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東京ケイオス  作者: 不確定 ワオン
パークレジデンス池袋(仮)
96/233

帰路①


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「鬱だ……死のう……」


「なんでアンタ、あのエナドリの副作用がそんな抜群に効いてんだよ。俺も飲んだことあるけどそこまでじゃなかったぞ」


 床に三角座りでへたり込む朱音の頭をパシっと叩き、大河はジップパーカーのジッパーを下ろした。


 汗で蒸れたインナーから、自分の汗の匂いが立ち上って来て顔を(しか)める。


「違うのよ……エナドリの副作用だけじゃなくて、【瞬迅】使用後の虚脱感も一緒に来ちゃって……しかも悠理は他の重傷者の怪我を見るの優先しててアタシを回復する余裕なかったじゃん? まったく動けないのに横でバチバチ戦闘しててもう怖くて怖くて……」


 朱音の伏龍のアビリティ【瞬迅】は自身の速度を十分間二倍にする破格の性能を持っているが、十分を過ぎると体力が底を付き動けなくなるというデメリットも存在している。

 

 なのであの乱戦の最中、動けなくなった身体をなんとか拠点にしていた部屋の中に入れたは良いものの、部屋の奥までは届かず入り口付近で力付き、そんな朱音の横で調達班とサハギン軍団が切った張ったするもんだから、気が気では無かったのだ。


「た、大河兄! みんなの回復がそろそろ終わるみたいだ!」


「あ、あの、悠理さんが呼んでます!」


 圭太郎と剛志が部屋の奥から小走りで大河へと駆け寄ってくる。


 サハギンの群れを掃討した後、細かい怪我などを新たに作ってしまったメンバーは悠理の【看護(ナーシング)】の回復範囲に集まって一気に治療を行なっていた。


 一番重傷だった女性も腹部に大きな痕は残ったものの、あとは目を覚ませば問題なく動けそうなまでに回復している。


「そ、そうか。ありがとな」


 戦闘後からやたらぐいぐいと大河へと詰め寄り指示を仰ぐ剛志と、自身の傷が回復するや否や即座に飛びあがり、大河へと礼を述べた圭太郎。


 そんな二人のなんだかキラキラした視線に、大河は圧倒されている。


「お、オレらはなにする!?」


「なんでもします!」


 鼻息荒く意気込む二人の勢いに負けて、大河の上半身が若干仰反る。


「え、えっと。特に思いつかないから──ああ、そうだ。あのマンションの階層を伸ばすとか言う宝玉、このフロアにあるんだよな?」


 大河はダンジョンに潜る前に陽子から聞いた説明を思い出し、圭太郎に問う。


「う、うん。でもオレらまだ見つけきれてなくて、ここに来るまでに時間かかっちゃったからみんな疲れてて、戻るって決めた直後にサハギンたちに襲われたんだ。だからどこにあるかは……」


 こんな大事にまで発展してしまったのに、戦果を上げられなかった自分を不甲斐なく思ったのか、圭太郎は俯いてしまった。


 伸ばしっぱなしの後ろ髪を首元で括って、長い前髪を無造作に放置している小柄な圭太郎は、大河の目線では黒い頭部しか見えない。


「あのサハギンたちを殲滅してから、なんだかこのフロアが静かな気がしてさ。もしかしたら今なら特に危なげなく宝玉まで辿り着けるかも知れないだろ? 調達班の人たちも疲れているだろうから無理はさせられないけど、相談してみてくれないか?」


 せっかくここまで来たのだ。

 やれることはやりきってしまおうと言う安易な提案だったが、見た目の怪我は完治していても精神が疲弊している面々には酷な話かも知れない。


 なので大河は深く考えず、進むにしろ戻るにしろ自分が先頭に立つつもりだった。


「う、うん! みんなと相談してくる!」


 こくこくと何度も頷いた圭太郎は、勢いよく振り返り部屋の奥で休んでいる他のメンバーの元へと駆けていった。


「あ、圭太郎! 俺も行く!」


 剛志は圭太郎に出遅れまいとその後を追った。


「……な、なんか落ち着かねぇな」


 汗で首周りがベタつくのを気にして、右手で首筋をなぞりながら、大河は頭を捻る。


「アンタ、中学の時帰宅部だったでしょ?」


 そんな大河を今だ座り込んだままの朱音が見上げて聞いた。


「そうだけど……」


「んじゃあ、後輩に慕われるって経験も無い訳だわな」


 どうやら徐々にエナジードリンクの副作用から回復し始めている朱音が、どこか楽しそうに笑った。


「慕われるったって……」


 大河の学校生活では、後輩はおろか同級生ですら親しく会話をした覚えの方が少ない。


 小学生の頃はどうだったかと記憶を辿れば、高学年が低学年の給食を配膳したりするイベントなどではなんだかんだで低学年に対してお兄ちゃんぶってた気もしないでもないが、あれは後輩との接し方というよりも子守りの様な物だった。


「体育会系だったらザラにあるんだけどね。部活でも入ってない限り年下と接する機会なんかあんま無いわよね」


「ていうか、なんで俺を慕うようになってんの?」


 そこがいまいち大河には理解できていない。


 先の戦闘に関して言えば、大河は自身が自覚しているだけでも三つほどポカをやらかしている。


 一つは完全な憶測に基づいて行動したこと。

 ドン・サハギンを殺せばモンスターの供給が止まるなんて確定していた訳では無い。

 あれは大河の私見と経験による独断であり、もし間違っていたら立て直すのに多くの時間が必要だった。


 二つ目は朱音に対して【瞬迅】を使わせたこと。

 一つ目と内容が被ってしまうが、ドン・サハギンを倒してもモンスターの出現が止まらなかった場合、十分後に朱音という貴重な戦力を失ったまま次策を講じなければならなかった。

 アビリティの使用に関しては完全に朱音に委ねている部分もあるが、あの指示の出し方では使うなと言う方が難しい。


 三つ目は、自分が突出しすぎたこと。

 ドン・サハギンを殺す時間よりも、残敵を掃討する時間の方が長かった。

 調達班と大河の間にはサハギンの生き残りが数多くいた為、合流するのに手間取ってしまったのだ。

 調達班の面々は大河らが到着するまで数時間を戦い続け、心身ともに疲労困憊なのは容易に想像ができた筈。

 ならあの場面で拠点としていた部屋を離れ、防衛戦力の中軸を朱音一人に任せて飛び出したのは下策としか言いようがない。


 結果として誰も死んでいないが、何かが間違えていれば数人の死者を出していただろう。


 だから大河は、実はずっと落ち込んでたりする。


「ほら、悠理が呼んでるんでしょ?」


 朱音は大河の内心を察して、座った状態でその尻を叩いて行動を促した。


「痛っ、ケツ叩くなよ。俺は良いけど悠理がキレるぞ」


「あーうん、今のはセクハラだったわ。反省しましゅ」


 そう言って朱音は抱えている膝に顔を埋めた。


「……なんだかなぁ」


 汗で湿った後頭部の髪をパタパタと右手で叩き、大河は悠理が待つ部屋の奥へと歩き出した。


「悠理、ご苦労様」


「大河、うん。これで大体の怪我人は治し終えたかな」


 調達班の女性メンバーの膝にできた青痣を【手当(トリート)】で治し終えて、悠理は立ち上がった。

 ずっと膝立ちしていたのでズボンの膝部分が汚れている。

 左手でそれぞれの膝をポンポンと叩き汚れを落として、大河の顔を見上げた。


「疲れたろ。なんか飲むか?」


「うーん、それより……」


 スマホから飲料を取り出そうと構えた大河に、悠理はゆっくり歩み寄った。


「こっちが良いかな」


 そう言って大河の胸に飛び込み、顔を埋めて深呼吸を繰り返す。


「お、おい。汗かいてるって」


「それが良いんだよ。分かってないなぁ。うーん、生き返るー」


 パーカーの前部分を解放していた為、じっとりと汗ばんだインナーが直接悠理の顔に触れる。


「あー、疲れたー。みんな生きてて良かったねぇ」


「うん、お前のおかげだよ」


 上から悠理の首筋を見ると、回復魔法の連続使用で消耗したからかにわかに汗ばんでいた。


 頭頂部に右手を置いて撫でる。


 悠理はその手に自分の手を重ねて、頬へと誘導した。


「大河もお疲れ様。カッコよかったよ」


「……そうでもねぇよ。いっぱいいっぱいだ。色々間違えたし」


 右手は悠理のされるがままにし、大河は自嘲気味に笑う。


「ううん、大河でなければどうしようも無かった場面いっぱいあったし、結果みんな無事だもん。何も間違ってないよ」


 手の甲、指、そして手のひらの中心に口づけをしながら、悠理は上目使いで大河の表情を窺う。


「でもきっと大河は気にしちゃうんだろうなって思ってさ。だから呼んだの」


「……敵わないなぁ」


「ふふっ、お互いね?」


 一度天井を見上げて鼻息を吐き、そして顔を下ろすと悠理の意地悪な笑みと視線が合った。


「そうか?」


「そうだよ」


 腹部に当たる悠理の胸の感触に、一瞬いやらしい思いが鎌首を持ち上げかけたがなんとか制し、その顔を見続ける。


 圭太郎と剛志がそんな二人を、遠くから顔を真っ赤にして見ていることに、大河はまだ気づいていない。

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