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エキュネウスの恋

この物語はアトランティス人の言葉とギリシャ人の言葉が混在しています。アトランティスの言葉の会話は「○○○○○○」で、ギリシャ語の会話は【○○○○○○】で表現しています。今回はギリシャ語の会話がメインです。

 アトランティスの中央の肥沃な大地に位置するシュレーブ国の王都パトローサから東へ二日。聖都シリャード神帝スーインを失った混乱の表面を淡い規律じみた雰囲気で覆っていた。占領軍もその一翼を担っていると言えるかも知れない。

 アテナイ軍は占領軍としてアトランティス諸国の憎しみを買って、最も戦に近い立場にあるように見える。しかし、昨年から始まったアトランティスの国々の争いに巻き込まれることのない安全な立場にいる。

 聖都シリャードの中央を占拠しアトランティス全土に睨みを利かせるアテナイ軍だが、アトランティスの人々の憎しみはまがい物かと感じるほどだった。他国の占領軍にありがちな略奪や暴行はほとんど無かったし、彼らに酒や食料を提供する商人にとって、アテナイ軍は商品を値切ることのない上客だった。

 アテナイ軍司令官エウクロスは、都市の治安維持など様々な理由を付けて軍の駐留経費を六神司院ロゲルスリンに提供させていて、駐留資金に困ることはなく、アトランティスの商人から買い付ける物資を値切る必要はなかった。ギリシャ兵たちは、彼らを蛮族として蔑む視線を別にすれば、彼らにおもねるアトランティス人の卑屈な笑顔に囲まれていた。


 占領軍に戦争の気配はなく、二千人と称するアテナイを主力とするギリシャ所部族の兵士たちは規律を守るために訓練以外にはないという生活を送っていた。

 その訓練の場に、若いエキュネウスはルードン河の河原を選んでいた。ここなら、聖都シリャードの内部とは違って、場所が広い上に荒々しいかけ声で市民の動揺を招くことはないという理由だった。

 河の対岸には南聖都ルチラ・シリャードとも呼ばれる町が広がっているが、その実態は聖都シリャードと大きく違い、城壁も持たない高級娼館が立ち並ぶマグニトラと呼ばれる歓楽街である。エキュネウスはそういうものには興味が無く、時折視線を西のルードン河上流に向けることがある。

【エリュティア様】

 そう呟くエキュネウスの言葉の通り、河の上流にはシュレーブ国の王都パトローサがあり、彼が心に描く女性が居る。数回出会っただけの女性の面影が、切ない思いと共に彼の脳裏に焼き付いて離れない。少年の時に年上の女性に淡い恋心を抱いた経験があり、今の感情と重ね合わせて、エリュティアに対する思いが恋だと気づく戸惑いがあった。

 ギリシャ人とアトランティス人の立場の違い、何よりエリュティアは一国の姫という身分の差。その現実を認識しながらも、エリュティアへの思いを捨てきれずにいたのである。

 眺め回せば、日は西に傾いてルードン河を赤く染めていた。練兵を終えて聖都シリャード内部へ帰る時間だった。行軍のために隊列を整えさせる兵士の間に呟きが聞こえた。

【けっ。ここでは坊主まで女を買いやがる】

 その言葉に頷く兵士たちもいる。まだ周囲は明るいが、船着き場には裕福な身なりの男たちがたむろして対岸に渡る渡し船を待っていた。兵士の視線の先にはフードを目深にかぶり数人の従者を伴った男たちが居た。顔を隠しているが聖職者である。対岸に寺院があるわけではなく、娼婦を買いに行く目的が知れた。ギリシャ兵は彼らの国ではあり得ない光景を罵ったのである。

 南門を警護する僧兵たちを一睨みして聖都シリャードに入ると、この城壁の外周付近は中央部と明らかに雰囲気が違い、雑多な中に不安や混乱や悲しみが漂っていた。人々の身なりは、先ほどの船着き場で見かけた人々より明らかにみすぼらしい。薄汚れた格好の子供たちが表情にだけは笑顔を浮かべて、慌ただしく駆け回っていた。

 この辺りは聖都シリャードに流れ込んできた人々が住む貧民街だった。中央の壮麗な町並みを見慣れているギリシャ兵たちには、みすぼらしさが際だって見える。一人の兵士が腰につけた袋から昼食の残りのパンを取り出して投げてやると、腹を空かせた子供たちがそれに群がった。

 一隊を率いるエキュネウスにはそんな行為を黙って見守るしかなかった。これらは全てアトランティスの内政問題で、彼らギリシャ人が手を出せる問題ではない。聖都シリャードは見かけの壮麗さの中に、救いようのない貧しい景色を抱えていた。



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