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12.夫婦愛は美

 車に乗り込んでも、社長夫婦はべったりだった。石川は、地震の山崩れに注意し、ゆっくりと車を進めていた。彼は、なるべくミラーで後部座席を見ないようにしていたが、細い道から出たあたりで、社長の声が後ろから聞こえた。

「石川君、ラジオをつけてくれたまえ。地震のニュースをやっているはずだ。被害状況を知りたい」

「かしこまりました。携帯はまだつながりませんか」

「込み合いすぎて使いものにならない。携帯電話などこうなると役立たずだ」

 社長は少しいらいらしたような口調になっていたが、ナメ子の声にすぐに不機嫌は解消した声に変わった。

「んん? まだ怖いか?」

「ねえ、あなたぁ〜ん。うちの遊園地が壊れてたら、蛇繁殖施設に変えましょうよぉ」

「ああ、それもいいな」

 社長はふぅ、とナメ子の下で苦しそうな息をもらした。石川の耳にも、ナメ子の甘えた声がしっかり届く。彼は、笑いを噛み殺してハンドルを握り続ける。後部座席で倒れこむように抱き合い、重い妻の下になって耐えている社長。

 あれでは重くて息がしにくいだろうに。愛ゆえにそんなことは気にならないのか。仲がよくて結構なことだ……

 石川は、ミラーに映る熱い夫婦の姿をなるべく目に入れないように努力した。


 社長たちの乗った車は、市内に入ると大渋滞でなかなか進まなかった。倒れた塀や、割れたガラスなどが道路に散乱し、大きな地震があったことを物語る。アスファルトが浮いているところもあり、それらをよけながら進む車の列は、長々と続いている。

「あなたぁ、見てぇ。ガラスが割れているお家もあるわよぉ。うちの蛇ちゃんたちの楽園は大丈夫かしらん」

「む! そうだったな。急いで帰らないといけない。セーラ、ここからは歩こう。あの子たちが逃げると困る。自宅へまず戻ろう」

 動かない車にがまんできず、社長夫婦はあと二キロぐらいのところから、車を下りて歩くことにした。

「では石川君、とりあえず車は自宅まで持ってきてくれたまえ」

「じゃあね、石川さん。グッバーイ」

 夫婦は、車から降りると、解放感から歌を口ずさみながら、歩き始めた。


 らん、らん、らん 歩きましょ

 今日も元気に 歩きましょ

 はい、はい、はい ほい、ほい、ほい

 すぐにつくよ〜 ほらついた〜


 渋滞の中に残された運転手石川は、手をつないで歌いながら歩いて行く、社長夫婦を窓越しに見ながら、大きくため息をついた。

「今日は特に疲れた……」



 一方、山中の恵美と祐二は、揺れが収まるのを待って、ゆっくりと立ち上がった。すぐ近くで大規模な落石があり、かなりの量の土砂が落ちている。

「恵美、怪我はないか?」

「大丈夫。あぶないところだったけど」

「これであいつらは追って来られないと思うけど、まだわからないから奥の山までさっさと逃げよう。この辺りは落石が多いから急いで抜けるぞ」

「祐二、お願い……ちょっとだけ待って」

「どうした?」

「なんだかさっきから気分が悪いの」

 恵美の声は力なくかすれており、先へ進もうとした祐二は驚いて恵美の顔を見た。先程まで元気だった恵美は、真っ赤な顔になっており、ごほん、ごほんと急にせき込むと、その場にしゃがみこみ、もどしてしまった。

「恵美! 急にどうしたんだよ。やっぱり落ちてきた石に当たったのか? どこが痛い?」

「……ごめん。石が当たったかどうか自分でもわかんないけど、あたしもう歩けない。ここで少し休ませて。体が熱くって吐き気がする」

 恵美はその場から立ち上がろうとしない。祐二は周囲を見回した。ナメ子たちの姿は見えないが、油断はできない。

「おい、休みたくても、今はがまんしろ。あいつらが追ってくるかもしれないし、ここは危ないぞ。蛇になってザックに入れ。俺が運んでやる」

 すでに登山道からはずれているので、ここを通る人はいない。恵美はおとなしく従ったが、狭いザックの中でときおりせき込んでは、苦しい、暑い、と繰り返した。

 そのうちに、恵美は苦しさの余り、ザックに隠れることも忘れ、ザックの口から首だけを出し、祐二の肩にぐったりと首を預ける形になってしまった。あまりのことに、祐二は歩くのをあきらめ、ザックをおろし、大きな木の根元へ向かい、落ち葉のじゅうたんの上に恵美を出してやった。恵美は口を利く元気もなく、ぞろんと体を伸ばしてしまい、荒い息をしている。

「恵美……おいっ、俺はどうすればいい。どこに落石が当ったんだよ。冷やせばいいのか? それか何か悪いもんを食ったのか? なんとか行ってくれよ、恵美――」

 恵美が、またゲホッとせき込んだ。祐二は顔をくしゃくしゃにし、半泣きでおろおろするばかりだった。



  続く

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