12 とあるスキルを二つ獲得
12話を修正しました。
2017年8月23日 修正しました。
2017年9月6日 行間や読みやすさを修正しました。内容の変更はありません。
交易所に着いて日も暮れた頃、俺達は露店で食事を摂っていた。ヨナさんの手作り料理じゃないものを食べるのは久しぶりだ。しかし、味は正直ヨナさんの圧勝かな。
「睡眠不足LV1……?」
自分に起きた事や、メイプルさんが言っていた事を二人に話した。それを聞き終えると、ヨナさんは黒衣の人攫いでもアンデッドでもなく、お布団に忠告された事に注目したようだ。
「魔術の世界でも、強大な力を得るには代償を必要とします。それと同じ事かもしれません……しかし。あの奇跡の代償がその程度だと言うのか? まるで釣り合わないぞ……」
ヨナさんはそう言い終えると、目線をあさってに送り、顎に手を当ててブツブツと独り言を言い始めた。付き合いは浅いが、この人は目の前に興味のあるものが現れたら、周りの事なんか気にせずに夢中になってしまうらしい。
「ノレムは今、大丈夫なの? 辛くない?」
フェミルが眉を八の字にして顔を覗き込んできた。
「ああ。牢屋にいた時に少し寝たから今のところ大丈夫だよ」
「そっか。でも無理しないでね」
得体の知れないスキルに心配をしているようだ。俺としては、お布団スキルはそこまで恐ろしいスキルには感じなくなってきたんだけど。とりあえず、話題を変えるか。
「それじゃ、宿に行こうか。……えと、ヨナさん?」
俺の言葉に反応したのかしてないのか、のろのろと後を着いてきた。
※ ※ ※
俺達はメイプルさんが勧めてくれた宿、フラワーリップへと足を運んだ。外観こそ立派な木造りの建物だったが、内装が……その、何というか……。
「か、かわいい……!」
フェミルのため息が聞こえた。扉を開けたその瞬間から、宿の中は童話の世界に誘われたような世界観だった。どこを見ても鮮やかな色、色、色……俺は悪夢の中に迷い込んでしまったような感覚に陥っていた。床は見事な四角形の石が敷き詰められ、その色が飛び飛びの白と黒で構成されている。柱は曲がりくねり、赤と白が交互に塗られている。壁、机、扉……何から何まで俺の常識とは違うもので構成されていた。どう感想を言っていいのか解らない。しかし、女性と子供には評判であろう事は何となく解った。
「素泊まりはエルフ一名、人間二名で三千エルになります」
「……ん? 三千?」
その値段に、ようやくヨナさんが我に返ったようで、宿泊代を聞き返していた。と言うか、な、何だその額!? アロイス村ならそこそこ良い小屋が建つぞ!? これが都会の洗礼だろうか。恐ろしい。
「ういーす」
突然、後ろから声がした。振り返ると、上半身だけ鎧を着て、短いスカートを履いた金髪の少女が、眠たそうな顔で手を上げていた。……誰?
「雷姉貴から伝言だ。誤解したお詫びに、ここの宿を使ってくれって」
「雷……姉貴? えー……と、あ! もしかしてメイプルさんですか?」
「そう。メイプルの姉貴だよ。んじゃ」
それだけ言うと、金髪の少女は帰って行った。宿の受け付けは俺達のやり取りを見たのか、何事も無く部屋へと案内してくれた。張り付いたような笑顔が怖かったけど。しかし、そんなのもどこ吹く風。俺もフェミルも宿泊部屋のあちこちを眺めていた。それもそのはず。俺達は生まれて初めて宿と言うものに泊まる。
「ノ、ノレム。これ! こんなに大きなベッド初めて見る!」
「だ、だなあ……都会って凄いんだなあ……」
無言だったヨナさんの方を振り向くと、村民館で見たような光景が再び広がっていた。ずうっと何かを考えているのか、小さくブツブツしゃべりながら服を脱いでいく。
「ヨ! ヨナさん!?」
フェミルの小さな悲鳴にも動じず、ヨナさんは黒いローブを脱ぎ終わり、次は下着に手を掛けた。
「ノ、ノ、ノ、ノレム! 見ちゃダメー!」
フェミルは俺の顔を抱きかかえた。なるほど確かに何も見えない。いや、でもな。フェミル。その。これは不味い。今すぐ止めた方がいい。何でかって? 簡単だ。フェミルの、胸の感触がありありと解ってしまうんだ。細身ながらもなかなかその。柔らかい……みたいな。
「お、俺、ちょっと部屋の外にいるよ」
これ以上は駄目だ。フェミルをそういう風に見たくない。いや、ヨナさんの事もそんな風に見る気は無いけど。睡眠不足状態で見たフェミルの見てはいけない格好を思い出し、俺はたまらず部屋から出た。こんなんじゃ落ち着くまで戻れないぞ。とは言え今から外に行くのも危ないし。俺はしばらく廊下で時間を潰す事にした。
天井のシミを数えたり、これからの事を思ったり、お布団スキルについて考えたり……と、そこでふと気がついた。あのスキルとあのスキルを取ったら、ああいう事ができるんじゃないのか? もし可能なら、とんでもない事になるぞ。自分の考えに頭も冷えて、いつの間にか結構な時間が経っていた。恐る恐る部屋に戻ると、二人はすっかり寝る準備を完了させていた。良かった。俺もお布団で寝る事にしよう。
『睡眠学習LV2を開始します』
※ ※ ※
『マスター、お帰りなさいませ』
ああ。ただいま。……でいいのかな。
『もちろんです。お布団はマスターに会えて嬉しいです』
え。そ、そう? 俺も……お布団に会えて嬉しい……かな?
『お布団は上機嫌なので、マスターを強くする手助けをします。スキルを取得してください』
ああ。そうか。そういえば、全く取ってなかったな。
『お布団としては、安眠を推奨します』
安眠? ああ、確か魔術結界と同じ効果なんだっけ。
『安眠は安眠です。それ以下でもそれ以上でもありません』
え。ええ? そうなんだ。でも、ごめん。今回は止めておくよ。
『お布団ガッカリです』
あー。でも、別のスキルを取りたいんだ。ちょっと考えたんだけど、あれとあれを組み合わせたら、とんでもない事が起きそうだなって思ったんだけど。
『あれとあれ、とは?』
こしょこしょとお布団に耳打ちする。とは言っても何もない空間に手を置いて話しているだけだけど。
『その発想、お布団びっくりです』
この組み合わせは可能?
『もちろんです。お布団は、嘘をつきません』
フェミルの時の教訓だった。あの時はたまたま添い寝で何とか回復できたけど、命に直結するかもしれない状況の時に、次も助けられるのか解らない。なら、卑怯でもこのスキルを取るべきだと思った。
『マスターは卑怯なんかじゃありませんよ』
え。あ、どうも。
『他人行儀なマスターに、お布団は傷つきます』
あ、いや、ごめん。ああ。こういうのもダメか。じゃあ、お布団。これからもよろしく。頼りにしているし、甘えるよ。
『お布団はその言葉にテンションがあがります』
てんしょん? よく解らなかったが、お布団が気持ちいいならそれでいいや。