは徐々に規則的になり、まるで踊っているように見えた。


「魔素をひとーつ取りまして♪ 魔術の構築致します♪ 空気をすりすり♪ 空気をすりすり♪ 炎の風が生まれます♪」


 普段の大人しくて透き通る声と全く違う、明るくて優しい歌声。まるで子供に歌って聞かせているようだった。


「調理炎風♪ 【クッキングヒーター】のでき上がり~♪」


 その歌と同時に水が消え、空中で熱い風がぐるぐると洗濯物を振り回した。


「魔術、精霊術、召喚術を料理術と直結させました。そのおかげで、高度で難解な魔法も短時間で唱える事が可能となりました。私はこれを、料理唄魔法と呼んでいます。ただ、代償もあります」


 くるりと振り返るヨナさんの顔が、困り顔で真っ赤になっていた。


「……正直、これを人前で使うのは…………恥ずかしいです」


 思わぬ告白に、私の顔も赤くなった。咳払いをして、ヨナさんはいつもの無表情になる。


「つまり私が言いたいのは、己のスキルを総動員すればそれなりのモノになるという事です。が、フェミルさんはその上に行けるという事です」


「え……」


「貴女のスキルは大当たりですよ。剣聖に必要なスキルが全て揃っています。……正直、ここまで揃い過ぎているのは奇跡と言っていい程です」


「そ、そうなんですか……」


「とは言え、スキルはあくまで才能。伸ばさなければ何もなりません。フェミルさんはどこかで剣を学ばなければ剣聖にはたどり着けないでしょう」


 剣を学ぶ!? あまりにも自分とかけ離れている事態に、めまいがした。


「でなければ、従者の意味がありません」


「……」


「さて、そろそろ洗濯物も乾きますよ」


「あ、ありがとうございます」


 何日かぶりの清潔な下着を履いた。気のせいか、ほんのりと花のような香りもする。ヨナさんに現実を突きつけられたような気がした。確かに、今のままじゃ私は何もできないお荷物だ。このままじゃいけない。でも、どうしたらいいのだろう? とりあえず、朝早く走ってみようかな。


 ヨナさんの裸をノレムが見たかもしれない事を思い出し、本当にこのままじゃいけないと改めて思った。こんなに綺麗で優しくて、料理が上手で魔法まで使える人を男の子が好きにならない訳が無い! 何とかしなきゃ!


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