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君のための日常 20


どうやったのか、なんて。答えはひとつしかない。

「…列車の上を走ったの?」

「そこまでの無茶はしない。一車両分窓の外を移動しただけだ」

張り付いて回り込んだのか。どっちもどっちではないのか。

内心首を傾げながらも視線は逸らさない。丸腰のこちらと銃を持ったサムに挟まれた、オーリにナイフを当てる男。オーリは本調子じゃない。早く解放させて休ませたかった。

「君の狙っている男は僕だろう。彼は関係ない」

「本当に関係ないよ。いや本当に」

本当にしか言えないけど本当に。

「クリスには関係のある男みたいじゃねえか。男失くして泣く相方見たくなかったらそれを置け」

「ああ、そうなるのか…」

うめく。もう訂正しようがないしこうなってしまえば最早関係もない。

「…どうしてここまでする」

静かにオーリが問うた。

「家族とはいえ、犯罪組織のメンバーだったんだろ。…ニュースで俺も見たよ。麻薬だけじゃなく違法銃器も取り扱っていた」

「お前、軍人か」

「元な」

「だとしたら分かるだろ。…必要悪だってある」

「必要悪を否定するつもりはない。でも必要悪の正義を叫ぶならな、ボランティアでやれよ。金を稼ぐ手段に変わってる時点で必要悪なんかじゃない」

「っ、」

「私利私欲だ。他の人間を顧みない。…排除されたって仕方ない」

「それでも! それでもだ! 弟は本当はやさしい奴だった! ーーーそれを殺したのは、あいつだろッ!」

三対の瞳が、鳶色の瞳を見た。

表情を変えない。顔色も変えない。

「ーーーそう」

声音も変えない。何も変えない。譲らない。

「僕が撃った。ーーー僕が、殺した」

「ーーーッ!」

「それで終わりッ?」

男が息を飲むと同時に叫んだ。かちかちかちかちかちかちかちかちーーーもう音はしない。理解はした。あとはもう、形になるだけだ。

「違うでしょ! それで終わりじゃないでしょ!」

ぎっとクリスがミユキを見据えた。今までにない視線の強さだった。


言 う な


それが答えだった。ーーーそれが正しいと伝える、何よりの証拠だった。

「なんで襲撃者がいるって分かったのにサムが誰にも言わなかったと思う? 最初から車掌と連携しなかったと思う? ーーー何を、誰に隠していたと思う?」

かちり。ーーー聞こえなくていい、聞こえていなくたって生きていく上で何も困らない、あの正しく響く音。

最期の音。

「あなたの弟はーーーひとを、殺そうとした」

男の眼が

見開かれた

「弟、なんでしょう…十歳ぐらいの。あなたの弟が、犯罪組織の一員だったんでしょう…」

それが異質なことなのかは、異国人の自分には分からない。ギャングとマフィアの違いすらよく分かっていない。どちらも犯罪組織、そういう認識しかしていない。

それでも。戦争をしないと誓った国の国民として、それはとても哀しいことに思えた。

仮に本人が選んだことだとしても。選ばざるを、得なかったとしても…とても哀しいことだと、思った。

「その直前に何があったか知らないけれど、あなたの弟はクリスを撃とうとした」

「違う…」

「恐らく咄嗟のことだったんだと思う。でもサムがクリスを庇ったことによって、撃たれたのはサムになった」

「違う…」

「サムは下腹を撃たれてる。そこを撫でてた…狙って撃ったのなら、それはおかしい。だって警察や機動隊が乗り込んできて応戦している時なら、頭を狙うだろうから。それでも、突然のことでそれすらままならなかったら。真っ直ぐに銃を構えて、撃っただけだったら…撃たれた位置が、下過ぎるの」

「違う…」

「身長が低い人間以外、あり得ないんだよ…」

「違う、違う違う違う! 座ってたんだ! 誰かが座って撃ったんだ!」

「それも違う。クリスは精神状態が不安定だけど、それでも自分たちを害した存在をどこかで覚えてた」

ラウンジから去る彼女を思い出す。奇妙に揺らいだ体。ーーー十歳ぐらいの少年とすれ違った時だ。

記憶が曖昧でも。心が虚ろでも。それでもどこかに、恐怖は残る。形になって、溢れ出す。

だって、そもそもがおかしいのだ。相棒が自分を庇い撃たれたことはショックだろう。でも、それだけ? 記憶が混在して心が逃げ出してしまうほど?

ーーーそれだけじゃない。

「彼女にとって、相手は守るべき子供だったんだよ。それなのに子供に命を奪われかけて、庇われて、その人間は撃たれてーーー心がおかしくなっても仕方ない」

男にとってはミユキがクリスだ。何のことを言っているのかさっぱりだろう。ーーー分かるのは、咄嗟とはいえ弟がひとを殺そうとした。その事実。

「ーーーあなたの弟は、殺されていなかったらひとを殺していた」

「違う…」

がたがたと震える声だった。オーリを抱えたまま、真っ青になった唇が音を紡ぐ。

「たーーー確かに、普通の子供ではなかったかもしれない。普通より少し、荒れていたかもしれない。…でもひとを傷付けることはしなかったし根はいい奴で、」

「その根がいい奴は丸腰の女に銃を向けたのか」

「違う! 違う違う違う!」

オーリの言葉に地団駄踏むようにして男が暴れる。切っ先が激しく動いてオーリの肌すれすれを撫で、ミユキは声にならない悲鳴を上げた。

「やめ、て」

わたしの半身。分かった。あなたの気持ちが、漸く分かった。

こんなにも、こんなにも酷い気持ちをわたしはあなたに味合わせ続けている。

届かなくなる。引き裂かれる。たいせつなひと。わたしのたいせつなひと。

失いたくない。離れたくない。側にいて。ここにいて。

あたたかい手。ゆるやぐ呼吸。深呼吸する。

ーーー指先を、大きなあたたかい手のひらが包む。

「やめ、て!」

瞬間。

「ーーーサムッ!」

飛び込んできた人影。

靡く長い金髪。

鳶色の眼が見開かれる。

「クーーー」

「塞いで!」

咄嗟に反応出来たのは、体が自由だったミユキとサムとクリスだけだった。

列車を切り裂くような汽笛が鳴った。

「ーーーッ!」

鳴り止まない。止まらない。あまりの音量に自分の悲鳴すら耳に届かない。方向感覚が分からなくなる恐怖にしゃがみ込んだ。

男が怯んだその隙をオーリは見逃さなかった。尖った肘を男の鳩尾に突き刺しナイフを持った相手の腕を取る。一本背負いで床に叩き付け、男の手元に転がった銃を駈け寄ったサムが蹴飛ばし、切り刻む汽笛の中それを拾い上げ、

「ーーーミユキッ、」

さあ。終わりだ。

撃鉄を起こし倒れた男に向かって構え引き金をひいた。

汽笛の中に一瞬だけ響いた銃声。ーーーややあって、汽笛の音も止む。

火薬の匂いが漂う中ーーー信じられないものを見るような眼でこちらを見上げる男を見下す。

「絶対にーーーわたしにーーー人質を取るな」

殺すぞ。吐き棄ててーーー

だらんと銃を下ろした。ーーー男の体から離れた座席から、細く微かに硝煙が上がっていた。



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