10 体感は、徹夜3日目
10話目を修正しました。
2017年8月23日 修正しました。
2017年9月6日 行間や読みやすさを修正しました。内容の変更はありません。
ヨナさんが作った朝食に、俺とフェミルは幸せの唸り声をあげた。絶品。それ以外の言葉が思いつかない。二人で褒めると、ヨナさんのとんがった耳が真っ赤になってしまった。俺に半裸を見られても気にしない人が、料理に関してはとても繊細だった。その光景に心が和んだ。
しかし、気合を入れなくては。交易所に進む道すがら、外敵からフェミルを守らなければならない。もちろん、従者としてヨナさんも守る。喧嘩に全く自信は無いけど、それでもやってやる! と、俺の心は燃えていた。……が。
「ノレムさん。大丈夫ですか?」
「具合悪いの? 休もうか?」
二人についていくのがやっとだった。大荷物を持っているのはヨナさんで、俺は自分の荷物だけしか持ってない。だと言うのに、とてつもない疲労感が俺を襲っていた。しかし、頭は妙に冴えている。かと思えば数分前の記憶が無い。とてつもなく、眠い。眠すぎる。
「無理は禁物です。野営をしましょう」
「い、いやいや。まだ昼前じゃないですか。ほら、空だってこんなに高い……」
そう言って見上げた空は、俺の知っている色では無かった。
「ぴんく……?」
「ノ、ノレム? 本当に大丈夫?」
ピンク色の空を、青いイノシシが泳いでいた。周りからは鳥の鳴き声に交じって甲高い老人のような笑い声が聞こえる。大地が柔らかい。恐怖を感じて、俺は思い切り自分を殴った。
「ノレム!?」
「だ、大丈夫。俺は全然、大丈夫」
「ノレムさん。無理をすると貴方だけでなく周りにも被害が及び、その結果、全体に危険が広がります。無理は……」
「いやいやいや! 本当に大丈夫なんですよ! はっはっは!」
強がって振り向くと、ヨナさんは半裸で俺を見ていた。潤んだ瞳と紅潮させた頬が何とも妖艶だ。
「……は? え、ええ!? な、なんで!? いや、何て恰好をしてるんですか!」
慌てて反対を見ると、フェミルがその小さな体で目いっぱい背伸びをしていた。限界まで大事な所を隠したその姿は、女性経験の無い俺には刺激が強すぎた。
「ちょ! ちょっと待て! 駄目だ! フェミルのそういうのは駄目だ!」
俺は両目を硬く閉じた。
「ノレム……?」
「だ、だ、だ、大丈夫! 俺はこのままついていく! ごめん!」
幻だ! こんなの現実じゃない! 訳が解らないが、俺に何か良くない事が起きている。何だ!? 妙な魔法でも受けたのか!? 食あたりか!? いや、あんなに美味しいのにそれは無い。考えられるのは俺のスキルだ。不味い事が起きているに違いない。凄まじい眠気と訳の分からない幻と戦いながら、何とか交易所へとたどり着いた。
※ ※ ※
「わああ……す、すっごい人……」
フェミルが驚くのも無理はない。アロイス村からほとんど出なかった俺達にとって、目の前の光景は信じがたいものだった。人、人、人、人……村の総人口の何倍にもなる人が溢れ、赤茶けた建物の間を縫うように、露店が密集している場所へ消えていく。
「それでは、ギルドへ向かいましょう」
ヨナさんがトンガリ帽子と黒いヴェールを身に着けて、中へ歩いていく。俺とフェミルはヨナさんを見失わないように必死についていった。あまりの驚きに忘れていたが、眠気が徐々にぶり返して足もおぼつかなくなってきた。その時……。
「ッ……!」
ヨナさんが男と派手にぶつかった。怪我は無いようだが、男の様子がおかしい。おおげさなほどに謝っている。それに俺は違和感を覚えた。というか、イライラした。何だか妙にあの男に怒りを感じる。あんなに必死に謝っているというのに。……あいつは俺の敵じゃないか? 殴るか? そうするか?
「……!?」
ちょ、ちょっとまて。俺は今、何を思った? しっかりしろ! 正気を取り戻すために両手で自分の頬を引っ叩いた。じんじんする頬のおかげで少しは眠気が紛れる。前を向くと、謝っている男とヨナさんと、その後ろにいる男の行動に注目した。お布団スキルでLVが上がったおかげか、ヨナさんの荷物から何かを抜き取っている姿を確実に見た。
「おおおおおおおおおい!!」
俺の絶叫に、ヨナさん、フェミル、周りの男二人、そして周辺の人間が止まる。
「おまえ……どろぼうだな……!?」
ふらつく俺の言葉に二人の男が一瞬固まり、すぐに逃走した。
「逃いいいいいがあああああああすかああああああああああああああああああああ!!」
いきなり全身が沸騰したかのように熱くなった。全力で地面を蹴り、荷物をまさぐっていた方の男へ向かう。しかし勢い余って建物の壁に激突して、難なく中に侵入してしまった。俺に驚く食事中の家族に一言お詫びをして、泥棒を追った。
「どこだああああ!」
何故だか叫びたくなる。すぐに辺りを見渡し、一瞬どろぼうの後姿を捉えたが、建物と建物の間にある露店の集まっている場所を縫うように走って行ったのが見えた。人込みに紛れようとしている。俺は直感でそう思った。
「逃がさないって言っただろおおおおおおおおおおお!」
俺は建物の壁に足をめり込ませ、地面に対して水平になって走っていく。逃がさない。悪は許さない。万死与えるべし。むごらたしく殺すべし。
「……!? い、いや、やりすぎだ。兵に突き出すだけでいい!」
俺は自分の考えに、今の自分がおかしな状態になっていると感じた。距離も縮まったので土壁を蹴り、男に急接近する。ぶつかる瞬間、彼の顔は涙で歪んでいた。泣くくらいなら最初からこんな事をするんじゃない! そう思いながら体当たりをしようとした。
が、光の軌道が俺を捉えた。まさに一閃。軽い衝撃を感じて、俺は地面へと激突した。眠気も相まって体が動かない。何とか首を上げると、その先に赤毛で眼帯をしている……恐らく女性が剣を振りかざし終える姿を見た。それを最後に、目の前に暗闇が広がった。
「……おふとん……むにゃむにゃ……」
『睡眠学習LV2を開始します』
※ ※ ※
『マスター、お帰りなさいませ』
いつもの白い空間にいた。え? あれ? ここって……夢?
『つーん』
え。お、お布団?
『マスターは昨日、お布団に会いに来てくれませんでした』
あ……ああ。そうか。深夜から起きてたから、確かに眠れなかったな。
『お布団は寂しがり屋です』
……そう。それはごめん。俺としても毎日、お布団で寝たいとは思っているよ。あんなに気持ちがいいんだし。
『そうしてください。でないと、死んじゃいます』
え?
『マスターは、お布団の力を解放しました。それと同時に、お布団で寝なければならない体になってしまいました』
……は?
『睡眠時間がおろそかになると、睡眠不足LV1が発動します。その効果は、幻聴、幻覚、意識混濁、暴走、混乱……数え上げたらキリがありません。あらゆる不調が降りかかると思って下さい』
……な、何だよそれ!? 嘘だろ……。
『お布団は、嘘をつきません』
……そうですか……。
『お布団は、マスターが好きです。マスターを失いたくありません』
その言葉に胸がどきりとした。こんなに真正面から好意をぶつけられたのは初めてだった。例えそれが、目の前にいない相手だったとしてもだ。
『お布団も、その言葉に逆に胸がどきりとします』
う!? あ! そうか。……参ったな。思った事が筒抜けなんだっけ。妙な事を考えないようにしないとな。……にしても、お布団の声は凄く落ち着くというか、愛しく感じると言うか……安心する。
『マスター。お布団を口説くつもりですか? 落ちますよ? お布団はマスターの言葉なら簡単に落ちてしまいますよ?』
な!? ちょ、ちょっと思った事も解るのか!? ていうか、落ちるとかやめてくれ! す、すごく恥ずかしい! 俺は自分の顔が赤くなるのを感じた。……って、俺が思ったりしてる事も全部解るんだよな……。
『もちろんです』
俺は、無い頭を抱えた。今の俺は光る輪郭でできた何かだったが、思わず抱えた。……お布団。とりあえず現状を確認したいから、起きたいんだけど、いいかな?
『はい。またのお越しをお待ちしています』
チーンという鐘のような音と共に、またもや世界を埋め尽くす布団が俺に迫ってきて、それに溺れた。
※ ※ ※
「はっ……」
目を開けると、薄暗い壁が見えた。ごろりと寝返りを打って辺りを見る。一部分だけを除き、四方が壁に囲まれていた。壁が無い部分は、床から天井へと伸びた棒が無数に並んでいた。これは、どう見ても……牢屋だった。