第01話_追放酒場ガーデン
うちの店の看板には「ガーデン」と書いてある。
だが、そう呼ぶ客は一人もいない。
「マスター! 今日もやってるかー」
朝一番に扉を開けた冒険者が、そう言いながら入ってきた。
革鎧の肩が片方だけ破れている。昨日の帰りに見たときより、ひどくなっている気がした。
「やってるよ。まぁ座れ。鎧は後で縫ってやるから脱いでそこに置いとけ」
「助かる。あと、、、、、今日もツケで」
「またかよ」
俺はロイド。この店のマスターだ。
街の外れで酒場と宿をやっている。
店の名前はガーデン。
通称、追放酒場。
この酒場がそう呼ばれる理由は簡単で、俺がある冒険者パーティから追放された男だと、この街の連中が言うからだ。
しかも、ただのパーティじゃない。
この国のトップオブトップ、Sランク冒険者パーティ「蒼天」。あの最強パーティだ。
そこから追い出された哀れな男が、傷を舐めながら酒場をやっている。
ここはそういう場所だ。そういう話になっている。
まぁ別に俺も否定してるわけじゃないから、皆そう呼んでいる。
「マスター、今日の飯なに?」
「鶏のシチューとパン。卵は銅貨一枚追加」
「卵追加で」
「ツケなのにトッピングまで追加か」
「そう、ツケで」
肩の破れた男――名前はダグという――が、いつもの席に腰を下ろした。
ダグは一人で潜っている。パーティも組まず、前衛一人。回復役もいない。
だから毎回どこか怪我をして帰ってくる。
「ダグ。昨日はどこ行った」
「北の森。バグベアーを狩に行った」
「バグベアー相手に、お前、一人で突っ込んだのか?」
「おう」
「・・・いつか死ぬぞ。冒険者続けるならパーティを組め。ここの掲示板に貼ってもいいぞ、メンバー募集中の紙」
「雇う金がねえ。知り合いもいねぇ・・・」
「そりゃ大変だな」
俺は厨房に戻って鍋をかき混ぜた。
客のパーティ編成に口を出す酒場のマスターなんて、あまりいないだろう。冒険者側も生活かかっている仕事に口を出されていい顔はしない。
余計なことを言っている自覚はある。
でも、これは俺の性分だから仕方がない。前衛一人で回復なし、これでバグベアー相手に、鎧が破れるだけで済んだのは運がいいほうだ。
口を出すのは悪い俺の癖だ。
仲間の装備を見て、足りないものを数えて、口に出す。
そういうことを、ずっとやっていた。懐かしい記憶だ。
◇
裏口の扉が開いて、リタが入ってきた。
「おはようございます、マスター」
「おはよう。悪い、酒樽が届いてるんだ。裏に二つ」
「はい」
リタはうちの看板娘だ。
半年前にふらっと現れて、「ここで働かせてください」と言った。給金は安いと言ったら、「構いません」と言った。
以来、文句一つ言わずに働いている。
物静かで、よく気がつく。
客あしらいがうまくて、酔っ払いが絡んでも笑って受け流す。
そのうえ、見た目がいい。
うちの客の半分は、たぶん飯じゃなくてリタを見に来ている。まぁそれでいい。
リタが裏から酒樽を抱えて戻ってきた。
片腕に一つずつ。
「……それ、重くないか」
「そうですか?」
リタは首を傾げて、樽を二つとも棚の上に置いた。
音もしなかった。
一つ、樽を運ぶのに男二人がかりだったはずだ。先週、酒屋の若いのが二人で運んできて、汗だくだった。
まぁ、いい。
重い物を軽々と運べる看板娘がなんて、こっちとしてはありがたいだけだ。
・・・その辺りは深く考えないことにしている。
◇
昼を過ぎると、店が埋まってくる。
うちの客は、だいたいこんな感じに分けられる。
ダグたちのような、金のない冒険者。
どこかのパーティを追い出されてきたばかりの、行き場のない冒険者。
「追放酒場」という名前が面白いから一度来てみた、という物見遊山の客。
そして----。
「いつものやつだ」
「はい。赤ワインを一本」
窓際の奥の席。
昼でも夜でも、そこには男が一人座っている。
名前はエド。それ以外は何も知らない。俺も聞いたりはしない。
背が高くて、いつも黒い外套を着ている。顔は、うちの客の中では場違いなくらい整っている。
冒険者じゃなさそうだが、商人でもなさそうだ。歳もよく分からない。若くも見えるし、その割に貫禄もある。
ただ、酒を飲んで、帰る。金払いは悪くない。うちの店で、ツケじゃなく現金で払う大事な客だ。
「マスター」
「なんだ」
「このワイン、樽が変わったか」
「……今朝、新しい樽を開けたんだ。分かるのか」
「それぐらいはわかる」
「南のが入らなくなってな。酒屋も理由は知らんそうだ」
「そうか」
それだけ言って、エドはまた黙って飲み始めた。
得体が知れない奴だが、酒の味が分かる客は、嫌いじゃない。
◇
夕方、賑やかな一団が入ってきた。
若い冒険者が五人。装備がきれいだ。新品の匂いがする。
たぶん、ギルドに登録したばかりだろう。
「ここが追放酒場かあ」
「本当にあるんだ」
「おい、あの人がマスターじゃないか?」
聞こえている。
聞こえているが、聞こえないふりをして、俺は五人分の皿を並べた。
一人が、酒が回ってきたころに、俺のところに来た。
「マスター、聞いていいか」
「なんだ」
「昔、蒼天にいてパーティから追放されたって、本当なのか」
店の中が、少しだけ静かになった。
ダグがシチューをすする手を止めた。リタがグラスを拭く手を止めた。エドだけが、変わらずグラスを傾けていた。
俺は布巾で手を拭いて、言った。
「まぁ、そんなところだ」
若い冒険者が、何とも言えない顔をした。
笑っていいのか、同情していいのか、分からない顔だ。
「あの、蒼天……。先月、竜とやり合ったって」
「ああ。聞いた」
「すげえよなあ。あれ、前衛のバルガスってのが一人で頭を押さえたんだろ? 逃げられたらしいけど」
「そうらしいな」
俺は、自分の顔が少しゆるんでいるのが分かった。
「マスターは、悔しくないのか」
「なにが」
「いや、だって。追い出されて、向こうはSランクで、竜とやり合うくらいで」
「悔しくはないな」
本当に、悔しくはない。
あいつらが竜とやり合って、全員生きて帰ったと聞いたとき、俺は厨房で一人、小さく拳を握った。
誰も見ていなかったから、構わなかった。
「……変な人だな、マスター」
「よく言われる。飯、冷めるぞ」
若いのは首をひねりながら席に戻っていった。
店の中の音が、元に戻った。
リタがそばに来て、小さな声で言った。
「マスター。今の、よかったんですか」
「何が」
「言わせっぱなしで」
「言わせておけばいい。客ってのは好き勝手言うもんだ。いちいち店主が言い返す店で酒が飲みたいか?」
リタは何か言いたそうな顔をしたが、結局何も言わずに、グラスを拭く仕事に戻った。
◇
夜が更けて、客が引いた。
ダグの鎧を縫って、エドが金を置いて帰って、リタが皿を洗って、俺は帳簿を開いた。
今日の売り上げ。銀貨二枚と銅貨七枚。
今日のツケ。銀貨六枚と銅貨三枚。
「……」
ツケのほうが、売り上げの三倍ある。
帳簿の、ツケの欄だけで、もう三ページ目に入っている。
分かっている。
ツケを出さなければいい。金のない客を入れなければいい。
追い出されてきたばかりの、鎧の破れた、腹を空かせた冒険者を、「金がないなら帰れ」と言えばいい。
言えないのだ。
言えないから、こうなっている。
「マスター。あがります」
「ああ。お疲れ」
「……帳簿、見ないほうがいいですよ」
「もう見た」
リタが小さく笑って、裏口から出ていった。
俺は帳簿を閉じて、鍋を洗って、明かりを落とした。
店の名前はガーデン。
通称、追放酒場。
久しぶりです




