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夕焼けの魔法遣い 12


オーリにエスコートされ案内された席は、窓際の二人がけのテーブル席だった。白いテーブルクロスと群青色のクロスがかけられ、真ん中にはグラスの中に立てられた蝋燭の火がゆらゆらと揺れてガラスの模様をクロスに映し出す。一面ガラス張りの広い窓には夕焼けから夕暮れに変わる瞬間の世界がどこまでも広がっていて、灯り出す明かりがその世界にあたたかく彩りを添えていた。

「・・・・・・きれい」

息を飲んで―――小さく呟く。ほとんど独り言のような言葉だったが、オーリは「そうか」と少し満足げに返してくれた。

「・・・・・・飛行機に乗ってるみたい。オーロラと、会った時の―――」

「会った?」

「・・・・・・あれは『見た』なんて言う次元のものじゃあないと思う。『遭遇』させてもらったんだなって」

「なるほど」

しばらく、焼け付くオレンジがやわらかな青に変わるのをじっと無言で見つめていた。無言だけど、空気が悪いわけじゃない。心地よい時間だった。

太陽が完全に沈み、それでもまだ少しの赤みを残していたが―――それもまた薄布を引かれるように消え、世界が青のグラデーションで満ちる。

「今日のミユキの色だな」

「え?」

「その服の色」

「・・・・・・ああ・・・・・・」

確かにそうだ。つまりオーリの目の色は夕暮れの色だ。・・・・・・自分じゃ、気付かないものなのかな。

小首を傾げる。静かな時間を過ごしていたのを見られていたのか、絶妙なタイミングでウェイターがグラスを二つ持って来た。注がれるシャンパン。

「・・・・・・わたし、今なら十六に見えない?」

「よく分からない。不思議に見えるよ」

そっか、とうなずいてその華奢なグラスに手をかける。

向かい側のオーリと視線を合わせた。グラスの中で上る泡と、グラスの向こうで薄っすらと楽しそうに笑うオーリと。

「ここまで来たらもう街まで一日もかからないよ。―――正直、ひとりだったらここまで来れなかったと思う。付いて来てくれてありがとう、ミユキ」

「連れて来てくれてありがとう、オーリ」

グラスとグラスが涼やかな音を立てる。

一口口を付けて、星が弾けるような淡い刺激とさわやかな甘い香りを味わって、お互いを見て―――

ふは、と笑い合った。




前菜からして豪華だった。瑞々しいテリーヌの周りには真っ白なお皿をキャンバスにしソースが文様のように描かれている。

口に運んで―――目を見開いた。

「・・・・・・おいしい」

「そりゃよかった」

一杯目のシャンパンをゆっくり飲み切ったオーリは次からはレモン水に切り替えていた。特に何も言わないでもウェイターがそれを持って来てくれたことから言って予約の時に一言言っておいたのかもしれない。やや遅れてミユキもシャンパンを飲み切り、同じようにレモン水を新しく注いでもらった。

「飲み過ぎなきゃ別に好きなの選んでいいよ」

「ううん、これがいいの」

お料理の味もよく分かるし、と付け足すとオーリも納得したようにうなずいた。こんな素敵なレストランにおいては無粋な客になってしまうかもしれないが、今回だけは目を瞑ってもらおう。

「静かに料理を楽しんでたら酒頼まなくても客は客だよ。別に平気」

「なるほど。・・・・・・じゃあ特別無粋なこと訊いてもいい?」

「なに?」

「・・・・・・お金、かかったでしょう」

運ばれてきたスープを飲み込んで一言。エステに美容室、衣装レンタル、ディナー・・・・・・なんだかもうフルコースだ。オーリひとりならこんなことしなかっただろうからそこは申し訳ない。

「思ってるよりかかってない。ジェームズが全部サービスしますって言ってたけどそういうわけにはいかないだろ。敬意ってもんがあるし」

「うん」

「ただまあ、ジェームズたちがあいつに感謝して恩返ししたい気持ちも分かるから。割引はありがたくしてもらったよ。料理のメニューも食べやすいものにしてもらったし。ミユキにとっては物足りないメニューかもしれないからそこは悪いと思ってる」

「ううん、そんなことないよ。すっごくおいしい」

これから先のメインディシュも消化にいいものが来ると分かってほっとした。はじめて会った時サンドイッチで嘔吐していたオーリだ。少しましになってはいるとはいえ、胃に重たいものはまだまだご法度だ。

「・・・・・・楽しいね」

ふとぽっかりと言葉が浮かんでそのまま声になった。

異国の、来るはずではなかった土地のホテルで今食事をしている。ひとりではない。奇妙な縁で一緒にいる青年。

「なんだか不思議」

「・・・・・・そう?」

オーリが手にしていたグラスを置いた。長い睫毛が少しだけ伏せられ、その灰色が蝋燭の火を受けて淡いグラデーションを描く。

「・・・・・・俺は選ばれた気分だけどね」

「え?」

「ミユキに」

灰色の目がこちらを向く。まっすぐに見据えられて息を飲んだ。

心臓が鳴る。心が傾く。―――心の全てが向かう。

「ミユキが、選んだんだ。・・・・・・不思議じゃないよ。ミユキが俺を選んで付いて来た。・・・・・・縁とか偶然とか言うなら、俺があの時同じベンチに座ったってところかな」

「そっ・・・・・・か、」

すとんと何かが胸に落ちる。そうか。―――そうか。自分が、選んだのか。

楽に呼吸がしたくて。

深呼吸がしたくて。

知らない誰かと一緒なら出来るという自分のことしか考えない打算の末決めたこと。―――でも。

胸に手をやる。小さく、首を傾げた。

なんでだろう。そうだったはずなのに、それでしかないともう言えない。それがきっかけではあるけれど、そんなこともあったねという話でしかない。

「・・・・・・オーリは、楽しい?」

胸に手を当てたまま問う。背中がすうっと寒くなる。酷く心細かった。

「・・・・・・オーリは、選んだって言ってくれたけどね。わたしが『拾った』ひとたちは―――あの二人は、今どうしてるかわからないの」

わたしの半身。―――後生だから、幸せでいて。

あの時の友人。―――幸せになれ。その力があなたにはあるでしょう。

願う。祈る。何度だって。―――ねえ。

お願いだからこの世界のどこかで幸せになっていてください。

「オーリは、楽しい? 今―――幸せ?」

わたしは今とても楽しくて幸せで。

あなたといれてよかったと心から思っている。―――だから。

あなたもそうだといいと、願ってしまう。

「幸せだよ」

オーリは。

震えることも、怯えることもなく―――そう言った。

云って、くれた。

「こんなに楽しい旅路になるとは思ってもいなかった。そもそも、辿り着けるかどうかすらわからなかったんだ。・・・・・・ミユキが居てくれて、よかった」

ぽたりと手の甲に水滴が落ちた。あたたかさを越えて熱いもの。頬を伝って一粒だけ落ちて来たもの。

ずっと胸につかえていた何かが跡形もなく消えていった。

「そっ・・・・・・かっ・・・・・・」

ミユキ。幸。幸福たるもの。

それでも疑問に思ってしまった。ミユキの周りにいるひとたちは、あまりにも不幸が多い気がして。

大好きなひとたち。

愛すべきひとたち。

自分が原因では、ないだろう。そんなの非科学的だ。

それでも疑ってしまう。自分が周囲を愛すれば愛するほど、彼らは不幸になってしまうのではないかと。

「・・・・・・大丈夫か」

「う、ん、」

身を乗り出したオーリが涙を拭ってくれる。こくこくとうなずいて小さく鼻をすする。

「・・・・・・わたし、自分が疫病神みたいな存在かとちょっと思ってたの」

「そっか」

馬鹿にされない。言葉そのままに受け取られることが心地よい。

「少なくても俺はミユキと会えてよかったよ。愛すべきクラスメイトたちもそう思ってるだろ」

「うん、うん・・・・・・ありがと、オーリ」

「大丈夫だよ。というよりミユキを好きな人間が三十七人もいる段階でお前は疫病神なんかじゃないから。単なる人気者だよ」

「ふは、そうかな、うれしい」

「まあミユキがどれだけ人気者でもまだ返す気ないから。最後まで一緒に行くぞ」

「うん、うん。わたしはオーリのつっかえ棒でライターだから」

 最後の一筋、涙を流して微笑む。うれしくてうれしくて―――全てが愛おしくて。

 もう涙はどうやっても流れては来なかった。




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