何でもない昼休み
その日、黒巣くんと二人きりで朝食をとった。
場所は中庭のベンチ。気温は低いけれど、陽射しは暖かくて、心地よかった。
特に話題がないけれど、穏やかな時間を二人でゆっくりと過ごす。
ふと、気付くと食べ終えた黒巣くんが私を見つめていた。
ベンチの背凭れに頬杖をついて、黒い瞳でじっと見つめてくる。
なにかと問おうとしたら。
「こっち見んなよ」
黒巣くんは私の顎を掴んで前を向かせる。
見ているのは、黒巣くんの方なのに。
疑問に思いながらも、私は食事を続けた。
その間、黒巣くんの視線が注がれるのを感じる。ちらりと目を向けると、黒巣くんは口元を緩めていた。
……ご機嫌なことは確か。
理由はアメデオがいないからでしょうか。就職したばかりだと言うのに、例の遺族の償いのために一週間お休みを取って不在中。
魔女の件も片がついた。
魔法にかかって避けていた緑橋くんとも仲直り。転校生の方は、今後役に立つはずだとリュシアンが首根を握り、理事長を説得した。もう祖国に帰りたそうだけれど、悪事を働こうとしたのが運の尽き。暫し、諦めてもらいましょう。
新学期始まってから、平穏が戻った。だから、黒巣くんはご機嫌なのでしょう。
先週は、魔法のせいか、リュシアンとばかりいたせいか、黒巣くんはご機嫌斜めだった。
平和もいいことだ。
そのままにしておこう。食べ終えたら、他愛ない話を。と考えていたら、黒巣くんが動いた。
「――――大好き」
囁かれた言葉に、目を見開く。
見れば、黒巣くんはご機嫌な笑みで私を見つめていた。優しい眼差し、嬉しそうな微笑み。
「……どうしたの? いきなり」
「悪態ついたら、言う約束じゃん。貯まってたから、今言ったの」
「……そう」
「うん」
深い意味はないらしい。口元が緩んでしまいそうだ。
黒巣くんがデレデレ。
また魔法にかかっているのかと言ったら、ムッとしてしまいそうなので言わないでおく。それはないだろう。
黒巣くんの眼差しは熱さを帯びて、私を見つめ続けた。
私がランチを食べ終えると、黒巣くんは私の髪に指を絡め始める。
オレンジジュースを飲みながら、黒巣くんと見つめ合う。
微笑んだまま、目を逸らそうとしない。恥ずかしがり屋の黒巣くんらしくないから、やっぱり魔法にでもかかっているのか。
「キスしていい?」
ずい、と顔を近付けてきたから、私は言葉を飲み込んだ。
黒巣くんは私の唇に視線を向けたから、間違いなく、唇にしたいと言っているのだろう。
昼間の学校でそれは珍しい。
「……黒巣くん、学校だよ」
「知ってる」
「……恥ずかしくないの?」
「誰も見てねーよ」
コツリ、と額を重ねて、黒巣くんは右手を私の頬に当てた。
「……だめなの?」
だめ、というわけではない。
改めると恥ずかしくて、躊躇してしまう。少し周りを確認した。誰もいない。
「どうぞ」
黒巣くんに許可を出して、目を閉じた。ドクドク、と心臓が高鳴る。
そっと、唇が重なった。
「……なに、顔赤くしてんの?」
黒巣くんがクスリと笑うから、私は俯く。
黒巣くんの心音は、あまり乱れていない。ずるい。
「黒巣くん、また魔法にでもかかってるの?」
「なんだよ、素直になっちゃだめなのかよ」
「そうじゃ、ないけど……」
私だけドキドキしているのは、ちょっと……。
「宮崎……好きだぜ」
むくれた私に笑いかけて、黒巣くんは肩に凭れた。ご機嫌な様子で私の右手に指を絡ませて握る。
黒巣くんの頭に頬を重ねて、仕返しを考えた。でも、なにも対抗しなくともいいか。
こんなに甘くて穏やかな時間だ。そのまま、楽しめばいい。
「……ねぇ、黒巣くん」
「ん?」
一口、オレンジジュースを飲む。
「もう一回、キスして」
黒巣くんは返事をしない。顔を上げると同時に、私の首から髪に右手を滑らせた。
長いフレンチキスをしてくれた。
予想外で鼓動が乱れてしまう。けれど甘くとかされるように、気持ちがいい。
何でもない昼下がりなのに、特別に感じるキス。
キュン、と胸が締め付けられる。ああ、幸せ。
「だい、すき……」
唇が離れてから、呟いた。
「俺も、大好き」
黒巣くんは囁き返すと、長く深く唇を重ねる。
目を開けば、自然と笑い合った。
こんな時間が、いつまでも続くといいね。




