第94話 首都侵攻4
ミハエルは、精霊魔法で生きた炎を生み出し、壁の上にいる兵士を追いかけさせる。
敵兵が逃げ惑う中、悠々と今度は植物を壁につたわらせて、天然のハシゴをいくつも作る。
「え、エルフ殿とは、ここまで摩訶不思議なことができるのですか?」
レジスタンス達が驚き、尊敬の眼でミハエルを見る。
「別に、なんて事はない」
ミハエルはそっけなく答える。
今更だが、ミハエルは人間をそんなに信用していない。
ゴルドやヒロ達はもちろん違う。
だが、アイハンド領以外の人間は、まだ一切信用していない。
彼女の脳裏にあるのは、人間の醜さ、残酷さ、身勝手な生き物。
その恐怖にも似た疑いを、レジスタンス達にも持っていた。
人間同士の争いなど、ミハエルはどうでも良いと思っているし、ゴルドからのお願いだからこそ、聞いているに過ぎない。
攻めるフリなのだから、本気度合いもそこまでではない。
ミハエルにとっては、危なくないように手を抜いて、いつでも退がるつもりでいた。
敵兵への攻撃も、見た目こそ派手な炎だが、こけおどしに過ぎないので、倒すには至っていない。
ほとんどの敵兵が逃げてどこかへ行った。
壁を登り終え、レジスタンス達が火付の準備を進めると、監視役のレジスタンスが声を上げる。
「敵襲!敵襲!奴隷兵だ!」
ミハエルは、その言葉に、嫌な顔を露骨に出す。
レジスタンス達も、監視役が指差す方を見て、各々が、目を離せなかった。
ある者は信じられないと目を見開き、ある者は怒りで握る拳が震える。
奴隷兵は、見てすぐにわかる。
足に鎖と鉄球がつけられており、ボロ布に身を纏った、なんら防具をつけていない、ほぼ生身のままだからだ。
武器などもない。
それでなぜ兵と呼ばれるのか。
彼らの体に、魔術紋がびっしりと描からているからだ。
この魔術紋は、爆破の魔術である。
彼ら奴隷兵は、生きた爆弾にされている。
女も子供も関係ない。
獣人でも、エルフでも、それ以外の種族でも、そして人間でも関係ない。
全員が等しく、一つの爆弾にされていた。
事前に、エリュシールの捕虜から聞いていた。
エリュシール国は、奴隷を積極的に増やしていると。
そして、この奴隷兵と呼ばれる、鬼畜の所業を、国の攻撃手段として、包み隠さず使っていた。
レジスタンス達が、絶望の目をする。
彼らも、この異常な攻撃を過去受けた側だ。
何の救いもない。
死ぬのは、勇ましく前に出た味方と、敵兵ではなく、死を望む奴隷兵のみ。
「退くぞ」
ミハエルの決断は早かった。
奴隷兵が来たら、こうすると決めていた。
レジスタンスの幹部は、頷き、撤退を指示する。
「ーーー待ってください!」
レジスタンスの1人が、震える声で怒鳴る。
それは、若い女のレジスタンスだった。
彼女は、レジスタンス幹部と、ミハエルの前に走って来て、その場で、両膝をついて地面に頭をつけた。
ミハエルはうんざりする。
聞かずとも分かる。
この小娘は、何とか奴隷兵を助けてもらえないかと、懇願でもする気だろう。
ミハエルは聞く価値もないと目すら合わせない。
「私だけ、残ってもよろしいでしょうか」
だが、彼女の言葉は、ミハエルの予想を裏切った。
「なっ!ミスズっ・・・1人残って何をする気だ!?馬鹿なのか!?」
幹部が慌てて彼女を立たせる。
だが、ミスズの目は本気だった。
「奴隷兵は、魔術紋のない人間に触れて、爆発の術式が発動します。つまり、彼らに呼びかけて、誰にも触らせず、安全圏まで移動させて、1人1人の魔術紋を解除します」
無茶苦茶だ。
だが、この女はそれをするのが当然と言わんばかりに、まっすぐな目をしていた。
「そ!そんな簡単に解除できるのか!?」
「私の兄が、解除魔法を開発しました」
幹部の言葉に、ミスズは即座に答える。
そして、紙を取り出すと、そこには、解除魔術の方法が書かれている。
ミハエルが紙を覗き込んで、思ったより簡単な魔術式だと分かる。
魔力があり、魔法ないし魔術の心得がある者であれば、出来る。
まぁ、敵も爆発させたらそれで良いと、簡単な術式を使っているのだろう。
よもや、解除して奴隷兵を救おうと思う人間など、いるわけがないと思っているのだ。
「お前の兄は・・・奴隷兵にやられたんじゃ・・・」
幹部は、彼女、ミスズを知っているようだ。
その兄も。
そして、その兄が殉職していることも。
「そうです。奴隷兵の魔術紋解除の際に、敵兵が奴隷兵を激昂でけしかけて、兄は帰らぬ人となりました」
その瞳に、涙がたまる。
ボロボロと、涙がこぼれる。
「それでもっ!誰かが救わないとっ!こんなの間違ってる!!」
心からの、叫びだった。
「生きてる人間を!種族を!・・・子供までも、こんな・・・こんな酷いことをさせる!これを!見逃したら!私は!私を許せない!!」
ミスズは、もう一度頭を下げた。
「皆さんを危険な目には合わせれません。私だけでやります」
ミスズは本気だった。
自分1人で、やろうとしていた。
1人のレジスタンスが、手を挙げる。
「俺も、残ります」
それにつられて、自分もと、名乗り出す者が次々現れた。
幹部は険しい顔をする。
だが、ミハエルを見て、意を決して言った。
「申し訳ありません、ミハエル殿。私を含めて、この有志の者達で、奴隷兵を何とかしますので・・・残りのメンバーを連れて、撤退頂けませんか?」
その顔は、覚悟を決めて、どこか誇らしい気持ちもある表情だった。
「正気か?奴隷兵が錯乱して、言うことを聞かんかもしれんぞ?」
「覚悟の上です」
ミハエルは、今度はミスズを見る。
ミスズは、ミハエルに目を向けられ、驚きながらも、その涙でボロボロの顔を隠さず、じっとミハエルを見返した。
「敵の兵だぞ?・・・仲間を危険に晒して、得られるものなんてない。攻めるフリの命令からもズレている」
ミハエルの正論が続く。
だが、ミスズは、しっかりと受け止める。
「おっしゃる通りです・・・万が一、私が生きて帰れても、命令違反の罰はもちろん受けます」
ミハエルはため息をつく。
心底、呆れた様子だった。
ミスズは、辛そうに悲しい顔をする。
「ーーー万が一にしか、生き残れないのか?お前はそんなに死ぬ気なのか?」
ミハエルがムスッとした顔を、パッと笑顔に変える。
「奴隷兵は任せる。その後ろに、どうせ奴隷兵が消極的にならないように、見張っている敵兵がいるだろう。それらは我らで叩く」
ミハエルがそう言うと、手を挙げられなかった残りのもの達が、勇ましくもちろんですと答える。
「い、いいんですか?」
「ミハエル殿・・・」
ミスズと幹部は、驚く顔をする。
「なんだ?なぜそんなに驚く?」
「あ、いや・・・その、ミハエル殿から・・・壁といいますか、こう・・・信用されていない感じがしていたものでして・・・」
幹部がつい、本音をこぼす。
だが、ミハエルは変わらぬ表情で答える。
「あぁ、そうだよ。私は人間が嫌いだからな」
何を当然なことを、とミハエルはあっけらかんに言うので、幹部は「えぇ~?」とさらに困る顔をする。
「だが、私が好きな相手が、お前らみたいな考えをするんだ。だから、協力しよう」
ミハエルはそう言って、奴隷兵の集団に相対した。
ミスズと、幹部も、そしてレジスタンス達が同じ方向を見る。
(好きな人・・・同じエルフのお姫様かな?)
(これほどの勇ましいエルフ戦士の心を奪う女性は、やはり慈悲深いのだろうな)
(((帰ったらミハエルさん、その女性に告白でもするのかな?)))
ミスズに、幹部に、その他のレジスタンス達は、ほぼ同じことを少しだけ考えていたが、ミハエルは気づく事はなかった。
ミハエル(なんか、勘違いされている気がするような・・・)
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