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東京ケイオス  作者: 不確定 ワオン
吉祥寺《はじまりのまち》

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創世の女神①


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 そっと日記を閉じて、大事に大事にテーブルの上に置く。


 目を閉じて、大きく息を吐いて、そしてゆっくり目を開いて振り返り、静かに親友の部屋を後にした。


 この家には人の気配が無い。


 大河が扉を開けるまで空気は淀み、埃は積もり、だけどまだ生活感の溢れるこの家に、寂寥の想いが募る。


 綾の母親(おばさん)は、綾の父親(おじさん)は、綾乃はいったいどこに行ったのだろうか。


 できるならまだ生きていて欲しい。


 この近くのコミュニティを、とりあえず虱潰しに探そうと心に決め、大河は玄関でスニーカーを履き、敷居を跨ぎ、ガラス戸をそっと閉める。


 軒先の庭が荒れているのも、いつかちゃんと手を入れて整えてやろう。

 

 そんな事を思いながら門を出て、閉める。


 親友の家を背にして向かうのは新しいケイオスの拠点──吉祥寺北町小学校、ではない。


 方向は真逆。


 ゆっくりと、踏みしめるように舗装路を進み、じっくり時間を掛けて到着したのは、綾が自らの命を絶ったであろう、思い出の公園。


 車道を横断し、車止めの柵を超えて敷地内に入ると、最初に目にするのは小さい公設トイレ。


 小学校の低学年、二人だけのかくれんぼの際は良くこの中に隠れていた親友を見つけては、ばっちいと笑い合った。


 次に目にするのは、最近とんと見なくなったジャングルジム──の跡地。


 今の子供たちには危なすぎると、市民の声を反映されて撤去されたそれにも、思い出があった。


 低い位置の棒におでこをぶつけて泣く親友を宥めすかし、その頂上でスーパーで購入したアイスを分け合った。


 少し進むと、たしかここには砂場があった筈だ。


 バケツやプリンの空き容器を利用して、凝りに凝った要塞の様な何かを一緒に作った。


 時代の流れと共に、いろんな物が無くなっていく。


 公園の向こう側にあったパン屋は材料の高騰に耐えきれず店を閉めた。

 二人で食べた揚げパンの味が忘れられない。


 その隣に住んでいたおばあちゃんは、近所の小学生が通る度に挨拶をしてくれて、夏休みに通りかかると冷たい麦茶を勧めてくれた。

 中学に上がる前に病気で亡くなり、その息子さんが家の売却を決めたとかで、今はもう立派なアパートに変わってしまっている。


 通りを挟んで更に向こう。

 少しだけ屋根が見える建物は、昔ながらのおもちゃを揃えていた模型屋だった。


 何時潰れたのかは覚えていないが、お年玉を握って二人で何を買うかで盛り上がりながら、買い物をしたのを覚えている。


 そこの家は個人経営の美容室をやっていた筈だ。

 だけど何時の日からかシャッターは閉じたまま開かれなくなった。


 公園前の道をずっと進めば、白い大きな犬を庭で飼っていたおじさんの家があった。

 前を通る度に嬉しそうに柵に近寄ってきて、しっぽをぶんぶんと振っていた。

 見なくなったのは何時からだろう。


 なんてことの無い風景に、なんてことの無い、だけど大切な思い出が散らばっている。


 辺りの景色を見渡しながら、小さな公園の一番奥に悠然と構える、一際大きな銀杏の木に辿り着く。


 近所の子供達から『おばけいちょう』と噂されるほど古めかしい、しかし太く逞しく生命力に溢れるその木こそが──綾が首を括った木。


 街路樹に用いられる同じ木はどれも幹や枝が細い物ばかりだが、この公園のこの木だけはやたら太い。


 足を止めて、木の根元からてっぺんまでをまじまじと見る。


 綾がどの枝で首を吊ったのか一年前なら分かったのだろうが、今はもう判然としない。


「……おぉ」


 風が揺らす木々の音が、ざわざわと周囲を満たす。


「……おぉぉぉっ」


 遠くから聞こえる子供の声は、きっとケイオスの子供達が北町小学校のグラウンドでドッヂボールを始めたからだろうか。


「……おおぉぉぉおぉぉあああああぁぁぁぁあっ」


 バチン、バチンと。


 空気が爆ぜる音が鳴る。


「────おぁああああああああああっぁあああああああああああああああああっ!!!」


 震える。


 空気が、空間が。


 大河を取り囲む全ての要素が、鳴動と共に広がっていく。


「ぁあああああああああああっ──抜剣(アクティブ)っ!!」


 その右手に顕現した災禍の牙の刀身が、眩い光を放つ。


 パキパキと音を立てて地面から次々と生えてくる赤い斬撃結晶の柱が、震える空気の共振で砕け、そしてまた地面から突き出し、また割れる。


「あぁあああああああああっ!! うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」


 雄叫びと共に天を見上げ、やり場の無い怒りを叫びとして解放する。


 大河の声が大きくなるに連れて、空気を揺らす震動──空震はより強く、より激しく、吉祥寺の外れにあるこの公園を中心に、東京の空へと広がっていく。


「がぁああああああああああああああああああああああっ!! だぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」


 息が続く限り、喉が痛もうが、視界が明滅しようが、お構いなく。


 まるで獣の様な雄叫びを上げる。


「綾!! 綾!! ごめん!! お前が苦しんでいるのに!! 側に居てやれなかった!! 話を聞いてやれなかった!! 一緒に悩んでやれなかった!!」


 ぶん、と。


 災禍の牙を薙ぐ。


 一拍遅れて生まれた斬撃結晶が、轟音と共に地面を抉り、そこにまた新たな赤い結晶の柱が生まれる。


「お前の事一番わかってるの!! 俺だったのに!! 俺が!! お前の一番の親友だったのに!!」


 上段から叩きつけるように、公園の地面へと災禍の牙がめり込む。


 そこから一直線にまっすぐ、鋭利な切っ先を持った結晶の柱が次々と生まれていく。


「くそっ、くそぉ!! クソぉおおおおおおっ!!」


 デタラメに振るう牙の軌道に沿って、次から次へと結晶が生まれ、公園の敷地を破壊していく。


「だぁあああああああああああああああああっ!!」


 目尻に溜めた涙が、大河の動きに合わせて飛び散っていく。


 悔しかった。


 申し訳なさで、胸が痛い。


 一番居なきゃいけない時に、側に居てやれなかった。


 何も告げず、置き手紙も伝言すらもせず、この街に置き去りにした大事な親友。

 

 助けてやりたかった。


 一緒に苦しんで、一緒にその恐怖に立ち向かいたかった。


 だけどもう叶わない。


 大河の誇る親友は、自らの命を絶つ事でなんとかこの『東京ケイオス・マイソロジー』の世界が、『誰か』に悪用されるのを防ごうとした。


 なんて勇敢なのだろうか。


 あれだけ臆病で、泣き虫で、怖がりだったのに。


 なんて強く、そして気高いのだろうか。


 だけど綾が死んだのに、今この東京はこの有様だ。


 つまり、無駄だったのだ。

 

 その命と引き換えに守ろうとした物は、全て守れなかった。


 悔しい。


 口惜しい。

 

 腹が立って仕方が無い。


 この煮えたぎる怒りをどこに、誰にぶつければ良いのか。


 身体の内側で激しく燃えさかる真っ赤な感情を、吐き出さずには居られなかった。


「あぁあああああああああああっ!! うぁあああああああああああああっ!!!!!」


 バリバリと音を立てながら、大河を中心に空気が強く振動する。


 その鳴動は近隣の建物のガラスを揺らし、木々を揺らし、地面を揺らすほど。


 今この東京は、怒りによって震えている。

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