11 嫌な予感
11話を修正しました。
2017年8月23日 修正しました。
2017年9月6日 行間や読みやすさを修正しました。内容の変更はありません。
『全能力上昇LV2、全能力補助LV2、完全回復LV1、免疫補助LV1、昼寝LV1が発動しました。睡眠学習の効果でLVが33から36に上がりました。三時間の睡眠でお布団ポイント3と、少女のポイント8とあの女のポイント8を合算しました。合計59ポイントです』
起き抜けの文字の嵐にも慣れてきた。三時間しか眠れなかったようだが、体調は見違えるほど良くなった。睡眠不足LV1が発動しているあの状態はかなり不味い。妙な幻を見たり、体が思うように動かなかったり、逆に動き過ぎてしまう。感情も不安定だし徹夜厳禁だな。
「にしても……」
俺は格子に目をやった。向こうの窓から漏れる夕日に照らされて、きらきらと光っている。妙なさわやかさを覚えつつ、何で自分が牢屋にいるのか理解できずにいた。というか、ヨナさんとフェミルはどうしただろうか。いきなり俺がこんな事になってしまって、二人とも混乱しているに違いない。体を起こしたと同時にお布団が光の粒となって消えていく。何か現状が解るようなものが無いかと格子を掴んで辺りを見渡すと、奥から足音が響いてきた。
「ん。起きてるな、ボーズ」
赤い髪に黒い眼帯の女性が歩いてくる。その姿は、上半身に鎧、両足には具足、しかし、腰にはまるで黒い下着のような物しか履いていなかった。布面積はかなり小さく、紐で結んであるだけだ。
「え! ええ!?」
思わず目を隠した。下を履き忘れたのか!? 何かの間違いだろう。
「……あ? 何してんだ?」
「い、いや! 違うんです! すみません!」
「何がだよ? わけが解らねえぞ?」
「え、ええと……その……下着が……まる見えで……」
女性はキョトンとした顔をした後、烈火のごとく顔を真っ赤にさせた。
「ば、ば、ばっかやろう! これは下着じゃねえ! 栄誉ある剣闘士だけが履けるスブリガムだっ!」
「え……」
「ど、ど、どこの田舎モンだてめえ! ああ!? また見てんな!? そ、そんな目で見るんじゃねえ!
も、妄想もするんじゃねえっ!」
女性は凄みながら内股になり、背を丸めてスブリガムとやらを見えないように体勢を変えた。顔を真っ赤にさせて涙目で睨んでくる。何か……悪い事をしてしまっただろうか。
「あ……えっと、もう、はい。大丈夫です。もう下着だと思いません」
「チッ!」
女性は舌打ちをした後に深呼吸し、大きく咳払いをして腕を組み俺を睨んだ。その顔は浅黒い肌でもほんのり紅いのが解る。
「……で、お前は何なんだ?」
「え……ええと。アロイス村からやって来ました。ノレム・ゴーシュと申します」
「どこの村だ? ……いや、いい。どうせ確認まで待てねえ。つうか、お前がただの村人だって言うのかよ?」
先ほどまでの可愛げのある反応と違い、雰囲気が一変した。その目は俺を冷静に計っているようだった。
「単刀直入に聞く。おめえは何だ?」
「で、ですから、俺はただの村人で……成人になったばかりの十五歳で……」
女性は頭をぼりぼり掻いたあと、黒い布を投げてよこした。
「目を隠しな。場所を変える」
※ ※ ※
「取っていいぜ」
布を外すと、沈みかける夕日が目に染みた。薄目で辺りを伺うと、石造りの建物が四隅に配置されており、ここはその中心の庭だ。正面に大きな窓があって、そこから日の光が入ってきているようだ。ずいぶん立派な建物だな。フェミルの屋敷より遥かに大きいんじゃないか?
「さて……と」
女性は腰から剣を抜いた。
「アタシの名前はメイプル・ポーン。ロードフックの警備を任されている」
「ロードフック……? 交易所の名前ですか?」
俺の言葉に女性は方眉を上げた。
「……あくまで田舎モンを装うってか? アタシに斬られて無傷な奴が」
え? 斬られた? その言葉に驚いていると、女性――メイプルさんの姿が消えた。遅れて土煙が舞う。何だ!? 俺は目を凝らすと、とたんに土煙の動きが鈍っていく。メイプルさんを探すと、視界の外にいた。いつの間に……。驚く俺をお構いなしにと、どんどん近づいてきた。剣を振りかざす気だ。俺はそれを、おおげさに躱した。
空気を斬る音が徐々に広がり、世界は元の速度に戻った。メイプルさんは躱されると思っていなかったのか目を見開いて俺を見た。一瞬の間が空いたが、後方へ飛び、剣を構え直した。
「……速いな……! でも、何で反撃しねえ!?」
「え? いや、だって……そもそも、何で俺と……メ、メイプルさんが戦っているのかが解らなくて」
彼女は、まっすぐ俺を見据えたまま息を一つ吐いて剣を収めた。
「保留だ」
「あの……俺、何かやっちゃったんですかね……? 誤解だと思うんですけど」
状況を見るに、俺が交易所で何か罪を犯したのかもしれない。身に覚えは全くないが、睡眠不足LV1が発動している間に何かしでかした可能性がとても高い。
「……壁を走ってただろ。覚えてねえのか? 歴戦の勇士や手練れの傭兵ならともかく、どう見てもガキのお前ができる芸当じゃねえ。アタシはここの治安を守らなきゃならねえ立場でよ。怪しい奴は全員しょっ引く」
「ああ……走って……ましたね……」
今思い返すと、これだけでお縄になりかねない。本当に睡眠不足には気をつけよう。
「すまねえな。ここんとこ黒衣の人攫いとか、アンデッドが出たりでピリピリしててよ」
メイプルさんの話によると、交易所やその周辺に黒衣の化け物がアンデッドを引き連れて現れ、人を攫ったり襲ったりするようで、原因も解らず対処が遅れているようだった。
「確かにおめえの戦力は異常だけど、素人にしか思えねえぜ。捕まった時の対応もお粗末だわ隙だらけだわで酷えもんだ。そんなんじゃ、とてもじゃねえが黒衣の人攫いに繋がってるとは思えねえ」
「そ、そうなんですよ! 俺は本当にただの村人だったんです!」
「ただの村人ねえ。ま、そう言う事にしといてやるよ。つうわけでお咎め無しだ。……壁を壊した分も含めてな」
その朗報に心底喜んだ。絶対に弁償させられると思ったのに!
「ほ、本当ですか!? す、すみません! ありがとうございます! お金なくて!」
「まあ、まあ。ハハハ」
何故だろう。笑っているその顔が邪悪にしか見えない。少し嫌な予感がしたが、出口まで案内されると見知った顔の二人がいたせいか、すぐに忘れてしまった。
「ノレム!」「ノレムさん」
「フェミル、ヨナさん、心配かけてごめん!」
「アンタ、本当に保護者か? エルフのアンタが人間の子の?」
「そう言っています」
ヨナさんが俺へ片目をぱちりと瞑った。
「え! あ! そ、そうなんです! 俺の身請けをしてくれて……」
「……で、そっちの女の子も同じだってのか?」
「はい」
フェミルはいつも通りのえくぼを見せて笑った。あまりにも自然に偽るフェミルを見て、ちょっと身震いした。女の子って……怖い。しかし、俺を従者だと紹介しなかったのかは疑問が残るが、何か意図があるのだろう。
「……ふん。ま、いいぜ。迷惑かけたな。宿は取ってあるのか? 取ってないんだったら、ここからしばらく歩いたとこにフラワーリップっていい宿がある。紹介してやるから、泊っていけよ」
「あ、ありがとうございます……お世話になります」
「使えそうだからな」
「え?」
「いいやー? こっちの話だ」
俺達をいつまでも邪悪な笑顔で見据えるメイプルさんを尻目に、警備の詰め所を後にした。