転生したら、貧乏男爵家の次女でした
うーん……。もう朝か……。
仕事、行かないとなぁ……。
重たい身体を起こそうとしたところで、妙な違和感に気付いた。
「あれ?」
なんだ?身体が……変だ。
昨日、フォークリフトの調子が悪くて、園芸用の土を手下ろししたからな。たく。か弱い女性になんて事させるんだよ!
しかしわ筋肉痛か?いや、それにしても……。
身体が重いというより、動かしにくい。
それに――。
「ん? 起きたの?」
「……へ?」
誰だ?私は一人暮らしだぞ?寝ぼけてるのか?
いや、待て。目の前にいるのは……。
赤髪の美女。
「…………」
誰?いやいやいや。ちょっと待て。
私は一人暮らし。ということは――泥棒!?
声が……。
「あー……」
「あらあら。起きたのね」
違う。そうじゃない。
「だぁ〜!」
……ん?今の私の声?
「はいはい。お腹が空いたのね〜」
「だぁ〜!」
ちょっと待て。なんで「だぁ〜」しか言えないんだ?
「ふふ。可愛いわね」
可愛い?私が?いや、違う。問題はそこじゃない。身体がおかしい。
手を動かそうとしても、思うように動かない。
足もまともに動かせない。そして何より――。
「…………」
小さい。ものすごく小さい。
まさか……いや、そんなことあるわけが――。
「はい。ご飯ですよ〜」
「…………」
その瞬間、私は固まった。
母乳。
いやいやいやいや。何が起きてる!?
私は、しがないホームセンター勤務の社員だぞ!昨日まで普通に働いていた。
フォークリフトに乗って、商品の品出しをして、園芸コーナーで土を運んで――それがなんで母乳を飲んでるんだ!?
……いや。
飲んでる場合じゃない。状況を確認しろ。
まず、ここはどこだ?
私はベッド……いや、これはベビーベッドか?
部屋は妙に明るい。明るすぎる。
まるで外にいるみたいだ。
「…………ん?」
よく見ると――屋根に大穴が開いていた。
「…………」
おい!待て。屋根。穴。どういうこと?
雨が降ったら終わりじゃないか?
「おー。起きたか」
「…………」
また誰か来た。今度は男性。
しかも……金髪。そして、ものすごい美形。
何なんだ、この家は、美形しかいないのか?
男は私を見て、嬉しそうに笑った。
「元気そうで何よりだ」
「だぁ……」
「昨日は大嵐だったからな。何事もなく無事に過ごせて良かった」
「…………」
大嵐?何事もなく?私は屋根を見た。
穴が開いている。男も屋根を見た。
「…………」
私も見る。男も見る。
「……まあ、屋根はそのうち直すさ」
いや。直せよ!今すぐ!
「お父様!」
突然、外から声がした。
「どうだった?」
「至る所、崖が少し崩れてました!」
入ってきたのは、十歳くらいの男の子。
金髪。また美形。
「畑も崩れてました!」
続いて入ってきたのは、八歳くらいの女の子。
……やっぱり美形。私は四人を見た。
金髪美女。美形の父親。美少年。美少女。
そして私は、赤ちゃん。
「…………」
誰なんだ、この人たちは。
いや。それより――ここ、どこ?
◇
それから数日。私はひたすら観察した。
泣いて。寝て。母乳を飲んで。また寝る。
……赤ちゃんって、こんなに寝るのか。
いや、今の私は赤ちゃんなんだけど。
でも、その間にも分かったことはある。
どうやら私は――今、流行りの異世界転生というものをしたらしい。
死んだ記憶はない。
最後に覚えているのは、仕事に行こうとしていたところまで。
なのに、目を覚ましたら赤ちゃん。
そして、周囲の様子はどう考えても日本ではない。
極めつけは――。
「クルーク」
母親が、私をそう呼んだ。
クルーク。
それが今の私の名前らしい。
そして家族構成も分かった。
ストラグル・フォン・パンパ。
私の父親。この領地を治める男爵。
リラスク。私の母親。
そして――ブレイ。長男で、私の兄。
ワイズ。長女で、私の姉。
そして――クルーク。
次女。私だ。うーむ……。
間違いない。転生してる。
しかも――。
「男爵……」
私は心の中で呟いた。
確か、貴族の中では一番下だったよな?
でも貴族は貴族。
つまり――勝ち組!
「…………」
……と思っていた。最初のうちは。
だって、貴族だぞ?
前世では、しがないホームセンター勤務。
それが今度は貴族のお嬢様。
人生大逆転じゃないか。そう思っていた。
しかし、ある日の朝。
私は天井を見上げた。屋根に開いた穴。
その穴から、青空が見える。
「…………」
数日前から変わっていない。
直ってない。
お父様。男爵様。領主様。屋根。
直ってませんけど?
そして、さらに気付いた。
食事。服。家。
どれも貴族という言葉から想像していたものとは、かなり違う。
豪華な屋敷。立派な家具。
使用人が何十人もいる生活。
そんなものとは無縁だった。
そこで、私は一つの結論にたどり着いた。
これ……貧乏男爵家じゃないか?
うわぁ……異世界転生。
貴族令嬢。
までは良かった。
まさかの――貧乏貴族。
いや。待て。まだ慌てる時間じゃない。
私は前世で何をしていた?
ホームセンターだ。
ホームセンター勤務。
木材。工具。農具。建築資材。園芸用品。
DIY用品。色々な商品を見てきた。
お客さんから相談を受けることもあった。
もちろん、専門家じゃない。
何でも作れるわけでもない。
だけど――。
「…………」
この世界にホームセンターはない。
それどころか私が見た限り、ここには便利な物が少ない。
だったら。
「…………」
これは、もしかしてチャンスなんじゃないか?
貴族。領地。
そして、私には前世の知識がある。
「…………」
よし。決めた。この領地を発展させよう。
金持ちになろう。立派な家を建てよう。
屋根の穴なんて、もう二度と見たくない。
……とはいえ。今の私は――生後数日の赤ちゃん。
喋れない。歩けない。何もできない。
しかも、すぐ眠くなる。
「…………ふぁ」
駄目だ。眠い。ものすごく眠い。
……まあ。領地開発は、もう少し大きくなってからでいいか。
今は――赤ちゃんをするしかない。
私はそんなことを考えながら、再び眠りについた。
このときの私は知らなかった。
私が生まれたパンパ領が、王国でも有数の山奥の貧乏男爵領であることを。
そして。
この小さな領地を変えることが、やがて私自身の人生だけではなく――パンパ領そのものの運命を大きく変えることになるとは。




