帰路②
調達班があれだけ探していた宝玉は、驚くほどあっさりと発見された。
地下一階層の上層へと続くエレベーターへと瞬時に戻れる魔法陣、圭太郎たちが帰還陣と呼ぶそれが敷設されていた部屋の、隣の部屋だったからだ。
人間の頭部より少し大きいその緑色の宝玉は、仰々しい意匠の真っ白な大理石の台座の上でふよふよと浮いていて、淡い発光の明滅を繰り返している。
「これに気づけないくらいオレら、疲れてたのかな……」
宝玉の前で圭太郎が分かりやすく項垂れている。
「ほ、ほら、あのサハギン軍団を倒した事で出現した部屋とかかも知れないし。な?」
大河は目に見えて落ち込む圭太郎をなんとか励まそうと、明るい口調で語りかけその右肩をポンと叩いた。
「ちゃんとマッピングしてたんだろ? ならこの規模の部屋を見逃すなんて考えられない。探索中になんらかの条件を満たしたら部屋が出てくるギミックって可能性もあるし、そんな気落ちすることないって」
帰還陣は白い塗料で描かれた大小4つの円が重なっていて、円と円の隙間を埋めるようにう象形文字に似た図形がびっしりと描かれている上に、薄い青の光を放っている。
これに気づけて、その隣の部屋の宝玉に気付けないのはさすがに不自然だ。
ならば宝玉の設置してある部屋はある種の隠し部屋で、フラグを立てる──この場合サハギン軍団の襲撃をやりすごすことが、部屋を出現させる条件だった可能性が高い。
「うん、ありがとう大河兄……」
「お、おう」
呼ばれ慣れていない名前で呼ばれるものだから、大河は気恥ずかしさで耳まで真っ赤だ。
ダンジョン内が薄暗いせいで他のメンバーには気づかれていないが、悠理と朱音だけが普段の大河を知っている分、気づいてしまう。
背後で笑い声が聞こえると振り向いた大河の目に、微笑ましいものを見ているような視線を送る悠理と朱音が居た。
「笑うなよ」
「ごめんごめん。だって大河が」
「照れてやーんの」
茶化されて少し気分を害した大河は、小声で詠唱を唱えてハードブレイカーを顕現させ、宝玉へと歩み寄った。
「こいつをぶっ壊せばいいんだよな?」
ハードブレイカーを肩に構えて圭太郎に問うと、小さく頷く。
「うん。台座にそう書かれているんだ」
圭太郎が指差した先に目をやると、大河の手のひらよりも少し大きめのサイズの黒い鉄板が台座の中央に置かれていた。
そこには、知らないはずなのになぜか読めてしまう文字で、こう書かれている。
【水から逃れたければ、この封印を砕き割れ。汝らにしばしの安息を齎すであろう】
「これは……」
「あ、大河兄も引っかかる?」
そこに書かれている文言は、解釈が分かれそうな表現がされている。
「封印ってのがな……あとしばしって部分も……」
「オレも最初に五階層で見た時は罠なんじゃないかって思って……それで陽子姉とか瑠未姉にも相談したんだ。でもその時にはもうオレらの生活している階まで湖面が上がってたから、とにかくやってみようって結論になったんだけど……」
圭太郎の説明を聞きながら大河は腰を下ろし、台座の上の鉄板に触れてみる。
「……なんていうか、罠とかで騙すっていうよりこっちの行動を決められた場所に誘導している感じなんだよな。このダンジョン」
新宿の地下ダンジョンは、駅の構造がそうなっていたせいなのかも知れないが移動方向と目的地に若干の自由度があった。
だがこの湖底ダンジョンは基本的に一本道で、おそらく行き着く先は湖の底しかない。
水面の上昇による生存領域の減少は、マンションの住人にとって死活問題だ。
だからこの台座を見つけ、このメッセージを読んだ以上、宝玉を壊さないという選択肢が選べない。
それによって最終的にどのような結果が待っているのか分からないというのが、なによりも不気味である。
「そう……今の池袋の環境は、このダンジョンを攻略させたがっているようにしか……」
誰にも聞こえないほどの声で、大河は呟く。
まだ確証が無い以上、余計な不安を他のメンバーに抱かせたくない。
陽子から聞いた話。
そして今の池袋の現状。
更にはこのダンジョンの仕組み。
それら全てが、池袋に存在する巡礼者に積極的にダンジョンを攻略させようとしている。
それは大河が池袋に着いてからずっと抱えている懸念の一つ。
「大河、どうしたの?」
肩越しに悠理が大河の顔を覗く。
「──ん? ああ、いや。なんでもない。後で話すよ。んじゃこれぶっ壊しちゃうから、みんなは念の為部屋の外で警戒していてくれ。またサハギンどもを呼び寄せる罠とか、違う罠があっても不思議じゃないし」
ぐっと膝を立てて伸びをして、大河は背後に控えていた調達班の面々に向かって指示を出した。
「じゃ、じゃあオレが──!」
「俺も!」
圭太郎と剛志が一歩前に出る。
「ダメだ。お前らじゃ何か合った時に対応し辛い。俺ならレベル差のゴリ押しでなんとかなるけど、剛志のレベルだとあのデカブツ──サハギン・マフィアが相手だと分が悪いし、さっき確認した圭太郎のスキルやアビリティ構成じゃ、もし囲まれたら詰む」
「じゃあアタシは? アタシの速さならなにか起きてもすぐにこの部屋から飛び出せるじゃん?」
大河の説明に、今度は朱音が手を挙げる。
「俺より朱音さんの方が広範囲をカバーできるだろ? なら朱音さんは悠理を含めた他のメンバーのサポートに回って貰いたいんだ。一撃の攻撃力に関しては俺の方が上だ。俺ならサハギン・マフィア相手に──上手くやれば一撃でカタをつけられるけど、朱音さんだと難しいと思う」
「──ん、おっけ。おらガキ共、ここでウダウダやってても仕方ないから、大河先輩の言う通りにしなー」
「あっ、朱音姉離して!」
「痛いっす! 引っ張らなくても!」
大河の説明にまだ何か言いたげな圭太郎と剛志の首根っこを掴み、朱音は部屋の外へと移動を始める。
他の調達班のメンバーもそれに続いて、不安そうな顔で部屋を出ていった。
「大河、気をつけてね」
「ああ、大丈夫。任せておけって」
悠理の力強いハグを受けて、大河は笑顔でその頭を撫でる。
しばらくして部屋の中に大河だけを残し、他の皆は部屋の外の通路から中を伺っている。
「──ふー」
大きく息を吐き出し、そしてハードブレイカーを構える。
「ふっ!」
腹の底から吐き出した息と同時に、宙空を浮遊している宝玉を横に断ち斬った。
「──ぎぎぎっ!」
「──ぎゃーす!」
「──がぎぎぎっ!」
それと同時に、あのデカブツ──三体のサハギン・マフィアが天井を突き破って落ちてくる。
「剛志! 圭太郎!そっちはどうだ!」
想定していたよりも数が少ないと安堵して、大河はサハギン・マフィアから距離をとるべくバックステップをして部屋の外へと視線を移し叫ぶ。
「ち、ちっこいサハギンが十体くらい降ってきた!」
「このくらいならオレらでもイケる!」
壁越しに圭太郎と剛志の声が響き、戦闘が始まったと思わしき金属音が聞こえてきた。
「朱音さん! 俺は大丈夫だから、そっちは頼んだぞ!」
「任せろり! おらぁ! ぶっ殺ーす!」
頼もしい雄叫びが聞こえてきた事で大河は胸を撫で下ろし、三体のサハギン・マフィアをそれぞれしっかりと目で確認して、不敵な笑みを浮かべた。




