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東京ケイオス  作者: 不確定 ワオン
吉祥寺《はじまりのまち》

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262/279

創世の女神②


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「大河っ!! どうしたの大河!!」


 見るも無惨に変わり果てた公園。


 コンクリートは剥がれ、施設は破壊され、植生は全て捲れ、無数の赤い水晶柱が乱立し、ただ一本の巨大な銀杏の木だけがそこにある。


「ふぅううっ! ふぅううううううっ!!」


 止めどない涙を溢しながら、荒い息を吐き大河は災禍の牙をそっと下ろした。


 ギロリと悠理を、そして後からやってきた海斗、廉造、建栄や他のケイオスのメンバーを鋭い目つきで睨む。


「落ち着け、まずは剣を消せ」


 ゆっくりと、刺激しないように。


 海斗は大河を宥めるために努めて穏やかな声で話しかける。


「な、何があったんだよ……な、なぁ大河……」


 その後から、廉造が周囲の破壊の跡を見渡して身を竦めている。


「大河、教えて大河……なんでそんなに怒っているの……?」


 歩くのも困難になるほど荒れた地面をゆっくりと進み、悠理は大河のその荒ぶる背中にそっと左手を置いた。


 右手は災禍の牙を握る大河の手に添えて、一本ずつ丁寧に、痛まないように拡げて行く。


「ふぅううっ、ぐぅううううっ」


 歯を食いしばり、涙を舐め、やがて大河の手から災禍の牙が離された。


 大きく鈍い音を立てて落ちたその刀身は、今も赤く眩く輝いていて、そして大河を中心として広がっていく大気に震え──空震も未だ治まらない。


 それほどまでに、苛烈な怒り。


 今自分が両の足で立つこの大地が、街が、都市が、そして世界が──許せない。


 大河の意思はもう明確に、この世界を否定している。


「うぅううぅうううう──っ!?」


 威嚇の様なうなり声を上げていた大河が、ふと何かに気づいて目を見開いた。


「た、大河!」


 乱暴に悠理を引き離し、身につけていた黒のカーゴパンツの右ポケットからスマホを取り出し、握りつぶしかねない勢いでサイドボタンを押す。


 異変直後から、生きている巡礼者(プレイヤー)の所有するスマートフォンはどれだけ雑に扱っても絶対に壊れない。


 大河はそれに薄々気づいていた。


 このスマホに内蔵されているアプリ『ぼうけんのしょ』無しでは、巡礼者(プレイヤー)はレベルを上げる事もオーブを受け取る事もできないのだ。


 激しい戦闘の余波で簡単に壊れていては、この世界が成り立たなくなる。


「──おい!!」


 スマホの画面に向かって、叫ぶ。


「聞いてんだろ!! どっかで見てんだろ!! 出てこいよ!! 全部説明しろよ!!」


 およそ初めて見るその必死な様相に、余裕の無い迫力に、悠理も海斗も廉造も、そして愛蘭を筆頭としたケイオスのメンバーは口を挟むことすら出来なかった。


 あの中野で、あの祐仁(おうサマ)との戦いの最中でも。


 どんな時でも、たとえどんなに傷だらけになろうが、意識が朦朧としてようが、感情が興奮してようが、大河はどこか冷静な部分を保持したまま対処していた。


 だけど今の大河は違う。


 公園を破壊する音と、東京中を揺らす空震に驚き、思わず様子を見に来てしまった少し年長の子供達すらこの場に居ると言うのに、取り繕う事も無く。


 涙を流し、顔を汚しながら、大河はスマホの画面に向かって叫び続ける。


「お前が言ったんだ!! 吉祥寺に来ればアイツの事がわかるって!! お前が俺をここまで来させたんだ!! 最後まで責任取れよ!!」


 大河が言葉を発する度に、スマホの画面が明らかに明滅していた。


「聞いてるんだろ!! お前言ったよな!? 俺の質問に三つ答えてくれるって!! 約束したよな!!」


 そして大河は、天を仰いだ。


「──出てこい!! 地雷天使レナ!!」


 その瞬間、大河の直上。


 晴天の空が一瞬だけ歪み、歪んだ部分がモノクロとなり、そして目も眩むほどの閃光が走る。


「きゃあっ!!」


「うおっ!」


「な、なんだ!?」


 目を腕で覆い隠す者。


 思わず隣の子供達を庇う者。


 培った戦闘経験からすぐに臨戦態勢を取る者。


 その反応は皆違っていた。


 ただ一人、大河だけが。


 その網膜が激しい光で焼かれようと決して逸らさず、そこに現れたモノをキツく睨んでいる。


 大きな翼を拡げ、羽をまき散らしながら。


 それはそこで、大河の顔をまっすぐに見つめ、穏やかで慈しみの篭もった笑みを浮かべている。


 黒いフード付きのパーカーに、動くのに邪魔そうなシルバーアクセサリーを無駄にじゃらじゃらと幾つも取り付け、赤と黒のチェック柄のミニスカート。

 

 右脚が青で、左足が赤のニーハイソックス。


 金具が多くゴテゴテとしたロングブーツは、ソールがヤケに分厚い。


 あざといまでに似合っている黒髪のツインテールは、所々に様々な色のウィッグが編み込まれていて、だが不思議と上品にまとまって見えている。


 ターコイズブルーの瞳で大河を優しく見つめ、つやつやとした濃い赤のリップを輝かせて。

 地雷天使レナは、見上げる大河にその紫色のヒョウ柄と言うとんでもないデザインの下着が見えているのもお構いなく、そこに浮いていた。


「──ようやく、ここまで来たね?」


 ゆっくりとゆっくりと。


 背中の翼を羽ばたかせながら、レナは大河目掛けて降りてくる。


「いっぱい傷ついて、いっぱい頑張って、それでも大河はここに来てくれた。知ってくれた」


 トタンっと軽やかな音を立てて、地面に着地する。


 大河との距離は腕を伸ばせば触れる距離。


「ありがとう、大河」


 ばさりと、翼をしならせて。

 

 地雷天使レナはそっと両手を拡げて、大河を抱きしめた。


「約束、忘れてないよ。ウチの役割(ロール)上、大河だけを贔屓するって本当は許されない事だけど……でも大河は特別だから。ウチにとっても、造物主(あるじ)さまにとっても」


 ソールが分厚いせいで、本来は遙かに小柄な筈のレナの頭が大河と並ぶ。


 愛おしそうに、大事に大事に大河の頭を撫で、頬ずりをする。


「──っ離れろ!!」


 その華奢な身体を突き放して、大河はレナを鋭く睨んだ。


「お前は──お前はアイツを苦しめた側だろうが! アイツを苦しめたヤツが作り出したっ! NPCだろうがっ!!」


「うん、そうだよ」


 押された肩を摩りながら、レナは首を傾げて困ったように笑う。


「本来とは違う役割を持たされて、本来とは違う意図で、本来とは違う形で、ウチらシステム天使はこの世界に産み出された。造物主(あるじ)さまが望んでいない事を、造物主(あるじ)さまが想定していない解釈の元、この廃都を管理・運営し、巡礼者(プレイヤー)をサポートするという役割を担わされた」


 ぐるりと、レナは他のケイオスのメンバーの顔を見る。


「良くも悪くも、誰しもに平等にこの世界で戦える為に。ソレがウチの、ウチらの本懐。だけどこの人格は、誰よりも創造主(あるじ)様に近くなるよう、造物主(あるじ)さまの思考をトレースしてコピーされているの。だから造物主(あるじ)さまにとってそうだったようにウチにとっても、大河はとっても大切で特別な存在」


 最後に悠理に向かって、レナはどこか困ったように眉を下げ、笑う。


「大河」


 大河の顔を見ず、レナは告げる。


「約束してたよね。ウチの役割(ロール)に超えない範囲、触れない範囲の質問に、三つ答えるって」


「……ああ」


 小さな声で返答する大河に振り向いて、レナはその表情から笑みを消し、真剣なまなざしを向ける。


「だから、よく考えて。今大河が手にしているのは──チャンス。たった三つ、それだけしかウチは大河にしてあげられない。それがウチの限界。大河が上手くそのチャンスを掴む事が出来れば──」


 目を閉じ、翼を拡げ、両腕を拡げ、レナは今までの柔らかい声色とは違う、冷たく鋭い声で言葉を紡ぐ。


「──アイツに、その剣が届きうるかもしれない」


 バキンっと大きな音を立てて、東京の空がひび割れる。

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