夕焼けの魔法遣い 13
メインディシュはほろほろにとろけた牛頬肉の煮込みだった。ナイフで切るまでもなくほぐれてゆく。味も本来なら濃い目なのかもしれないが、見かけよりもだいぶさっぱりとしていておいしかった。特別仕様なのかもしれない。
前菜、スープ、メインディシュ、そしてこれも特別仕様なのかパンではなくリゾット。どれもこれも美味しく頂き、芸術作品かと思えるくらい繊細な作りのデザートももったいながら食べ切った。なんかもう、幸せでしかない。
心ゆくまで食事を満喫し、レストランから部屋に戻った。部屋までオーリのエスコートは完璧だった。どこで習うんだろうこんなの。
せっかく着せてもらったきれいな服だったが、このままでは寝れないしくつろぐにも皺になってしまう。鏡で見納めしてバスルームで脱いだ。自前の服に着替えて皺にならないようにすぐさまハンガーにかけてクローゼットにしまう。靴もアクセサリーも部屋に箱が届いていたのでそれにしまった。
結われていた髪を丁寧に解き、着たばかりの服を脱いで軽くシャワーを浴びる。なんだかんだで今日は二回もたっぷりお風呂に入っているので埃を落とすくらいのことが出来ればいい。髪と体を軽く洗って引き上げた。また服を着て髪を乾かし部屋に戻る。
バスルームを使っている間にオーリも着替えたのかシャツにスウェットというラフな格好になっていた。日常着以外の格好を見るのは意外とはじめてかもしれない。昨日の夜は入院着を着ていたし。
「あ、脱いじゃったの?」
「皺になるから」
「うーん、見納めしたかった」
「残念?」
「うん、格好よかったから」
こくりとうなずいて言うとオーリはちょっと黙ってこちらを見てから「・・・・・・あ、そ」ふいと視線を逸らした。よくわからなくて内心首を傾げる。
「でも、たまにはああやって素敵なところ行くのもいいね。本当ありがとう、オーリ」
「ん」
「気も使ってくれて」
「・・・・・・ん」
中間打ち上げというより昼間あんな風にミユキがなったから―――というのが大きかったのだろう。ベッドに座るオーリに倣って横に座る。
「もう大丈夫だよ。オーリもいるしね」
「・・・・・・そっか」
ふわり、と、灰色の目が微笑んだ。その目の色を報酬として間近で見て―――心が満たされる。
「・・・・・・明日はゆっくり起きて少し散策するか。せっかくの都市部だし」
「うん。なんだか、眠くなってきたし・・・・・・」
あふ、と小さく欠伸をする。くしゃくしゃと髪を掻き混ぜられた。
「寝ろ。なんだかんだ言っても慣れない国で疲れてるだろうし。昨日あんなことがあったばかりだし。俺はソファーにいるからなんかあったら起こせよ」
「え、オーリ寝ないの?」
「寝るよ」
「なんで? ベッドで寝ればいいのに」
「・・・・・・そういうわけにもいかないだろ」
そういえばこの部屋はキングサイズのベッドがひとつあるだけで他にベッドはなかった。なんとなくあのひとの差し金のような気もするけれど。部屋の豪華さに気を取られそこまであんまり考えていなかった。が。
「・・・・・・オーリ、今更だよ・・・・・・」
思わず吹き出した。だって昨日はもっと狭いシングルベッドで一緒に眠っていたのだ。いや、オーリは寝ていなかったかもしれないけれど。
「いや流石に状況が違うだろ、昼間と夜じゃ」
「だからってソファーに追いやるわけにはいかないよ。体調悪いんだし」
まあソファーも大きくふかふかなので寝心地は良さそうだけれど。でもベッドが一番だ。
「わたし気にしないし」
「気にしろ」
「逆に訊くけどオーリなにかするの?」
「しない」
「わたしだってオーリになにもしないよ?」
「当たり前だろ・・・・・・」
「じゃあなんの問題もないじゃない。ほら、」
「ちょ、」
毛布を引っぺがしてオーリの腕を引っ張った。ぼすんと横倒れに倒れ込み布団を被る。
「気になるならなるべく離れとくから。おやすみなさーい」
「・・・・・・おやすみ」
あきらめたのかなんなのかオーリがため息混じりに返す。広々としたベッドの上、なるべく離れた男女二人。恐らくこのベッドで今までこんなに距離を取った人間はいないんじゃないんだろうか。
笑みを毛布の下に隠す。別にいい。必要な時、側にいてほしい時には必ず近くにいてくれるのだから。だったら『こういう時』変に律儀に離れる距離感が自分たちらしい。
触れてなくても心地よい。この空気に呼吸が楽になる。
満たされた気分で深く息を吸うと、すぐに眠気はやってきた。すべすべのシーツも寝心地の良いベッドも全てが睡魔を助長させる。
穏やかな波のようにやってきた眠気に素直に従い、とろとろと目を閉じた。
―――たぶん
この時には既にカウントダウンがはじまっていた。
気付いていたのだ。知らなかっただけで。
いろんなことに。オーリのことに。自分のことに。
オーリへの気持ちが形として目に見えたなら。それを誰かが見たのなら。
きっと言うだろう。『それ』がなにかを知らないミユキに言うだろう。
「君は彼のことが好きなんだ」と。
―――残念なことに。―――残酷なことに。
御影 幸はどうしようもなく―――如月 桜里を愛してしまっていた。
違和感を感じて目を開ける。
喉元から奇妙な声が漏れた。
耳に届く荒い息遣い。
押さえ付けられ動けなくなった体。
霞む視界に、灰色とその奥の青色。
―――オーリがミユキの首を絞めていた。




