唐突の訪問
甘い昼休みを過ごしていれば、歩み寄る人が来た。
「みーや、ちゃん」
声を弾ませて私を呼ぶ女子生徒の名前は、木葉小暮。二年生の風紀委員。栗原先輩のあとを継いで、副委員長になった。
ほとんど髪を丸めて束ねているから、下ろしていると肩につくほどの長さの髪に癖がついている。赤みかかった色。
スカートの下の太股には、二丁の銃を常に隠している。
人の多いところは苦手と言って体育祭や文化祭も不参加で、一人行動を好む。けれど、気さくな人だから、好かれている。ちょっとお姉さんっぽい。
私を「宮ちゃん」と呼び始めたのは、この人だ。
「お客さん、連れてきた。あ、これ借りてたの。ありがとう」
貸していたCDが、返された。
「あれ、もういいのですか?」
「うん、気に入ったから買うことにしたの」
「そうですか。それはよかったです」
共通点があるとわかり、結構親しい仲。
隣の黒巣くんが気にしたので、掌でCDを隠す。シュミレーションCD。好きな声優の声で囁かれたりするもの。嫉妬されないように、隠しておかなくては。
「お客さんとは?」
小暮先輩が連れてきたと言うが、一人しか見えない。なにより不審なのは、小暮先輩がスカートの上に手を添えていること。
「アリシアン・モルダヴィアさん……様付けがいいかしら。とにかく、彼女が会いたいっておっしゃるので連れてきた」
小暮先輩が笑顔で出した名前に驚いて、私も黒巣くんも目を見開いた。
アリシアン・モルダヴィア。リュシアンの姉、始祖の吸血鬼。彼女が、漆黒鴉学園に来た。
「いい雰囲気なのに、邪魔してごめんなさいね」
真後ろから彼女の優美な声が聞こえて、私も黒巣くんも震え上がる。私達の間に割り込むように、アリシアンさんが背もたれに寄りかかって立っていた。真っ赤なロングコートは、ドレスのようにエレガント。頭には鍔の広い黒い帽子を被っていた。
「ああでも、足りないというなら、いいのよ? もっとキスしていても、待っているわ」
「っ!」
誰もいないと思っていちゃついていたのに、ばっちり見られていたと知り、黒巣くんは真っ赤になる。バッと黒巣くんが小暮先輩に目を向けた。
「……生徒会長が校内であんなことをするなんて……ぷくく」
小暮先輩も、ばっちりと見ていたらしい。口元を隠すけれど、笑っていることはバレバレ。
「笹川先輩なら、赤面しながら怒声を上げるところだったけれど、私は大丈夫。怒らないから。あ、でも、生徒会長なんだし、校内の風紀のためにも、今以上のディープなキスはしないでね」
「もうしませんんん!!!」
黒巣くんが耳まで真っ赤にするから、小暮先輩はお腹を押さえて笑った。もう白昼堂々と校内でキスはしないでしょうね。
「それで、アリシアンさん。どうしたのですか? 新学期は四月から始まるのに、来るのが早すぎませんか?」
アリシの子と呼ばれる吸血鬼の子達が編入してくるのは、四月からだ。まだ一月なのにあまりにも早すぎる。学園に入っているということは、理事長の許可は得たみたいだけれど、リュシアンからも来るなんて聞いていないから、唐突すぎる。
「子を預けるのよ。この目で見ておきたくて、学園見学の許可をもらったわ。しばらく居させてもらうから、よろしく」
魅惑的な微笑みで、アリシアンさんが告げた。
学園見学のために、しばらくこの学園に居座る。始祖の吸血鬼がもう一人、漆黒鴉学園に居座る。
苦労人の笹川先生の目頭を押さえる姿が、脳裏に浮かんだ。生徒会長の黒巣くんは、もう青ざめてしまっていた。
「じゃあ私は失礼するねー」
「あ、はい」
小暮先輩は背を向けて校舎に戻っていく。
そんな小暮先輩の背中を見つめていて、あることを思い出した。この前、リュシアンが小暮先輩について訊ねてきた。学園の生徒は頭が悪いとバカにしていたから、彼がハンターでもある小暮先輩に興味を示したのは驚いた。
アメデオがからかうから、なんでもかんでも色恋沙汰にするなっと一蹴していた。確かに異性に気があるような感じではなかったっけ。
小暮先輩が、この学園に来た経緯。風紀委員は大抵モンスターの被害で家族を亡くしたか、ハンターが家業か。
小暮先輩の事情を聞く機会は少なかったけれど、彼女が一人暮らしをしているということは聞いている。人の多いところは苦手だから、寮生活をしないようだ。両親は亡くしたらしいけれど、モンスターに殺されたとは聞いていない。
私もそれ以上のことは知らないと言えば、リュシアンは追及しなかった。不穏な雰囲気だったのが気になるところ。
アメデオが不在で大人しくなっているリュシアンが、今何を考えているのか、わからない。小暮先輩に何かあるのでしょうか。あとで聞いてみよう。
「音恋」
優美な声で、アリシアンさんに呼ばれた。
「案内してちょうだい」
微笑んで手を差し出す。拒んでも仕方ないので、アリシアンさんの手をとって、黒巣くんを見る。肩を竦めた黒巣くんは立ち上がった。
なんでもない平穏な時間は、呆気なく終わってしまったね。
一緒に残りの昼休みを使って、軽く学園の案内をした。
途中で気がついて現れたリュシアンは驚いていて、サプライズの訪問には不服そうな表情をした。放課後に話す約束をして、解散した。
サクラにアリシアンさんが来たことを話すと、ぜひ会いたい! とテンションを高くした。でも次の瞬間には、ガクリとテンションを下げる。生徒会の仕事があるのだという。それならリュシアンも同じ。きっと会えると言えば、テンションを上げた。
同じクラスのリュシアンに目を向ければ、吸血鬼の聴覚で聞き取ったらしく、頷いた。私は部活があるので、お姉さんに紹介することは任せておこう。
授業が終わって、いざ部活に行こうと向かっていたら、アリシアンさんが廊下に立って待ち構えていた。
「私はこれから部活があるのですが、なにか?」
「一緒に来てほしいの」
にっこりとアリシアンさんは笑いかける。だから、部活があるのですが。
「わたくしの子達に会ってほしいのよ」
断ろうとしたけれど、そうもいかなくなった。
「え……来ているのですか?」
「えぇ。紹介しておきたくって」
編入予定の吸血鬼達も、入国していた。
私に任せたいと思っているアリシアンさんは、どうしても会わせておきたいらしい。
アリシーの子達と呼ばれる吸血鬼達。どんな吸血鬼なのか、会っておいた方がいいでしょう。
部活は休むと伝えたのでけれど、黒巣くんに連絡する前に私は連行されてしまった。
黒巣くん、平穏は終わってしまったようです。
漆黒鴉学園6巻、発売しました!
何度も活動報告に書いたように、なろうの方針に従って本編の方は削除します。今月末までです。
ご了承くださいm(_ _)m