遊び道具のはずが、教育と生産力まで変えていた!
「領主様。各職人から書類が届けられております」
「……またか」
執務室で報告を受けたストラグルは、思わず額に手を当てた。
「はい。今回も新商品になります」
「今回も、か……」
最近、このやり取りが増えている。
書類が届き、内容を確認する。
商品登録の手続きを進める。
そして、しばらくすると、また新しい書類が届く。
しかも、その間隔がどんどん短くなっている気がするのだ。
「それで、今回は何を作ったのだ?」
「どうやら、子供たち向けの遊具のようなものでございます」
「遊具?」
ストラグルは首を傾げた。
「遊ぶための道具、ということか?」
「はい。こちらが職人たちから届いた報告書です」
差し出された書類を受け取り、ストラグルは目を通した。
積み木。パズル。そして、カルタとリバーシ。
聞き慣れない名前もある。
「ほう……。しかし、そんなものまで思いつくとはな」
四歳の娘が、今度は子供向けのおもちゃを考えたらしい。
領地の開拓を指揮し、新しい商品を考案し、今度は子供たちの遊びまで考える。
一体、あの小さな頭の中には何が詰まっているのだろうか。
「私も内容を確認しましたが、その中でもカルタと呼ばれるもの、それからリバーシと呼ばれるものは、教育にも素晴らしい発想でございます」
「教育にも?」
「はい。こちらをご覧ください」
執事が、別の包みを机の上に置いた。
中には、試作品が入っていた。
「これが、カルタか……」
ストラグルは札を一枚手に取った。
表には植物の絵が描かれている。
裏返すと、そこには文字が書かれていた。
「表には絵、裏には文字か」
「その通りでございます。絵を見て同じ札を探す遊びから始め、慣れてきたら文字を覚えることもできます」
「なるほど……」
ストラグルは、もう一枚の札を手に取った。
同じ植物の絵が描かれている。
二枚を並べてみると、確かに同じものだと分かる。
「遊びながら文字を学べる、ということか」
「はい。文字を覚えるためだけに勉強するのではなく、遊びの中で自然に学べるようにする。これは素晴らしい考えだと思います」
ストラグルは感心した。
文字を覚えることは、領民にとって重要だ。
しかし、読み書きを学ぶ機会は限られている。
それに、子供たちが勉強を嫌がれば、なかなか身につかない。
遊びながら覚えられるなら、今までとは違った形で学ぶ機会を作れるかもしれない。
「クルークは、色々と思いつくものだな……」
思わず、感心した声が漏れた。
「それと、こちらがリバーシでございます」
今度は、白と黒の駒が入った箱を差し出された。
「白と黒の駒を使うのか?」
「はい。盤の上に駒を置き、相手の駒を自分の駒で挟むと、挟まれた駒を裏返せます」
執事は、簡単な説明を続けた。
「最終的に、自分の色の駒が多い方が勝ちとなります」
「ほう……」
ストラグルは試しに駒を並べてみた。
白を置き、黒を置く。
相手の駒を挟み込めば、色が変わる。
単純な仕組みだが、どこに駒を置くかによって結果が変わるらしい。
「これは、先を考える力が必要になるな」
「その通りでございます。子供だけでなく、大人でも十分に楽しめるでしょう」
「なるほど。確かに、これは面白そうだ」
ストラグルは、白と黒の駒を交互に置いてみた。
……うむ。
思ったよりも考えることが多い。
ただ駒を置くだけでは勝てないらしい。
「遊びながら考える力を身につけられる、というわけか」
「はい。しかも、どちらも領内で生産可能です」
「木材を使えば作れるからな」
パンパ領には木が豊富にある。
札も駒も、木工職人たちが技術を活かせる。
材料を外から仕入れる必要が少なく、領内で生産できるのは大きな利点だ。
子供たちが遊びながら学び、職人たちには新しい仕事が生まれる。
悪い話ではない。
いや、むしろ素晴らしいことだろう。
「……親父もお袋も、また忙しくなるな」
ストラグルは、遠い目をした。
商品登録の手続きは、主に両親に任せている。
新商品が増えるということは、それだけ手続きも増えるということだ。
しかも、クルークの考案する商品は、一度きりで終わらない。
次々と新しいものが出てくる。
「それが……」
執事が、少し嬉しそうな顔をした。
「クルーク様が書面の統一を行ったおかげで、作業も捗っているのでございます」
「書面の統一?」
「はい。商品の説明や寸法、材料、製造方法など、必要な項目を決めて書くようになりました。以前よりも内容を確認しやすくなり、職人同士の情報共有も進んでおります」
「……ああ、たまに言っている、効率化というやつか」
クルークは、時々そんなことを口にする。
同じ作業を繰り返すなら、手順を決めた方がいい。
必要な情報は、最初から分かるようにまとめておく。
そうすれば、確認に掛かる時間を減らせる。
以前は何となく聞き流していたが、どうやら職人たちの間では、実際に効果が出ているらしい。
「はい。特に職人たちには、少しずつ根付き始めております。そのおかげで、生産力も大幅に上がっております」
「生産力まで上がっているのか……」
ストラグルは、思わず椅子の背にもたれた。
新商品を考える。
それだけでも十分にすごい。
しかし、クルークは商品の作り方を伝える方法まで整え始めている。
職人たちが作業しやすくなり、製造に掛かる時間が減り、結果として生産できる量が増える。
つまり、新商品を生み出すだけでなく、領内全体の仕事の進め方まで変えているのだ。
「……領主顔負けだな」
ぽつりと呟いた。
いや、もちろん領主は自分だ。
だが、四歳の娘がやっていることを考えると、何とも言えない気持ちになる。
「領主様?」
「いや、何でもない」
ストラグルは首を振った。
娘の活躍は嬉しい。
領地が豊かになるのも、領民の生活が良くなるのも望んでいたことだ。
しかし……。
「この調子で新商品が増え続けたら、登録の手続きが追いつかなくなるぞ」
「その点につきましては、必要な書類の形式が統一されましたので、以前よりも対応しやすくなっております」
「そうか……それなら、まだ何とかなるか」
まだ、何とか。
その言葉が、妙に心に引っかかった。
これからも新商品は増えるだろう。
クルークのことだ。
きっと、今もどこかで新しいことを考えているに違いない。
「……あの子は、一体どこまでやるつもりなのだ?」
誰に尋ねるでもなく、ストラグルは呟いた。
娘は領地を豊かにしようとしている。
領民のために働き、職人たちの仕事を増やし、子供たちの学びまで考えている。
その姿勢は、領主として見習うべきものなのかもしれない。
……四歳児に見習う、というのも、少々複雑ではあるが。
「まあ、よい。まずは試作品の出来を確認し、商品登録の準備を進めてくれ」
「承知いたしました」
執事が一礼する。
ストラグルは、机の上に並んだ白と黒の駒をもう一度見た。
「……これ、私も遊んでみてよいか?」
「もちろんでございます」
「そうか」
ストラグルは、そっと駒を一つ手に取った。
少しだけ試すつもりだった。
だが、盤の上に駒を置き、相手の駒を挟み込む方法を考えているうちに、いつの間にか真剣になっていた。
「む……。ここに置くと、次はこうなるのか?」
「そのようでございますね」
「ならば、こちらはどうだ?」
領主の執務室で、白と黒の駒が並んでいく。
……仕事は、まだ残っている。
それでも、ほんの少しぐらいは構わないだろう。
何しろ、これは新商品の確認なのだから。
そう。
あくまでも、領主としての仕事の一環である。
……たぶん。




