映画館デート……のはずが。
「もしもし、海歌?」
風呂に入った後、バニラアイスを食べながら海歌と通話する。まさに、至福の時間だった。
「もしもし、陸翔?なにー?」
「いや、特に用事があって電話したわけじゃない」
「え、なにそれ」
「海歌の声を聴きたかっただけ」
「ふふっ」
「なぜ笑う?」
「ちょっと言い方がキモかったなーって」
「はぁ? なんで俺が言うのはダメなんだよ!?」
いつもの軽口を叩き合う。
こうした《《何でもない会話》》をするのも慣れたものだ。
「海歌、今なにしてる?」
「ちょうどランクマやってたところ。ついさっき、ダイヤモンドのC帯にランクアップできたんだよね~」
「おめでとう」
よほど嬉しかったのか、電話口の海歌は声を上ずらせていた。
海歌は学校で1番どころか、その辺のゲーマーに負けないぐらい上手いんじゃないか?
話は、直前に迫ったゴールデンウィークの話に移った。
「そろそろ連休が始まるじゃん。せっかくの長い休みだから何かしたいなー」
「まさに今、その話をしようと思ってた。俺は、海歌とどっか出かけたいと思ってた」
「陸翔は、どこ行きたい?」
「映画館とか? 安直すぎるかな……」
「いいじゃん。たまには家じゃなくて、映画館で映画を観たい」
電話越しの海歌の声が弾む。
「観たい映画決まったらチャットしておいて。次の試合始まるから、切るね」
「おっけー。ランクマッチ、ファイト!」
「応援さんきゅー」
通話を終えた。
海歌との会話に夢中になりすぎて、カップに入ったバニラアイスが柔らかくなってしまった……
♢
待ちに待った、ゴールデンウィーク。
今日鑑賞するのは、俺と海歌が観ているアニメの最終編。中学生のときから追っていた作品で、俺と海歌のお気に入りのアニメだ。
どんな結末が待っているのか……俺はそわそわしながら家を出た。
清々しい晴天の下、駅前で海歌を待った。
―――チャット―――
海歌:そろそろ着くよ
陸翔:今どこ?駅には着いた?
海歌:あなたの後ろ・・・
―――――――――
振り向くと、そこには海歌が立っていた。
「うわああっ、びっくりした……気配消すのうますぎだろ……」
「いや、陸翔がビビりすぎなだけだと思う」
驚きすぎて、スマホを落としそうになった。
海歌は、白のロングスカート、オーバーサイズのデニムジャケット、スニーカーを着用していて、とても涼しげな格好だった。寝ぐせも立っておらず、軽く化粧もしていて、いつもよりオシャレに気を使っている感じがする。
そして、俺とお揃いの銀色のネックレスを首からぶら下げていた。
「どう?今日の私、最高に盛れてるでしょ?」
「ああ。落ち着いたファッションも似合ってたけど、明るいファッションも似合うな。ネックレスとか、バッグとかの小物類が、イイ感じのバランスになってると思う」
こういうときは、どこが可愛いのか、どう似合っているのかを具体的に言うと相手に喜ばれる――と、ネットで見聞きした。
他方、俺の服装は可もなく不可もなくといった具合。
いつもの黒い長ズボンを履き、いつもの白い無地のTシャツを着ている。
オシャレ好きな海歌に「またその格好?」と言われてしまう始末だった。
「しょうがないだろ。外出用の服はこれしか持ってないんだし、そもそもファッションに興味ないし……」
「じゃあ、こんどデパートデートしよ。私が陸翔にぴったりの服を選んであげる。ちょうど私も、夏物を買いたいって思ってたところだから」
なるほど、こうやって自然に次の約束を取り付けるんだな。
俺も、そういう手法を海歌から見習わねば。
ともあれ、俺たちはバスに乗って、郊外にある大きなデパート内の映画館へ向かった。
ゴールデンウィーク真っ只中ということもあって、デパート内は混雑していた。あちこちに『ゴールデンウィーク感謝祭』を謳う広告が掲げられている。
「あれ、なんで……?」
エレベータ内でスマホをいじる海歌は、なぜか焦っていた。
小さなメモ用紙とスマホを交互に見ている。
「どうしたの?」
「映画のチケット予約サイトにログインできない……あ~イライラする……」
「落ち着いて。何とかなるって」
何度も表示される『IDかパスワードが一致しません』という赤文字。
俺は海歌を落ち着かせ、エレベーターから降りて対策を考えた。
「パスワードを管理するシステムはどうなってるの? 自動で入力されないっけ?」
「スマホとかクラウドに認証情報が保存されてるの、なんか嫌だから、使ってない」
「セキュリティ意識高いな……メモのパスワードが間違ってる可能性はない?」
「いや、一文字一文字確認しながら書いたから、間違いないはずなんだけど……あ、ロックされちゃった……」
入力を5回間違えたため、ロックがかかってしまった。
海歌のスマホでは、今日中はログインできない。
「おい、このままじゃ4000円無駄にして映画も観られないぞ。どうする?」
「頑張って考えて」
「考えてるって!」
コントのようなやり取りを交わすも、状況は変わらない。
焦りが募る中、上映時間が刻一刻と迫る。
そんなピンチの中、俺の頭に電流が走った。
「あ! 海歌、そのチケットの支払いは済んでるんだよな?」
「え、そうだけど……あ、わかった!」
何かを察した海歌は、メールを開いた。
そこには、支払い完了の通知とともに、入場に必要なQRコードが表示されていた。
「きた!」
「よっしゃ! これで映画観られる!」
俺と海歌は手を取り合い、小学生みたいにぴょんぴょん飛び跳ねて喜びを分かち合った。
入場に必要な情報を得た俺たちは、さっそく、ポップコーンとジュースを購入してシアターに向かった。
2時間たっぷりと、映画の世界に没入……
その後は、空音に教えてもらった駅前のカフェに立ち寄った。
海歌は、店の看板メニューである【ティラミス・ラテ】を飲んだ。
「んは~。めっちゃ甘い! 幸せ~」
甘党な海歌は、ご満悦だった。
「俺にもちょうだい」
「いいよ」
試しに、俺も飲んでみた。
海歌が言った通り、めっちゃ甘かった。
一番上にはティラミスパウダーの層があって、ホワイトチョコ、ビターチョコ、ミルクの層が続く。ストローの位置によって味が変わる、SNS映えすること間違いなしのラテだった。
「主人公の妹の過去エピソード、切なすぎでしょ。最後のほう、マジで涙が止まらなかった……」
映画の内容を振り返る海歌。
ティラミス・ラテがストローに吸われて、徐々に減っていく。
「自分に近い境遇の人にめっちゃ感情移入しちゃうんだよね……思い出しただけで、また泣けてきた……」
「海歌って、意外と涙もろいよな」
映画の感想という話題ができるのが、映画館デートの良いところだ。
「そういえば、なんでログインできなかったんだろう……やっぱり私がメモをミスったからかな……」
海歌は、ポケットの中でくしゃくしゃになったメモを見つめていた。
「もしかして、IDとかパスワードとかの打ち間違いしてたんじゃないか。例えば、小文字の【L】と1とか、大文字の【O】と数字の0とか……」
「あ」
何かを察した海歌は「陸翔のスマホ貸して」と、俺からスマホを強奪。
もう一度、予約サイトへのログインを試みた。
「ログイン、できた……」
「お、よかったな」
俺が予想した通り、入力する文字が間違っていたようだ。
「はぁ、なんでこんな単純なことに気が付かなかったんだろう……気が付いてたら、あんなに慌てなくて済んだのに……あー私ってほんとバカ」
海歌はうな垂れながら、ティラミス・ラテを勢いよく飲んでストレスを発散していた。
IDとパスワードはしっかり管理しよう……と思う。




