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「冗談だ。好物はとっとくタイプなんだよ、俺は。それに、お前が思うようなことはしねぇから…大体、攫ってねぇだろ」


ホッとしてそのまま聞き逃しそうになったが、ん?と思い直し反論した。


「この状態のどこが…?」

「お前は俺のモンだ。俺のモンを俺の巣に持ち帰って何が悪い」

「いつそうなった!?」

「ついさっきなっただろうが。お前の首に飾ってあるのはなんだ?俺の首にかかってるのは?」

「…羽根」

「どこの」

「…尾の…」

「わかってるじゃねぇか」

「無理やりなんだから無効!」

「あぁ?…ああ、そういや言ってなかったか。よし。俺の番になれ。以上」


あまりの言葉に絶句すると、同意を得たと思ったのか彼の速度が上がった。


「頷いてないし、同意してない!」

「はぁ?」

「私にだって選択権ってもんが…!」

「…お前、他のオスがいるのか」


いきなり止まり降ってきた今まで聞いたことのない低い声に身体が固まった。

唸るような不機嫌な声は一瞬で彼女の頭を真っ白にした。

気づくとすぐ目の前に彼の顔があった。肩越しに見えるのは月。

強く掴まれ爪が食い込んでいる肩が痛い。


「いつ求婚された?去年か?一昨年か?その前か?どこのどいつだ」

「い、たぃ…!」

「答えろ」

「ピ…ッ!い、いない!誰もいない!!」


(名もない誰かの、というか存在しない誰かの)命の危険を感じ、首を振って否定した。

一拍置いて長々と息が吐き出され、肩の力が緩んだ。傷口はジクジクと熱を持っている。

彼は傷を見て顔を顰めた。後悔する、自分を責めている表情。


「…すまん。頭に血が上った…痛いか?」

「…い、痛いに決まってる…」


気丈に言い返そうとした彼女だが、声の震えは抑えられていない。


「…ちょっと待ってろ。リュジャの葉を採ってくる」


そう言うと、彼はさっさと立ち上がって離れていった。

止血兼消毒薬の植物。すぐに戻ってきた彼は自分の口に放り込み、噛み砕いてから私の傷に吐き出した。

その上から残りのリュジャの葉で傷口を覆う。

見ていた彼女は思わず口がへの字になった。汚いとか思ったわけではない。リュジャの葉は途方もなく苦いのだ。しかも、後味が長く残る。今すぐ水で口をゆすぎたいだろうに、そんな様子を見せずに彼は彼女を自身の足の間に座らせじっとしていた。


背中に彼の体温を感じる。

言葉通り包まれるその感触は思ったよりも嫌ではない。むしろ心地よい。

沈黙が重くて、彼女は何か言わなくてはと考えた。そして、そういえば、と思いだした。


「…ねぇ」

「なんだ」

「なんで?」

「なにが」

「なんで、私を番にしたいの」

「……聞きたいのか?」

「当然」

「…言いたくないんだが」

「怪我させたから。そのお詫びで」


よほど言いたくないのか、しばらくうーうー唸っていたが、がっくりと頭を垂れた。


「…本当に言わなきゃダメか」

「ダメ」


最後の足掻きはあっさりと一蹴された鳥人は今度こそ諦めた。

彼女はいつの間にか自分が彼を怖くなくなっていることに気づいた。むしろ、今は優位に立っているため気分がいい。


「……俺は、モテる」

「…いきなり自慢?」

「事実だ」

「…まぁ、そうだろうね」

「メスなんてもんはいくらでも寄ってきた。色んな奴が。綺麗どころから別にそんなでもねぇ奴とか、若ぇ奴、年食った奴。俺と同じくらいの大きさやお前みたいにチビな奴も。控えめな奴も、寝床にまでやってくるような積極的な奴もきた」

「…………」

「でも、なんか食指が動かねぇっていうか…なんか違ぇなって感じてた……おかげでオスが好きなんじゃないかとか噂されて…オスが寝床に忍び込んできた時は焦った…」

「…えぇと、どんまい?」

「あぁ……で、だ。なんかもう一生このままなのかって思ってた。番も持てずに死んでいくのかと思ってた」


その感覚は彼女もわかった。境遇は違うが。

誰にも愛されず、愛さずに、ずっと一人で生きていくんじゃないか。

最後は一人で、誰にも看取られずに死んでいくのではないかという不安。恐怖。悲しさ。

考えるだけで寂しくて寂しくて。

自然と涙を流した夜もあった。


彼が自分に重なって見えて、思わず彼女は身体をねじって頭を撫でていた。

大人しく彼はされるがままにされていた。


「…それで?」

「…三年前、初めて声を聞いた。アンタの歌声だ…いつから歌ってるんだ?」

「五年前、かな。友人の求婚のために頼まれて、それが成功して話題になって…それからは毎年」

「そうか…あの時俺は寝床にメスが二人いてな。捕まりそうになったけど逃げ出して森を歩いてたんだよ」

「ふたりっ…!?」

「ああ。メスに乱暴はできねぇだろ。だからさ、全身ベタベタ触られてな…なんつーか、全身汚くなった気がして、気持ち悪くて気持ち悪くて仕方なかった。水浴びとかしてみたけど、感触なくならなくてな。無理やり寝ようと適当な木に登ってた時に聞こえたんだよ、お前のが…俺はさ、そういう甘ったるい恋の歌とかホント嫌で仕方なかったんだよ。俺には無縁だし、全身むず痒いしよぉ」

「私も、あんまり歌いたくなかった。小さい頃は大好きな歌だったけど、私なんて好きになるオスなんていなかったし…でも、頼まれたら断れないし…」

「…うん、だけどよ。なぁんかイイ気分になれたんだ。こう、あのメス共に付けられた汚い何かが歌で洗われていく気がして…一昨年も聞こえてきたんだ。また気持よく聞いてたんだがな、聞こえなくなってからふと思ったんだ。これって誰のために歌ってんのかなって。アンタが俺の知らないオスのために一生懸命歌ってんじゃねぇかなって…それ考えたら、すげぇ苛ついた。ふざけんなって思った」


それじゃ、まるで独占欲ではないか。

そう思った途端、初めての感情を向けられる恥ずかしさで頬が熱くなった。


「去年聞こえ始めた時はホッとした。もしかしたらまだ受け入れられてなくて、俺にもチャンスあるんじゃないかって。だから探したんだが…見つからなかった」

「去年はそんなに依頼が多くなくて…さっさと帰っちゃったの。求婚の予定も何もないし…」

「もっと待っててくれりゃ…いや、知らなかったんだし仕方ねぇよな…まぁ、そういうわけだ」

「…経緯しか聞いてないんだけど」

「…察しろよ、そこは」

「ヤダ。はっきり言ってよ」


強請ると、彼は一瞬固まり、次に大きく息を吐いて顔を上げた。

座り直し、真正面から見つめられ彼女は思わず顔をそらそうとした。だが、頬に添えられた両手によってそれはできなかった。


「正直言うと、お前が好きかはわかんねぇ。ただ、傍にいてほしい。俺のモンにしたい。ずっと俺のためだけに歌っていてほしい。甘やかしたい。守りたい。一生を共にしてほしい…ダメか?」


彼の顔は真っ赤に染まっていた。きっと私もそうだろう。

早口で重ねられた言葉は彼女にとって十分すぎる言葉だった。

最初は無理やりだったくせに、結局こうして最後は甘えるように気弱な声を出す彼が、不覚にも可愛いと思ってしまった。


「…あのね、オスを可愛いって思ったら、それはもう好きになってるんだって」

「…俺は可愛くねぇだろう」

「…ううん、可愛い、て、思っちゃった…」


恥ずかしくって抱きついて顔を隠した。もう真正面から見ていられない。むず痒い。恥ずかしい。とてもいたたまれない。今すぐ穴を掘って埋まっていたい。

どうやらそれは相手にとってもそうだったらしく。


「…お前、よくもまぁそんな恥ずかしいセリフを…」


と呆れた声を出していた。だが、と彼女は思う。

彼の方がよっぽど恥ずかしいセリフを言っていたではないか、と。


「…帰るぞ」

「…ん」




この後、名前すら知らないことに気づき、お互いの間抜けさに笑いあったり。

家につくとメスがいて、修羅場になりかけて彼女の家に逃げ込んだり。

彼の友達にからかわれて彼がキレたり、なんてことがあるのだが。



今はただ、お互いが満たされていて。



そんな二羽を、月と花が見守っていた。

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