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1 才能はお布団

1話目を修正しました。

2017年8月22日 修正しました。

2017年9月4日 行間や読みやすさを修正しました。内容の変更はありません。

「ふとん?」


「……はい。貴方のスキルは……お、お布団……です」


目の前にいるスキル鑑定士が、言葉に詰まりながらそう言った。その光景に、周りの村人達がドヨドヨと騒ぎ出す。


(え? いま、何て言った?)

(何じゃ? ふとん? ふとんって、一日の終わりに潜るあの寝具の事かの?)

(スキルが布団ってどいうことかしら?)


 スキルとは、才能だ。剣術や魔術のスキルを有する人は戦闘関連が向いていて、計算や発想のスキルを有する人は生産関連が向いている。人には持って生まれた才能があり、十五で成人を迎えた者はそれを鑑定し、自分に合った職種を選んで人生を送る。それがこの世界の常識だ。今日はそのスキルを鑑定する成人の儀の式典が村で行われていた。


「鑑定の結果が、これです」


名前  ノレム・ゴーシュ LV2

種族  人間  黒髪/黒目/中肉中背

スキル お布団


自分のスキルに呆然としていると、後ろから人を小馬鹿にしたような笑い声が響いた。


「ぎゃははははは! 何だよそりゃ? 聞いた事ねえぞそんなの! クソじゃねーか! 野良なのに、野良仕事にも使えねえ!」


いつもながら腹が立つ声だ。後ろを振り向かなくても誰だか解る。……あいつらだ。


「おい! 聞いてんのか? 野良! ノラムよお!」


その言葉にたまらず、食って掛かった。


「……俺の名前は、ノレムだ」


「はあ? 知ってるよ野良野郎!」


 地べたに座る村の不良連中が俺を睨みつけた。負けじと、俺も睨み返す。こいつらは事ある毎につっかかってくるし、喧嘩もしょっちゅうだ。とは言え五、六人の集団に一人では敵うはずもなく、いつも負けていた。しかし、それでも俺は――。


「ノ、ノレム」


我に返り前を向くと、困った顔の女の子が立っていた。その子は俺の手を取り、不良たちとは逆の方向へと歩きだした。


「ね、ねえ? あっちで、話そ?」


「ああ……そうだな。フェミル」


 フェミル・アロイスは俺と同じ十五歳で、成人の儀の式典に参加していた。幼馴染……いや、同じ屋敷で暮らしていたから、兄妹か。細い首までかかる茶色の髪を揺らしながら俺の手を引いている姿は、どちらかと言えば、姉と弟に見えるだろうか。


「はー? まぁだ、女に守られてんのかよ」


「成人してねえんじゃねえ?」


「ぎゃはは! お前、来年も成人の儀を受けろよ!」


 不良どもの罵声に感情が爆発しそうになったが、何とか堪えた。今日は成人の儀の式典だ。ここで喧嘩でも起こそうものなら、式が台無しになる。


「フェミル、また後で」


「え?」

 

 俺はそう言うと、式典会場を後にした。あれ以上の暴言に耐えられそうもない。限界が来る前に、立ち去るしかできなかった。もやもやしながら自分の家の方へ歩いていると、後ろから声がした。またあいつらかと構えたが、聞き覚えのある優しい声で胸を撫でおろした。


「ノレム、大丈夫か?」


「ええ。平気ですよ。バンゾさん」


 この村の村長にして、フェミルの叔父。そして、俺の育ての親のバンゾさんだ。眼鏡の奥に見える細い目は、優しさが満ちていた。どうやら俺を心配して会場から追っかけてきてくれたらしい。


「俺は大丈夫ですから、フェミルについてあげてください。せっかくの晴れ舞台ですから」


「う、うむ……すまないノレム。悪ガキ共にはきつく言っておく」


「ははは。まあ、俺が野良なのは本当ですから」


 その言葉にバンゾさんは困ったような顔をした。しまった。気を遣うつもりが、育ての親に自分は親無しですからと言ったようなものだ。


「あ、いや、でも! ……俺、バンゾさんは本当の父親のように思っています」


 俺の言葉に一瞬だけ表情を曇らせたが、いつもの優しい顔に戻った。照れ臭いのもあって、挨拶もそこそこにバンゾさんと別れた。自分の家に戻ると、薄い布団に寝転んだ。俺には両親がおらず、幼いころにバンゾさんに引き取られた経緯がある。十二歳まで一緒に住んで、それ以降はバンゾさんの別宅であるこの家に一人暮らしをさせてもらっている。


「さっさと独立しないとなあ。迷惑かけっぱなしだ」


 とは言え、独立のためには金がいる。稼ぐためにも自分のスキルを理解して、上手く運用しなくてはならない。だと言うのに。


「布団ってなんだよ」


 試しに横になってみたが、特に何も起きない。魔法かな? と疑ったが、このぺらぺらの布団が、浮いたり飛んだりするなんて思えないし、どういうスキルなんだ?


「しまったな。スキル鑑定士にもっと詳しく聞いておけば良かった」


 明日になったら聞いてみるか。……あ。そう言えばフェミルのスキルを聞いてないぞ。何のスキルなんだろう。フェミルの事だから、のんびりしたものなんだろうな。裁縫とか、園芸とか。料理……は、無いな。まあ、とにかく祝ってあげないと。深夜だったが、式典があるこの日だけは村全体が夜通しのお祭り状態だった。そのおかげで、こんな時間でも普通に人が家々を出入りしていた。俺は今日のうちに祝ってあげたくてバンゾさんとフェミルが住む屋敷に向かった。


「成人、おめでとう」


「あ、ありがと……」


 小高い丘に作られた屋敷から出迎えてくれたフェミルは、浮かない顔をしていた。


「ん? どうかした?」


「え、あはは。うん。ちょっと疲れちゃって」


「そっか。まあ、式典の主役はフェミルだからな。無理もないよ」


 フェミルは村長であるバンゾさんの実子ではなく兄夫婦の子で、俺と同じく引き取られた子供だ。こんな田舎の村で成人の儀の式典が大々的に開かれていたのは、村長の子供であるフェミルが十五を迎えたのが大きい。


「あれ? バンゾさんは?」


 俺が屋敷に来ると、必ず出迎えてくれるバンゾさんがいないことに気がついた。


「え? あ……そういえば、いないね。でも、叔父さんって村の散歩と見回りが趣味みたいなところがあるから」


 そう言って、フェミルはえくぼができるいつもの笑顔を見せた。その顔に、ホッとした。それにしても、成人の儀の式典の日だと言うのに日課である村の見回りをするのか。いかにもバンゾさんらしい。たくさん雪が積もった日にも、おかしなくらいに服を着重ねて見回りをしていたバンゾさんを思い出して、つい笑ってしまった。


「じゃあ、おやすみ」


「うん。じゃあ、送るね」


 フェミルはさも当然のように俺の手を引いて、村の中央に続く下り坂まで歩いた。あまりに自然で気がつかなかったが、急に恥ずかしくなってきた。


「フェ、フェミル。待って。一人で大丈夫だから」


 フェミルは、いつも俺の手を引いて、村の不良連中から守ってくれた。本当は臆病で、怖がりで、傷つきやすいのに、俺が絡まれそうになると身を挺して守ってくれた。それが嬉しい反面、自分が情けなくて、申し訳なくて、いたたまれなかった。


「フェミル、俺はもう成人だよ。だから大丈夫」


「……」


 フェミルが俺を見て呆けている。いや、違う。妙な違和感を覚え、フェミルの視線の向こうを見た。村の遠くが赤々としている。


「火事……?」


強すぎる赤い光が、それを示していた。しかもこの方向……これは……俺の家だ。

※ ※ ※


 まるで太陽のように熱かった。目の前で燃えている自分の家……いや、バンゾさんの別宅が、とてつもない熱波を発しながら猛っていた。どうしていいのか解らず立ち尽くす俺に突然、バンゾさんが覆いかぶさってきた。


「ノレム! ノレム! 良かった! 無事で良かった……!」


 びっくりするくらいに泣き崩れたバンゾさんが、俺を力いっぱい抱きしめた。それから、村人が総出で消火活動をしてくれた。みんなの家から離れていたこともあって、延焼もなく何とか鎮火できた。

 ふと後ろを向くと、遠くで不良連中がニヤニヤ笑っているのが見えた。俺は思わずブチ切れそうになった。直感だが、こいつらがやったんじゃないかと思ってしまった。フェミルやバンゾさんには言ってないが、実は長年に渡って嫌がらせを受けていた。洗濯物が切り刻まれていたり、窓ガラスが割られたり。この村で俺に絡んでくるのはこいつらしかいない。きっと、俺が余所者だからだ。


「人が大変なのに笑うの、よ、良くないよ」


 怒りの頂点を迎える直前。フェミルが不良連中の前に立ちはだかった。足はガクガクで、今にも泣きだしそうだというのに、はっきりと拒絶の言葉を言い放つ。その言葉に、リーダー格の不良、トマスが顔を引きつらせた。


「……チッ」

 フェミルが殴られるのでは、と心配したがトマスは舌打ちをして下を向いただけだった。意外な行動だったが、ホッとした。何事も無く、フェミルは呼吸を整え俺に近づいてきた。


「ノレム、大丈夫?」


「あ、ああ。まあ、俺に……怪我はないよ」

 

 白い煙を漂わせて、炭の塊となってしまった家を見ながら何とかショックを受けていないように取り繕う。しかし、俺のそんな拙い誤魔化しなんてフェミルには通用しない。


「今日は、屋敷に泊まっていって?」


 フェミルの言葉に、俺よりも先にトマスが反応した。


「……てめえのどこが、成人だってんだよ……」

 

 その言葉に俺は、今日一日と言わず長年に渡って溜りに溜った怒りが溢れ、抑えきれなかった。


「ありがとうフェミル。いやーでも、実はアテがあるんだよ! 意外だろ? はははっ! だから大丈夫。おやすみ! また明日な!」


 俺の言葉にフェミルとトマスはぽかんとした。すぐにその場を立ち去り、村の外れまで歩いた。しかし、当然、当たり前に、そんなものなんか無い。でも意地だった。


「何だよ! あいつら! 死ぬほどムカつく!」


 沸騰した頭でブツブツと大きめの独り言を呟いていたが、一歩一歩進むごとに頭が冷えていった。


「……あ」


 フェミルを屋敷に送ってない事に気がついた。しまったな。いや、でも、バンゾさんが一緒だから大丈夫か。すっかり平常心を取り戻した頃には、村の外れにあるご神木の前まで歩いていた。ここでフェミルとよく遊んだ事を思い出す。それと同時に俺は今日、大人になったんだなあと思った。特に何か変わった訳じゃないけれど、感慨深かった。樹齢が数百年というご神木を見上げると、かすかな風に葉を擦らせていた。その音は、妙に神秘的だった。しばらく眺めていると、葉っぱの隙間から白いものが見えた。ちらちらとゆっくり降ってくるそれは……。


「雪……? え?」


 季節は春先。雪が降ってもおかしくないとは言え、家を失くした今の俺にはきつすぎる。風も出てきて、思わず泣きそうになった。温まりたい。今はもう失くしてしまったあのぺらぺらの布団でもいいから包まりたい。あんな酷い布団でも……そう思っていたせいなのか視界の端に白いものが見えた。


「え」

 

 ゆっくりと視線を移していくと、そこには純白の布団があった。なんでこんなところに布団が? と思ったが、俺の疑問も吹き飛ばすような冷風が襲ってきた。もうどうでもいい。とにかく、温まりたい。俺は目の前の布団に触った。手がふんわりと沈んだ。どこまでもふかふかだ。でもそれだけじゃない。程よい硬さと弾力まである。今まで見た事も聞いた事もない程の上物だろう。俺は我慢できず、その布団に滑り込んだ。


「ふあああああああ……! な、なにこ……れ……」 


 その瞬間、体がとろけるような感覚に襲われた。温かい。柔らかい。いい匂い。今まで味わった事が無い多幸感。俺は、一瞬にして意識が持っていかれそうになった。しかし、完全な眠りに落ちる前に幻を見た。


「おとなになったら、けっこんさせてください!」


 幼い俺とフェミルがご神木の前で手を繋いでいた。これは本当にあったことなのか。俺の妄想なのか。それは解らない。しかし、これが本音だったのは解る。俺は、フェミルの事が……むかしから……ずっと………………す…………き……。

 俺の意識が完全に暗闇になる直前に、妙な文字が目の前に浮かんだ。


『お布団スキルを解放しました』

『お布団召喚LV1を使用しました』

『睡眠学習LV1を開始します』

『睡眠不足LV1の効果が切れました』


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