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謀臣ドリクスの復帰

 お忍びの外出でこっそり王宮から離れたエリュティアたちが裏門へと行くのを眺め、ドリクスは大臣フェイサスが遣わした従者に導かれて王宮の正面の門へと移動した。正式に王宮の門をくぐるのは半年ぶりである。時間を計ったように門に姿を見せた王ジソーは懐かしい姿に感動の声を上げた。

「おおっ。ドリクスではないか」

 偶然の出会いを喜ぶように言ったが、ドリクスを出仕させるよう重臣フェイサスに働きかけさせたのは王ジソーの差し金だった。

 ドリクスは儀礼通りに胸に手を当てて忠誠を示す挨拶をした。

「我らが王には、久しゅう護符沙汰し、申し訳ありませなんだ」

 そうやって、二人は本音を取り繕うような挨拶を交わした。

 王ジソーは歯に衣を着せず意見を具申するドリクスを、年齢を理由に引退を求めて、王都パトローサ郊外に屋敷を与えていた。ドリクスもそんな王に感謝する様子を見せつつ、郊外の館で隠遁生活を送っていた。その本音が配下の者に聞く耳を持たない王を見限ったと言えるかも知れない。

 しかし、ネルギエの戦いで王ジソー直属のシュレーブ軍が壊滅的な被害を被り、同盟者だったフローイ国まで敵について、周囲から攻められる状況だった。なおかつ国内の領主の兵を集めて敵の侵攻を撃退しなければならないが、その連携がちぐはぐな状況で、王ジソーの命令も二転三転して、領主たちを混乱させてもいる。

 王は自分の欠点を補う者の必要性を痛感し、ドリクスは国難を看過することは出来ないというせっぱ詰まった意識を持っていた。

「お前の手助けなど、もはや無用」

 穏やかな笑顔だったが、半年前に王ジソーがきっぱりとそう言い切った時の状況は、二人ともはっきり記憶に留めていた。

 ドリクスはそんな記憶を振り払い、世間話でもするように口を開いた。

「北西からヴェスター国、南からグラト国、西からはフローイ国に加えてルージ国まで攻め込んでくるという恐ろしげな話も聞きおよびます」

「いやはや。なんと、大げさな。奴らの軍は国境の地で防いでおる」

 王ジソーはそう言ったが、事態は危うい。防いでいるというのは、守りの地形に恵まれたイドポワの門と称する峡谷の出口に厳重な砦を築いてヴェスター軍の侵入を阻んでいる所のみで、南のグラト軍は国境の領地ウィルレスのイドランの町を占領し、ルージ軍は西の国境の領地シフグナの関所を占拠している。グラト軍とルージ軍が攻勢の動きを見せぬというのは、いまは戦準備を整えているということである。


 王ジソーはさりげなく話題を変えるように、本当の用件を切り出した。

「いかがか。もう一度この王宮に住み、儂のそば近くで儂に仕える気はないか?」

 そして、やや考えこむドリクスに、付け加えて言った。

「我が娘エリュティアも、そなたに懐いておる」

 その名に、ドリクスも笑顔を浮かべた。

「王宮でエリュティア様のお姿を拝見しました」

 王宮でというのは半ば嘘である。王宮の外で偶然に出会って、世間話をしつつ王宮まで並んで歩いてきた。ただ、会話から察するに父ジソーに相談せず外出したらしい。娘を溺愛するこの父は、娘が無断で王宮の外を出歩いたと知れば怒りを覚えるだろうし、それを手助けした侍女たちにも怒りが向くだろう。それを避けたのである。

 愛娘の話題は王ジソーの顔をほころばせた。

「おおっ。あれも、ますます美しゅうなったであろう」

「確かに、おおせのとおりです」

 郊外の屋敷に隠遁していたドリクスを、エリュティアは二度ばかり訪問している。無垢な子供だったエリュティアが物思いにふける少女へと変貌している様子が、間隔を開けて眺めるとよく分かる。ただ、日々、愛娘に接している王ジソーにはその変貌の理由が分かりにくいかも知れない。幼く従順な我が子が、大人の女性として自我に目覚めて、やがては父の元からも巣立っていく。そういう意識は今のこの父親にはなかった。

 

 この時、侍従が王の間に急ぎ足でやってきて、ドリクスの存在を気にしつつ、王の耳元で何かを囁いた。王もまた、ドリクスの存在にちらりと目をやって一瞬戸惑いを見せたが、はっきりと命じた。

「ここへ通せ」

 ドリクスは何やら自分に見せたくない事があるのだろうと、王の間を立ち去る挨拶をしようとした。ドリクスの気配を察して王ジソーは短く言った。

「よい。そなたはここに居れ」

 王宮に戻るドリクスに隠し事は出来ないということである。侍従が一人の男を連れて姿を見せた。王に謁見するのに身辺すら改めることのない緊急の用件であるらしい。甲冑は脱ぎ、腰の剣は外していたが、衣類の袖や腰に血と分かるシミが付いていて、血なまぐさい戦場の香りを漂わせていた。

使者は言った

「ルチラナが二千の敵に急襲され、領主ジョナラス様が壮烈な戦死を遂げられました」


 ジョナラスと言えば、シュレーブ国でも歴戦の強者で、忠誠心と軍事的な才能を見込まれて国境に近い領地を任されていた。そのジョナラスが戦死したという。それはそのままルチラナの地が敵の手に落ちると言うことだった。

 敵の攻勢の素早さを見れば、次から次へとフローイ国の町や砦を陥落させたアトラスという人物が思い浮かぶ。

「敵は、敵はあの若造か? 片腕の将は居ったのか」

 王ジソーの言葉の意味を使者も察した。片腕の将といえばルージ国のアトラスのこと。左腕を復讐のニメゲルに捧げて、その代償に悪鬼ストカルに変貌したアトラスは、敵のことごとくを打ち払う邪悪な力を得たという。

 ネルギエで戦死したと思われたアトラスが、一年も経たぬうちにフローイ国を攻め、その町の多くを占領してフローイ国を屈服させたという。その戦功を説明するにはそう考えるのが都合が良い。

 使者は答えた。

「攻め込んできた敵は、ルージ軍の青色旗を掲げていたとか。その旗には狼の牙の紋。王家の旗に間違いございませぬ。そして、左肩に吊した大きな盾で分かりにくうございましたが、ルージ軍の先頭に立つ将には左腕の肘から先がなかったと」

「間違いない。あの若造じゃ。復讐のニメゲルに魂まで売りおったか」

 王ジソーは吐き捨てるようにそう言い、ドリクスに意見を求めた。

「ドリクスよ。いかがか?」

「さすがに、敵も早いですな」

 こちらが動く前に機先を制して動く。攻勢に出るまでまだ間があるだろうと考えていたシュレーブ国にとって、虚を突かれた形だった。ただ、王ジソーが聞きたかったのはそんなことではない。

「ルチラナはもう敵に奪われたと言うことか」

「ジョナラス様も一本気なご気性。攻め込んできたルージの大軍に寡兵で挑まれたのでしょう。もはやルチラナに敵を防ぐ兵は残って居らぬでしょう」

 そう言うドリクスに、使者は黙って悔しげな表情で頷いた。王ジソーは言った。

「では、我らシュレーブ国はどう戦えばよいと尋ねて居るのだ」

 一拍の間をおいてドリクスは意外なことを言った。

「戦わねば良いのです」

「それは、戦わずに降伏すると言うことか?」

「いいえ。そもそもこの戦いは我らの戦いではない。何故、戦う必要がありましょうや」

「どういう事だ?」

 首を傾げる王ジソーに、ドリクスは意味深な笑顔を浮かべて見せた。


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