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ドリクスの策略

「我に策がある」

 使者を安堵させるよう、ルチラナ奪還の策を講じると伝えた。王ジソーは脱出してくるルチラナ領主の保護に万全を尽くすと使者に伝えて、王の間から下がらせた。王の間に控える侍従たちにも目配せをして部屋から退出させると、広い王の間に二人だけが取り残された。

 ここからは、王と謀臣、二人だけの会話になる。広い王の間で、聞き耳を立てる者が居ても会話を知られることはない。ドリクスは静かに言った。

「我らは六神司院ロゲルスリンの反逆国の筆頭、ルージ国王リダルを討てとの宣司を受けて行動を起こしたもの。そのリダルも今は亡く、我らは責務を果たしました」

 ドリクスの話はシュレーブ国にとって都合の良いすり替えがある。六神司院ロゲル・スリンは、ルージ国、ヴェスター国、グラト国の三国を討てと命じてきた。ドリクスはその三カ国をリーダー格のシュレーブ国王リダルを討ち果たしたから義務を果たしたという。

 勘の良い王ジソーも考えた。六神司院ロゲルスリンは、神帝スーイン暗殺の影にルージ国のリダルいるという。ただし、事実か否かは疑わしい。六神司院ロゲルスリンが、改めて三カ国を討てと言うなら、奴ら最高神官ロゲルスゲラ神帝スーイン暗殺の顛末を事細かく明らかにした上でと要求すればいい。彼らは事実が露わになるのを恐れて文句は言うまい。ドリクスが言うのは、強気になって六神司院ロゲルスリンの弱みにつけ込めと言うことである。王ジソーはドリクスの意図が気に入った。

「さすがは、我が臣ドリクスよな」

 過去に配下としての任を解いた事も無視して、王ジソーにとってもはやドリクスは忠実な臣下だった。臣下を讃えながらも疑問を口にした。

「しかし、ルージ国はどうだ。あの若造アトラスは父リダルを討たれて我らを恨んで居るのではないか」

「それは大丈夫でしょう。何よりもリダルを討ったのはフローイ国。今の奴はそのフローイ国と手を組んでいるのですぞ。恨みより、聖都シリャード攻略が奴らにとって優先でしょう」

「では、どうする?」

「我らシュレーブに敵意を示さぬなら、奴らを通してやりましょう。勝手に聖都シリャードまで行って蛮族共と戦ばよい」

「では北のヴェスター国、南のグラト国はいかがか?」

「兵を出した名目はルージ国と同じ。聖都シリャードの蛮族討伐。ただし、蛮族の駆逐しか頭にない若造アトラスと違って、ヴェスター国王レイトスもグラト国王トロニスも、混乱につけいって利を得る所存でしょう」

「単純な若造より扱いが面倒と言うことか」

「いいえ。利を求める者ほど単純です。目の前に餌をぶら下げてやればいいのです」

 王ジソーはなるほどと頷き、次の疑問を口にした。

「では、敵に寝返ったフローイ国はどうする?」

「彼らは元々シフグナとは仇敵。フローイ国王ボルススを謀殺したのはシフグナのパロドトスだと気づいているでしょう。シフグナの地をくれてやれば奴らも納得して兵を留めるでしょう。それに、我が国を攻めようにも、ルージ国との戦いで、奴にはろくな兵も残っておりませぬよ」

「しかし、そんな弱った相手にシフグナの地をくれてやるというのは、いかにも惜しいのではないか」

「考えてみて下され。聖都シリャードの蛮族が二千とはいえ、あの頑丈な城壁の中に立て籠もられば攻めるのに難渋し、攻め落とすに一年や二年はかかりましょう。奴らはその間にじりじりと兵を損耗し、国力を失いまする」

 ドリクスの言葉を遮り、王ジソーは結論を言った。

「我が国は兵も国力も温存し、隙を伺ってシフグナなど奪い返せばいい」

「その通りです。陛下、それだけではありませんぞ」

 ドリクスの言葉に王ジソーは分かっていると言わんばかりに頷いて言った。

「国力を失う国々を尻目に、我らシュレーブ国が、アトランティスに覇を唱える唯一の強国になるということだな」


 王ジソーは利を求める者の前に餌をぶら下げてやればいいと語るドリクスに頷いたが、ドリクスから見れば王ジソーも同じである。ただし、この王を釣るには、財宝や領地ではなく「希代の名君」という名誉な称号を餌につけねばならない。

 交渉役をと問われてドリクス自身が志願した。まずは、ルチラナに攻め込んだルージ軍を訪ねてアトラスに会う。彼らが次の攻撃に出る前に機先を制して説得するのである。

「部屋は昔の部屋を与えよう。必要な物はそろえさせよう」

 王ジソーはドリクスの返事を聞くまでもなく、王宮の一角に住まわせると決めてそう告げた。ドリクスは王の言葉に反駁せず一礼して部屋を退出した。


 先ほどドリクスが王に語ったことは、かなり勢いの良い誇張がある。各国の説得などそれほど容易ではないに違いない。しかし、四方から敵に攻め込まれる状況が続けば、シュレーブにどれほどの国力と兵員があろうと、いずれ負ける。その前に現在の状況を崩してシュレーブの覇権の芽を作らねばならない。

 そう考えるところに、ドリクスという人物の面白さがあった。アトランティスの頂点に立ちたいとはこれっぽっちも考えないが、自分の謀略や戦略で誰かを頂点に押し上げて、自らの才能を世に問うてみたいと考える癖がある。

 王の間を辞して庭園に向かう回廊を歩くドリクスは、ふと呟いていた。

「まったく、ルージ国やフローイ国とは、かりそめにせよ手を結んでおけばよいのだ」

 彼はその言葉の通り実行していた。昨年、リマルダの領主の娘フェミナをフローイ国の王子に嫁がせて関係を強化したのは彼の策略である。しかし手を組むべき二カ国との関係は対等であってはならないというのが彼の信念だった。フローイ国が姫リーミルをルージ国に嫁がせて関係を強化しようとしたときに、割り込んで妨害したのもこのドリクスの策略である。

 彼はシュレーブ国の姫エリュティアをアトラスに嫁がせて、フローイ国とルージ国の間に距離を作り出す。同時にシュレーブ国とルージ国を接近させようとした。それによって、シュレーブ国はルージ国とフローイ国の両方の距離感は縮まり、ルージ国とフローイ国の距離が広い、シュレーブに都合の良い二等辺三角形の関係ができあがる。三カ国は対等に見えつつも頂点にシュレーブ国が存在することになる。

 ドリクスは庭園が見える位置でふと足を止めた。一頭の小鹿ミットレがドリクスの心の真意を探るかのようにじっとその視線をドリクスに注いでいたのである。首筋に巻いた青いリボンで、エリュティアが可愛がっているピピスだと分かった。ドリクスが笑顔でその名を呼ぼうとしたときに、ピピスを追って一人の侍女が姿を見せ、ドリクスに気づいて笑顔を浮かべた。ドリクスも知っていた。エリュティアお付きの侍女ユリスラナである。

 ピピスがおり、お付きの侍女が居る。当然と言って良い、ドリクスが数歩足を進めると、古木の影になった庭園のベンチにエリュティアの姿も確認できた。

 この時、ドリクスに気づいたユリスラナがドリクスの行く手を遮るように接近し、首を横に振った。ドリクスはここから見える愁いに満ちたエリュティアの横顔に、侍女の意図を察した。今しばらく王女を一人にしておいてあげてくれと懇願しているのである。ドリクスはユリスラナの心遣いを愛でて微笑みを浮かべた。

 距離を置いて眺めるエリュティアは、胸元から出した小袋を何かを念じるように見つめていた。ドリクスは既に何度かエリュティアに会って、あの袋の中身を知っている。今は敵国の王アトラスから託された真珠である。信じる物がこの真珠のみとでも言わんばかりに、切なく真珠の入った袋を眺める彼女を眺めてドリクスは考えた。

(敵の王に恋心でも?)

 エリュティアが成就せぬ恋に心を痛めているとすれば、それは二人を引き合わせる策略を立て、それを実行したドリクスに責任がある。眉を顰めるドリクスにユリスラナが囁くように言った。

「今の状況に心が乱れておいでなのです。進むべき方向に迷ったとき、ああやって胸にかけた真珠を取り出しておいでです」

 ドリクスは納得した。エリュティアが見回せば王宮の固い壁があり、世の中の雑事で彼女の心を乱すまいとする父や重臣たちが作る心の壁の中にいた。ただ、少女は幾ばくかの社会に触れ、自分の立場と進むべき方向を求めているのだろう。

「お若いが、配慮の行き届いた良い侍女殿ですな」

 ドリクスの褒め言葉に照れ笑いを浮かべたユリスラナが、突然眉を顰めて忌々しげに言った。

「あっ、アイツ」

 その視線の先にエリュティアが居たが、彼女の視線を正しく追えば、エリュティアの傍らへ駆け戻った小鹿ミットレのピピスのことである。せっかくエリュティアをそっとしておこうとしたのに、あの気が利かない小鹿ミットレは、エリュティアの周りを駆け回りながらドリクスの来訪を告げているのである。

 エリュティアはピピスの視線の先を振り返って、笑顔でベンチから立ち上がった。

「あらっ。先生」

 声をかけられるとそのまま立ち去りがたい。ドリクスも笑顔を浮かべて応じた。

「何やら、心配事でもおありかな?」

 エリュティアは戸惑いを見せた。状況に疎く、戦の知識もない。そんな彼女が漠然とした不安を正確に伝えるすべはなかった。彼女はたどたどしい言葉をつづった。

「この戦は長く続くのですか? あの方はいつまで戦い続けるおつもりでしょう」

 エリュティアは名を挙げず、あの方と称したが、ドリクスもユリスナもその名を理解した。言うまでもなく、今のエリュティアが握りしめた小袋の真珠を与えた男のことである。ドリクスはまかせておきなさいと言わんばかりに自分の胸を叩いて言った。

「いいえ。このドリクスがルージ軍の陣屋へと出向き、戦の愚かさを説いて参りましょう」

「あの方が、戦を思いとどまって下さるのですか?」

「ええ。きっと。ルージ国とシュレーブ国の戦も間もなく収まることでしょう」

 素直に笑顔を浮かべたエリュティアにドリクスは満足した。この時、ドリクスの心に嘘はなかった。

 ドリクスは過去に二度ほどアトラスと会っている。若さから来る血気にはやる印象はあったが、父親譲りの濁りのない信念に満ちた目をしていた。無駄な兵力の損耗を防ぎたいアトラスに利を説けば、迷わず講和の道を選ぶだろうと考えていた。

 ただ、同じ日、王宮は思いもかけぬ来客を迎え、ドリクスの策とエリュティアの希望を覆す展開が引き起こされる。

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