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魔女っ子と蛇―7 (緑橋ルイ)



 気付けば、体育館にいた。横たわったぼくは、モンスターの姿に変わっている。橋本さんにこんな姿を見られたと思い知り、涙が込み上げた。

 悲しくて、苦しくて、苦しくて。

 もうだめだ。怖がられた。もう二度と、笑いかけてくれない。もう――…会えない。


「はし、もと、さん……は?」


 薄暗い体育館の中心にいる僕の周りに、円が書かれている。蝋燭が均等に並べられ、それが不気味な光を灯す。大きくて分厚い本を持って立っているアナトリアに、橋本さんは解放したのかを問う。気を失っている間に、漆黒のミニドレス姿に変わっていた。


「あの落ちこぼれ魔女は、帰ったんじゃなーい? それより、自分の心配しなさいよ」


 橋本さんは、無事。せめてもの救い。

 ぼくのせいで巻き込まれて、本当に、本当に、ごめん。橋本さん……。


「今からアンタ達の人間の姿を奪うために、もう一度蛇の怪物の術をかける」

「! ……達?」

「アンタと血で繋がっている家族全員よ。アンタにかければ、全員が人間の姿をなくす」

「!?」

「血で繋げて呪いをかける、そのすごい魔術をこのワタシが今からかけるんだから」


 家族の顔が浮かんだ。悪夢に泣いた小さなロンとラン。その二人を抱き締めた母。リンも。ぼくだけじゃない。ぼくのせいで、家族まで人間の姿を奪われる。その事実に、愕然とした。


「やめて!!」


 止めようとしたけれど、円の中から出れない。見えない壁があって、閉じ込められている。


「ぼく達は君になにもしてないじゃないかっ!! なんの、なんの罪もない! おばあ様だって、君には、君にはなにもっ!」


 ロン達が呪われる理由なんて何一つない。それに、おばあ様とは会ったこともないはずだ。何故彼女に呪われなくてはいけないんだ。


「この世で美しいと言い切った女から、愛される幸せを奪い、永遠に苦しませるための呪いなの! アンタみたいな孫がいて幸せになっているなんて、虫酸が走る! 魔女に逆らう人間は、永遠に苦しむべき! 家族全員、苦しみなさい!」


 アナトリアが言い返してきて、ぼくは言葉を失う。

 ぼく達の愛される幸せを、この魔女は認めない。永遠に苦しませるために、ぼく達に呪いをかける。

 ただでさえ、ぼくはずっと苦しかった。やっと、正体を明かせると明かせる相手が出てきたのに、奪われた。もうぼくには、触れてもらえない。

 こんな苦しみを、ロン達が味わうんだ。リンには好きな人間の女の子がいる。ロン達だって、友だちがたくさんいるっていつも楽しそうに話しているのに。こんな苦しみを、味あわせたくない。なのに、ぼくにはなにも出来ない。どんなに叩いても、円から出ることが出来なかった。

 アナトリアが、大きな本を読み上げる。呪いをかけられてしまう。お願いだから止めてくれと叫ぶけれど、届かない。どんなに叩いても、見えない壁は壊せない。


「誰かっ、助けてっ!!!」


 無我夢中で叫んだ途端――――呪文が止まった。

 アナトリアは、固まっている。息まで止めていた。音もなく、背後に現れた存在のせいだ。

 アナトリアよりも黒いロングドレスに身を包んでいて、髪も黒いから、まるで影から現れたみたい。存在に気付いたのは、その妖気がこの場を支配しているからだ。だから、アナトリアは固まっている。背後に危険がいるからだ。


「――――私の友人に、なにをしているのですか」


 凛とした声が静かに響く。それに驚いたように、アナトリアは震え上がって振り返った。

 吸血鬼の宮崎さんに、怯えている。


「な、なんで、ここにっ……!」

「早く解放していただけませんか?」


 宮崎さんが首を傾ければ、さらりとしなやかに黒髪が肩から垂れ落ちた。ぼくの解放を求めるけれど、アナトリアは固まってしまっている。宮崎さんに、妖気を押し当てられているせいだ。動けないでいる。


「あーあ、もう。こんなひよっこの魔女のために、時間を裂かなくちゃいけないのぉ?」


 声が聞こえたかと思えば、右にあるバスケットゴールの上に、アメデオがしゃがんで見下ろしていた。猫のような冷たい笑み。


「いいえ。緑橋くんと橋本さんのためだ。でも、その魔女に邪魔された事実は変わらない」


 左にはリュシアンが座って、冷たい眼差しでアナトリアを見据えていた。ここはもう、吸血鬼の支配下だ。


「え、橋本さん……?」


 リュシアンが口にした名前に、ぼくは反応する。何故、宮崎さん達がいるんだ。その理由は、橋本さんが呼んだから……?


「緑橋くん!」


 橋本さんの呼ぶ声に振り返れば、入り口から中に入って駆け寄ってくる。彼女が蝋燭を倒したおかげか、壁はなくなったらしい。橋本さんが、ぼくに飛び付いた。支えきれず、ぼく達は倒れる。


「よかったっ……」

「橋本、さん……」


 まだモンスターの姿なのに、そんなぼくにしがみついた。安堵の息を溢している。

 ぼくは、そんな彼女に触れなくて、ただ、呆然として。涙が、ポロっと落ちた。


「もう大丈夫……音恋ちゃんが助けに来てくれたから」


 そんなぼくの頬に掌を当てて、橋本さんは微笑んだ。昼休みより、優しく、そして変わらない眼差しでぼくを見ている。

 温かい掌。ぼくは震えた手で、その手に触れて握り締めた。夢じゃない。


「ごめ、ん……怖い目に、あわせて……ごめんね、ごめん、ごめんっ!」

「わたしは大丈夫だよ、緑橋くん」

「っ、ありがとっ、ありがとう!」


 優しい声に、涙は止まらなくなってしまう。ぼくはただ放したくなくて、その手を握り締めた。


「え。助けに来たのはオレ達でしょ、礼を言ってよ」


 たん、とアメデオが降り立つ。


「あ、ありがとうございます」


 ぼくに手を握られたまま、橋本さんが頭を下げた。


「な、なっ、なんでっ! 吸血鬼ともあろう者がっ、こんな醜い怪物の味方なんかっ……!?」


 アナトリアが口を開くと、リュシアンが後ろに降り立つ。それに驚いて、アナトリアは倒れた。魔女にとっても、純血の吸血鬼は脅威。囲まれて青ざめている。もう既に、拘束されたも同然だ。


「友だちだから」


 リュシアンが、にこりと笑いかけた。冷笑だ。


「吸血鬼の友だちに危害加えて、ただで済むとは思ってないよねぇ?」


 アメデオも笑みを深めるけれど、その瞳は鋭く冷たい。


「君みたいなひよっこの魔女で遊んでも、つまんないなぁ」

「宮崎さんが妖気を当てる練習台にはなった。他にも、用途は色々ある」


 アメデオとリュシアンが、アナトリアの腕を掴むと立たせた。アナトリアは小さな悲鳴しか上げられず、そのまま声をなくしてしまったかのように連行されていく。


「こら……先生方が処罰を決めるのですよ」


 宮崎さんが静かな声をかけるけれど、もう姿は見えない。宮崎さんは肩を竦めた。


「ありがとう、音恋ちゃん。来てくれて。……その、いつもドレスなのかな?」

「いえ、たまたま彼らに着せ買い人形にされていただけなの。ドレスは気にしないで」


 橋本さんが宮崎さんに声をかければ、宮崎さんは少しドレスを気にする。吸血鬼だから、気取ってドレス姿で夜を過ごしていたわけじゃないと伝えた。


「じゃあ、先生方がすぐ来るから……。私はあの人達を見張るね」


 宮崎さんは橋本さんの肩に手を置いて、橋本さんが大丈夫かを確認する。橋本さんは微笑んで頷いた。次にぼくと目を合わせてから、コクリと頷いて見せてリュシアン達を追う。


「すごいね……音恋ちゃん、綺麗……」


 漆黒のドレス姿の宮崎さんに、見惚れて息をつく。なんというか、エレガント……。

 ハッとする。宮崎さんがぼくと目を合わせたのは、橋本さんに説明するためだ。その時間をくれた。


「……こ、怖くない? ぼくのこと……いきなり、こんな……」

「その姿は前に見せてもらったでしょう。前は仮装だってごめんなさい」

「あ、いいんだ……ただ……見てほしかった……から……うぅっ」


 いきなり多くのものを見せすぎたことについて、先ず謝ろうとしたけれど、前に見せたことを覚えていてくれていたから嬉しい。涙が込み上げた。

 橋本さんは仕方なさそうに笑って、ポンポンと頭を撫でてくれる。


「ちょっと時間がかかったけれど……呑み込めたよ。音恋ちゃんが本当に吸血鬼だって言うから……電話で呼んだの。よかった。間に合って……」


 吸血鬼だと知っても、宮崎さんに助けを求めた。変わらずに接してくれることにまた涙が止められない。それでも必死に話をした。ぼく達の秘密を――――。



 翌日、土曜日だったけれど、ぼくと橋本さんは学校に来た。秘密保持のサインをしてもらうため。

 そのあと、橋本さんに手を引かれて、教室に連れて来られた。


「はい、髪を切ります。お客様は座ってください」


 鞄から取り出したのは、ハサミ。すっかり忘れてたけれど、髪を切ってもらうところだったんだ。

 言われた通り、椅子に座ったら、橋本さんは前からぼくの髪を櫛でとかした。向き合っているから、ちょっと恥ずかしい。


「よかったね。黒巣くん達は魔女の魔法にかかってただけで、元通りになるんだってね」

「う、うん……よかったよ……ナナ、すごく謝ってくれた……」


 ホッとする。魔法はとけて、ぼくをもう避けたりしない。


「残る問題は緑橋くんの家族だね。魔女の孫のわたしと会ってくれるかな?」

「ん、た、たぶん……」


 おばあ様の反応がわからないから、曖昧な返事になってしまう。

 アメデオ達から聞き出した情報によれば、おばあ様の呪いをとく方法はないらしい。呪いをかけるだけの魔女、とく呪いは用意しない一族。

 因縁のあるおばあ様に、黒巣理事長から連絡をして処罰を話し合った結果、おばあ様はどうでもいいと返したらしい。復讐する気はさらさらないみたいだ。今は退学させるかどうかを話し合っているけれど、本人は泣きながら退学したいと訴えているらしい。


「魔女の孫でも、家族に会ってもいい?」

「え、うん!」

「うん」


 穏やかな笑みを向けてくれる橋本さんは、優しい眼差しのまま、ぼくの前髪を指で挟んだ。その髪がハサミでシャキシャキと切られていく。

 橋本さんを家族に会わせる。緊張した。

 橋本さんが目の前にいて、眼鏡も前髪も退いたぼくの顔を見ている。恥ずかしい……。


「あ、あの……なんで前から切るの、かな?」

「前じゃないと、切れないでしょ。前髪だもの」

「いや、うん……そう、なん、だけども……」


 わかっているけれど、恥ずかしい。

 じゅわりと、顔が熱くなる。耳まで広がっていって、ぼくは身を引く。


「あ、動かないで。ずれちゃう」

「で、でもっ」

「だめだよ、緑橋くん」


 ぼくの肩を掴んで、橋本さんが更に近付けてくる。驚いて仰け反ったぼくは、椅子から落っこちてしまい、橋本さんも巻き添えになった。

 橋本さんはハサミを持っているから、慌てて怪我がないかと確認しようとする。でも橋本さんの顔が、鼻と触れ合うほど近いことに、固まってしまった。

 目が放せなくて、見つめあってしまう。ドクン、ドクン、と胸が高鳴る。

 橋本さんが、少し動く。ぼくは、強張った。でも、目が逸らせない。ドクン、ドクン、と高鳴りが止まらない。

 橋本さんが目を閉じた。ぼくは、見つめていたい。少しぼくから近付けば、当然――――唇が触れ合った。

 初めてのキス。

 すぐに俯くように離れた橋本さんは、照れたように笑って、ぼくをその瞳に映してくれる。

 ぼくも真っ赤になりながら、笑い返した。






後日。


「君の恋人は、無自覚だけれど、世界一怖い人だ。怒らせないように気を付けてね」


とリュシアンに囁かれて、ギョッとしたみどりんでした。


これにてみどりん主役編、おしまいです。




遅くなりましたが、お陰様で漆黒鴉学園4巻が発売になりました。

アメデオダーク編です。

アメデオ、大好きです!

恋ちゃんが関係者になる大事な一巻。どうぞよろしくお願いします!


20150920

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