帰路③
「みんな! おかえり!」
地下一階層からマンション最上階への直通エレベーターの扉が開くと、新しいメガネの奥に涙を光らせた瑠未が待っていた。
最初に抱きしめられたのは圭太郎で、その次に椎奈。
調達班の中でも特に若い二人の肩をまとめて引き寄せ、瑠未は鼻を啜りながら頭を撫でたり頬擦りをしたりと生還を喜ぶ。
「た、ただいま瑠未姉」
「心配かけてごめんね。瑠未姉」
されるがままの圭太郎と椎奈は、恥ずかしそうにはにかみながら応える。
「みんなも、無事に帰ってきてくれて……っ」
エレベーターから続々と降りてくる他の調達班の面々の顔を見上げて、瑠未はまた目尻に涙を浮かべる。
「いやぁ、常盤くん達が来てくれなかったら危なかったよ」
「ごめんね渡辺さん、私が道を間違えたりしなければ……」
サハギン軍団を呼び寄せる罠がある部屋に迷い込んだ女性メンバーが、申し訳なさそうに瑠未に謝る。
「ううん、さっきも言ったけどアレはオレの油断が招いた事故だよ。だから悪いのはオレだ」
「そんなこと言ったら一緒におしゃべりしてたボクも同罪。だからけーくんだけの責任じゃない」
責任を全て一人で背負おうとする圭太郎に、椎奈は顔を顰めてその耳を抓る。
「痛っ」
「けーくんはなんでもかんでも一人で背負いすぎ。もっとボクや他の人を頼るべきだよ」
「ふふっ、その話はまた後でしましょうね。今はみんなの帰還を喜ばないと──他の人たちや常盤くん達は?」
圭太郎と椎奈の肩に手を置きながら、瑠未はエレベーターの中の様子を見る。
「全員一度に乗れなかったから、オレらに譲ってくれたんだ。後で剛志と一緒に上がってくるよ」
「そう。それじゃあ後でまたお出迎えしなきゃね。今陽子がご馳走を作ってくれてるわ。出来上がるまでにまだ時間が掛かるけど、先にお風呂に入って
らっしゃい。先に眠っても構わないわよ。お布団、準備しているから」
ゆっくりと立ち上がった瑠未が、椎奈の背を押して階段へと促す。
「うん、疲れた……」
「ふあぁあ……」
椎奈が眠そうに目を擦ると、圭太郎が大きな欠伸をする。
二人はそのまま、階段を降りて生活スペースとして使っているフロアへと移動した。
「渡辺さん、とりあえず後で素材とか食材とかを渡すよ。俺らももうへとへとだ」
他の調達班のメンバー達も、ようやく戻ってこれた事で緊張の糸が切れたのか、みな気だるそうにしている。
「ええ、急がなくてもいいわ。今はしっかり身体を休ませて──」
「ねぇねぇ、たいがにいって、つよかった!?」
「どんなモンスターがでたの!?」
「怖かった!?」
瑠未の背後で今か今かと待機していた子供たちが、ついに待ちきれずに一斉に調達班のメンバーを取り囲んだ。
「こら、みんな疲れてるんだから。明日にしなさい」
「えー」
「つまんなーい!」
「じゃあ大河兄が戻ってきてから聞くもーん!」
瑠未に叱られた子供たちは、唇を尖らせて拗ねる。
調達班の面々はそんな子供たちを苦笑して宥めながら階下へと降りていった。
瑠未は目尻の涙を拭いながら、それを微笑んで見送る。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ダンジョンを攻略させようとしている?」
「ああ」
圭太郎たちを乗せたエレベーターが再びダンジョンの地下一階層に戻ってきて、残った大河と悠理、朱音と剛志を乗せてまた上昇する。
マンション最上階にはすぐ到着するが、大河はこの時間を利用して自分の懸念を皆に共有する事にした。
「今の東京は、オーブが無いと何も始まらないシステムになってる。レベルを上げるのもそうだし、『剣』を成長させるのも食糧を調達するのもそうだ。その為にはフィールドやダンジョンのモンスターを狩って素材を収集するのがメインのオーブ稼ぎなんだけど……」
「今の池袋じゃ、ダンジョンに潜らないとオーブが稼げないね」
大河の言葉に悠理が続く。
「ああ、湖の上とか中にもモンスターは現れるようだけど、スミレみたいなテイムモンスターとかボートがない限り戦いようがない。水中じゃそもそも巡礼者に勝ち目はないだろ? どっちも手に入れるのが難しい以上、結果的にダンジョンがメインの狩場になる」
「まぁ、息継ぎのタイミングとか狙われると最悪だし、そもそも泳げない人はどうすんねんって話よね」
朱音が壁に背中をもたれさせ、腕を組んで頷いた。
「剛志、今の池袋にはここみたいなマンションやビルがいくつか、まだ水没せずに残っているんだよな?」
「は、はい。サンシャインを挟んで南側に大きいのが一つと、北池袋に4棟くらい、他にも周回しているマンションが残っているって、妖精達が言ってました。先月までは俺らのマンションの近くにも小さいのが2棟残ってたんですけど……」
背筋を正して大河の話を聞いていた剛志が、浮かばない表情で俯く。
「……そのビルにも人が、居たんだな?」
「はい。会話はできなかったけど、手を振ったりして挨拶はしてました。湖を渡って交流しようにもモンスターに襲われたらどうしようもないから……ビルが水没する時、助けに行けなかったんです」
「……仕方ないよ。そんな気にするな」
大河は気落ちする剛志の肩を叩いて、励ましの言葉を述べる。
「それで、その他のマンションがどうしたのよ」
「多分なんだけど、ここ以外のマンションやビルにもここと同じようなダンジョンがあって、あの宝玉があったんじゃないかって」
朱音の言葉に、大河は腕を抱えて考え込んだ。
「ダンジョンを攻略してマンションの生存領域を確保するっていうシステムが、強制されているんじゃないかって思うんだ。他の街と違ってここの聖碑がマンションの最上階にあるっていうのがずっと気になっててさ。たぶん、水没した他のマンションじゃ積極的にダンジョン攻略をしてなかった──もしくは、攻略に失敗したんだと思う」
「うわ……なにそれ」
「えげつないね……」
朱音と悠理が顔を顰める。
「食糧事情を解消するためにもダンジョンに潜らないといけないし、生存領域を確保するためにも一定のペースでダンジョンを進まなければならない……しかも潜れば潜るほど敵は強くなるし、フロアも広くなる。つまり池袋で生活している巡礼者のレベルが自然と上がるようにデザインされているんだ。まだわかんないけど……このダンジョンの一番下、最下層には上がったレベルに見合う強敵か、またはギミックが待ってるんじゃないかな」
「そ、そんな……」
剛志は顔を上げ、大河を見る。
今の時点でも、調達班を含むマンションの住人はぎりぎりのレベルだった。
大河らが今のタイミングで池袋に到着していなければ、そしてあのサハギン達を倒せるくらいのレベルでなければ、調達班は今日でみんな死んでいた可能性が高い。
調達班の全滅は、上層に住むこのマンションの住人全員が死ぬことと同義だ。
まだ戦えない子供たちが多いし、なんとか戦えそうな年齢のメンツも、今から戦っても次の洪水までに満足にレベルを上げられるか分からない。
それこそ地下15階層のあの罠に太刀打ちできるほどのレベルまで皆を上げる為には、どれだけの時間が必要なのか。
「剛志。今の話、しばらくは黙っておいてくれ。陽子さんや瑠未さんなんかはすでに察しているかも知れないけれど、まだ確定しているわけじゃない。みんなに余計な不安を抱かせたくないんだ。圭太郎には、後で俺から話すから」
「は、はい……」
朱音や悠理にこの話を共有しようと、他の住民の耳に入らないこのエレベーター内と言う場所を選んだが、大河と一緒に行動したがった剛志を先に上層に送ることができなかった。
なので仕方がないとこの話を聞かせたが、やはり間違っていたかもしれないと大河は少し悔いる。
「あ、もう少しで着くね」
悠理の声に振り向き液晶の階層表示を見ると、最上階である24階へと近づいていた。
(でも、本当に気になっていることは……他にもあるんだ……)
大河は目を瞑って、到着を知らせるブザーを聞いた。




