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告白

 8月25日――


 俺は駅で海歌を待った。


 集合時間の直前、『ちょっと遅れる』というチャットメッセージが送信されていた。


 待つことは大して苦痛じゃない。相手が仲良しの幼なじみだし、何より、スマホがあれば時間なんて楽に潰せる。

 スマホでゲームをして、漫画を読んでいたら、30分の待ち時間はあっという間だった。


「ごめん、遅れた」


 海歌が小走りで改札から出てきた。


「大丈夫だよ。誕生日おめでとう、海歌」

「ありがと、陸翔」


 17歳になった海歌は、黒い帽子をかぶり、黒のバンドTシャツと薄手のジーンズを身につけている。涼し気で、日焼け対策もバッチリなようだった。


「見て見て、空ちゃんから誕生日プレゼントもらったの」


 海歌は信号待ちの時間に、スマホで撮った写真を見せてくれた。


「今日の朝、空ちゃんがうちに来て、お菓子の詰め合わせをくれたの」

「すごい量だな」

「来週みんなで集まるときに食べよう」

「俺たちにも分けてくれるのか」

「うん。一人で食べるには多すぎるからね」


 海歌は空音のことを「明るすぎて疲れちゃう」と言っていたけれど、何だかんだ空音と仲良しなんだな。


 そんな話をしながら歩いて10分ほどで、目的地に到着した。


 入口には大きなイルカの像があって、『マリンワールド東京』という看板が掲げられていた。


 一緒に水族館に行く――これが、俺から海歌への誕生日プレゼントだ。


 もちろん、入館料や夕食代、お土産代も、すべて俺のおごりである。


 最近海歌が「せっかくの夏休みだし、どっか行きたい」と言っていたし、水族館を一緒に巡る体験は思い出として残るだろうし、お土産や写真は現物として残る。個人的には、ベストなプレゼントだと思う。


「水族館、何年ぶりだろう……めっちゃ楽しみ♪」


 海歌の表情は明るい。


「チケット買ってくるから、ちょっと待ってて」

「さんきゅー」


 チケットは学生割が使えたため、300円ぐらい安く買えた。事前に調べておいた通り!


 二人分のチケットを購入して、入り口で写真を一枚撮ってから、いざ入館。


 落ち着きある青いライトと、涼しい空気が俺たちを出迎えてくれた。平日だが夏休みということもあり、館内は親子連れやカップルでにぎわっていた。


「この水族館、クロマグロも展示してるんだ~。マグロってね、泳ぎながら海水をエラに通して呼吸してるんだよ。だからマグロって、ずっと泳ぎ続けないと窒息しちゃうんだ」


「へぇ~そうなんだ。やけに詳しいな」


 豆知識を披露する海歌。

 まさか、ゲーム以外に詳しいことがあるなんて。


「私ね、小学生の頃の夢が水族館の飼育員だったの。だから、魚の本を図書館で借りていっぱい読んでたの……まあ、勉強が苦手すぎて、その夢は諦めてるけど」


 そういえば小学生の頃、将来の夢を発表する授業があった。

 海歌はその時間に「私の将来の夢は、水族館の飼育員になることです!」と元気よく発表していた。


 俺の将来の夢は、ゲームプログラマーか配信者だった……ような気がする。


「ママが水族館とか、海の生き物とか好きだったから、私の名前に『海』っていう字を入れたって言ってたな。あと、私8月生まれだから、海歌ってぴったりの名前だと思う」


「じゃあ、海歌の『歌』の意味は?」


「それも、ママが音楽好きだったからっていう理由」


「へぇ、そんな由来だったのか。改めて『海歌』っていい名前だな」


「でしょ?」


 海歌の母は、俺に対して、感謝を丁寧に綴った手紙を送ってくれた人だ。


 きっと海歌が生まれたときも、悩みに悩んで、自分が美しいと思う『海』と『歌』を掛け合わせ、愛情をこめて名付けたのだろう。


 そんな話も交えつつ、俺と海歌は水族館を巡った。


 しばらく歩き回っていたら、海歌が「あ~」とうめき声をあげた。


「どうした?」

「足が痛い……ただ単に歩き回って疲れただけだから、心配しないで」

「運動不足か」

「毎日散歩してるんだけどな~夏休みで家にずっと引きこもってるからかな……」


 海歌は自分の太ももを揉みほぐしている。

 ちょうどそのとき、俺は休憩にピッタリな場所を見つけた。


「お、『クラゲの休憩スペース』だって。あそこで休もう」

「いいね!私、クラゲ大好き」


 部屋の端っこ、一組分の椅子が空いていたのでそこに座った。


 区分けされた水槽の中で、色とりどりのクラゲが泳いでいた。部屋の青色の照明も相まって非常に落ち着いた雰囲気で、アート作品の一部に溶け込んだようだった。


「きれいだな……」

「ね。見てると癒される」


 ふわふわと泳いでいるクラゲたちを眺めていると、心が洗われるようだった。何も考えず、流れに身を任せるクラゲのように脱力していた。


 そんな穏やかな時間の中で、海歌は唐突に切り出した。


「ねぇ、陸翔って、どうして私にここまでしてくれるの?」


「ん?」


「陸翔って、私に学校の書類届けてくれたし、私の部屋の掃除も手伝ってくれたし、私と遊んでくれるし、私が体調不良になったときに助けてくれたし……こうやって、水族館に連れて行ってくれたじゃん」


 海歌から熱い視線が送られる。

 俺は目線を逸らし、天井のあたりを泳ぐミズクラゲを眺めながら言葉を選んだ。


「まあ、海歌は幼なじみだし……」

「ふーん」


 海歌は納得していない様子だった。


「正直、海歌のこと心配だったんだよ。一か月も学校に来ないし、部屋は滅茶苦茶だったし。俺にできることあれば、してあげたいって思って……それに、また海歌と仲良くなれたらいいなって思ってたから……」


「要は、私のことが好きだからってこと?」


「いや、ちが……違うって言うのも違う気がするな。やっぱり、その……う、海歌のことが好きだからかもしれない」


「回りくどいなぁ」


「……好きだよ、海歌のこと」


「うん。私も陸翔のこと好きだよ」


 言ってしまったぁぁぁぁぁぁ!!!!


 【告白】という儀式を経て、俺と海歌は自他ともに認める、相思相愛の恋人になった。

 なんか、自然な流れで、あっさり終わってしまったな、俺の人生初の【告白】が……


「私は、陸翔のしっかり者で、爪をちゃんと切ってあって、清潔感があって、クールだけど奥手なところが好きだな~」


「そんな細かいところまで見てたのかよ」


「女の子ってね、自分の好きな人の細かいところまで見ちゃう生き物なんだよ」


 海歌は両手で丸を作り、双眼鏡を見るポーズで俺をジロジロと見た。

 気恥ずかしくなった俺は、無理やり話題をすり替えた。


「き、今日の夜ごはんは何食べたい?俺がおごるよ」

「焼肉食べ放題!」

「よし、行くか!」

「肉最高!」


 その後、イルカショーやペンギンの展示コーナーなど、水族館を満喫した。


 夕食時には、海歌の要望通り焼き肉屋に寄った。

 混雑を避けるために、5時に入店。早めの夕食となった。


「予想通り、すぐに席に着けたね」

「さすが陸翔。計算高いね」

「ファミレスでバイトしてるからね。時間帯ごとの混み具合は何となく分かる」


 海歌は、大きな紙袋を抱えたまま着席した。

 紙袋にはイルカのぬいぐるみや魚型のクッキーなど、お土産が盛り沢山に詰まっている。


 焼肉をお腹いっぱいまで食べた後、俺と海歌は途中の駅まで一緒に帰った。


 海歌と水族館をめぐり、海歌と焼き肉を食べて、海歌と一緒に電車に揺られ帰路に就く……


 俺は、かつてないほどに満たされていた。


「楽しかった~。ありがとう、陸翔」


「喜んでもらえてよかった。俺も楽しかったよ、海歌」


「次は10月の陸翔の誕生日だね。私もプレゼント用意するから、楽しみにしてて」


「おう。楽しみにしてるよ」


 改札の方向へと歩く海歌の背中を、俺は見送った。

 しかし、海歌はすぐに反転して戻ってきた。

 忘れ物か?


「陸翔、ちょっとこっち来て」

「なんだよ?」

「いーから、黙って来て」


 海歌に手を引っ張られて、俺は柱の陰へ。


「耳、貸して」


 こんなところで内緒話?

 一体何の話だろうと身構えていたら、海歌に肩をがっちりと掴まれてしまった。


 気が付けば、海歌の唇が俺の右の頬に触れていた。


 湿っぽく柔らかな感触が頬に伝わる。

 海歌の息がかかって、産毛が揺れて、全身がゾワゾワした。


(こ、これってキス!?)


 全身が熱い。

 心臓が爆発しそうなほどに速く、強く鼓動を刻んでいる。


――海歌って、本気マジで俺のこと好きだったんだ。


 そんなことを考えていたら、血が沸騰して、頭が真っ白になった。


 こんな姿を誰かに見られたら?

 たとえば、空音とか、クラスメイトとか。

 いや、誰に見られたとしても、死にたいぐらいに恥ずかしい。


「またね」


 そう言って、海歌は改札の向こう側に消えた。


 駅の入り口には、放心状態になって立ち尽くす俺が取り残された。

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