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パロドトスとパレサネ

 聖都シリャードからルードン河を遡って西へ二日、シュレーブ国の王都パトローサを経て、更に西へ陸路二日の距離に、シフグナの地を治めるパロドトスの館がある。

 その館にパロドトスの罵声が響いていた。

「全く、ジソーの阿呆めが」

 ルウオの砦からジソーが派遣した兵士を引き抜かれ、パロドトスの手兵百と隣のルチラナの兵だけの手薄な状況で、砦を奪われた恨みを吐きだしたのである。

 王を罵るシフグナの領主パロドトスに覇気があり、アトラスに領地の西の砦を奪われても未だ領地を守りきれると考えていた。ただ、ルウオの砦に詰めていた兵を全て失ったのは痛手だった。戦が不利になれば逃げて兵士を温存しても良い。しかし、背後から襲われて退路を断たれ、兵士は逃げる事も出来ず、戦死したり捕虜になって帰ってこなかった。

「しかし、兄上が無事であっただけでも幸いというものです」

 パロドトスの次男クレアドス言葉に、兄のラムドスが吐き捨てるように言った。

「何が無事なものか。フローイの田舎者どもめ。この傷の恨み、必ず果たしてやる」

 ルウオの砦の守りを指揮していたが、彼のみ兵を盾にするように利用して手傷を負いながらも生還していたのである。

 パロドトスはそんな息子を気遣う様子もなく、傍らの席のパレサネの腰に腕を回した。娘を愛する父親の仕草ではなく、娼婦を眺める目と妾を扱う下品な仕草だった。パレサネはその腕をはねつけ、パロドトスと距離を置くように席を立ち上がりながら言った。

「しかし、私たちの手兵は、もはや二百足らず。これでどうして、フローイとルージを押さえるのです?」

 この時だった。椅子から立ち上がりかけていたパレサネの足下がふらついた。パロドトスがテーブルに置いたばかりのカップがテーブルから落ちて、床にワインが飛び散った。股の傷を気にして不安定な姿勢で居たラムドスはひっくり返って床に転がった。クレアドスは壁に両手をついて体を支えていた。

 大地の揺れは間もなく収まった。館の柱が軋むほど揺れるほどの地震は久しぶりである。クレアドスが驚きに恐怖を交えて言った。

「神々のお怒りか」

 息子の言葉に、父のパロドトスは頷いた。

「なるほど。そうだ。そうしよう」

「何をそうするのです?」

「クレアドスよ。兵士どもに町を回らせて、ルージと手を組んだフローイに対する神の怒りだと吹聴させろ。不安に捕らわれている民の間にあっという間に広まり、奴らへの憎しみもますだろうて」

「なるほど。では、早速手配いたしましょう」

 クレアドスの行動は早い。父の意図をくみ取ってニヤリと笑って部屋から姿を消した。ルウオの砦を奪われたばかりか国境の関所も占領されて、多くの民ばかりか兵士たちに動揺と不安ががっていた。その不安を神の名の下で敵への憎しみにすり替えておけと言うのである。

 しかし、パレサネは腹立たしげにパロドトスを睨んで言った。

「しかし、近々奴らが攻め込んで参りましょう。その時の算段はいかがなさるつもりです」

「それは、その時。不利なら逃げればよい」

「このシフグナは我らが先祖代々守ってきた土地。それを捨て去るというのですか」

「そうだ。命あっての物種だからな」

「私は承伏しかねます」

「好きにするがよい」

 パロドトスは穏やかに笑って、再びパレサネの尻に手を伸ばした。パレサネはその手を厳しく振り払って、冷たく言い放った。

「では仰るとおり、好きに致します」

 荒々しい足取りで部屋を出て行く彼女の後ろ姿を見送りながら、長子ラムドスが吐き捨てるように言った。

「大丈夫かい? アレは」

 血の繋がりのないパレサネが、パロドトスへの反逆でも試みる不安があると言うのだろう。しかし、パロドトスは一笑に付した。

「ほおっておけ。所詮は小娘が儂の手の上で踊っているようなもの」

「ではあの女の事は親父殿に任せた。しかし、攻め込んできたルージ軍はどうする」

「あの若造も調子に乗って居る。ここら辺りで戦の厳しさを教えてやらねばなるまいよ」

 あの若造というのは、言うまでもなくルージ軍の先頭に立って戦い続けるアトラスのことである。国境の関所の戦いでも、片腕の指揮官の存在が目撃されていた。アトラスに間違いがあるまい。

 先ほど、不利なら逃げると言ったパロドトスだが、欲深いこの男のこと、領地を簡単に手放す気はない。ルージ軍が関所を占領したとはいえ、シュレーブ国内部へ攻め込むためには、砦に食料などの物資を蓄え、兵を集めねばならない。シフグナにとって戦までの時間の余裕はある。

 そして、パロドトスは敵の兵力を総数三千と見込んでいたが、敵はその三千を自在に使えるわけではない。関所の守りに兵を割き、北のクライオス、南西のルチラナ、南のフェイナ、クサントルの領地の兵の動きに気を遣わねばならない。シフグナが危機に瀕しているとなれば、ジソーがどれほどの阿呆でも増援の兵をよこす。

(まだ、十分に勝機はある)

 パロドトスはそう判断していた。この時、先ほどの余震か、再び地面が揺れた。パロドトスは自分の判断に神々も頷いたように思えた。

「神々もご満足か」

 パロドトスはそう呟いた。

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