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エリュテイアの居る場所

王ジソーの視点で現在の状況を整理します

挿絵(By みてみん)



 シュレーブ国王ジソーはこの日の朝から、庭の花が気に入らぬと言う理由で園丁を鞭打たせ、長年王宮勤めした老女を些細な失態を理由に解雇して里に戻した。思いのままにならぬ世情に王ジソーは一人苛立ちを深めて、仕える者たちはそんな王に怯えていた。

 ジソーは乱れる心を抑えようと、宮殿の王の広間の壁掛けに刺繍された地図を眺めた。王ジソーが統治するシュレーブ国がアトランティスの中央に君臨する。その位置と大きさだけでもアトランティスに君臨するに十分と考えていた。

 その王都パトローサの東数日の距離に、聖都シリャードがあり、真理の女神ルミリアの下でアトランティス九カ国を纏め上げている。そのシュレーブ国をぐるりと取り囲む各国の中で東に唯一の島国がある。

 大陸の東に海を挟んである島がルージ国で、シュレーブ国とジソーに敵意をむき出しにしている。

 アトランティス大陸でルージ国の西の対岸にあるのがヴェスター国。小奴らはルージ国との姻戚関係もあり、ルージ国と共にシュレーブ国に敵意をむき出しにしている。

 その西で、シュレーブ国から見れば真北にレネン国がある。ここは昨年、政変があり、第一王子デルタスが摂政として、病弱な王を補佐して国を治めている。デルタスは小姓として可愛がってやっていた男だから、シュレーブ国の命令には従うだろう。

 その西で、シュレーブ国北西部に位置するのがフローイ国。同盟国だったが、この間抜けどもはルージ国に占領されたあげく敵に寝返った。シュレーブ国の西のシフグナの領主パロドトスが砦を占領してフローイ国の出陣を押さえている。

 フローイ国の南に位置し、シュレーブ国の南西部にゲルト国がある。王は小心で欲深、フローイ国とは根深い対立がある。密偵を送って対立を煽ってやれば、フローイ国を牽制するのに使えるだろう。

 シュレーブ国の南に位置すゲルト国。王は短気で単純。とち狂って聖都シリャードを攻撃しようとしたのを防いだのを逆恨みしている

 南東部にあるのがラルト国。この王ハッシュラスはのらりくらりと本心を見せぬ。他の国々が争い疲れるのを笑って眺めている男だ。

 こうやって周囲を眺めれば、シュレーブ国は陸路、北、西、南から敵に攻められる体制にある。ルージ国海軍が海を越えて来れば東の沿岸部も侵される。


「ええいっ、六神司院ロゲルスリン最高神官ロゲルスゲラどもは何をして居るのかっ」

 元はといえば最高神官ロゲルスゲラたちの求めに応じて起こした戦である。

 ジソーは大臣フェイサスを呼びつけて命じた。

聖都シリャードに使者を出せ」

「何の使者を?」

「知れたこと。最高神官ロゲルスゲラどもに、アルム国やラルト国の参戦を督促させねば」

 先に戦を始めたルージ国、ヴェスター国、ゲルト国は三カ国とはいえ、未だシュレーブ国はそれを上回る兵力を有していて、戦に負ける要素はない。ただ、有利に戦い抜くために、今は中立という立場で日和見をしている国々へ、六神司院ロゲルスリンからシュレーブ国の同盟国として参戦を促すというのである。

 フェイサスは困り果てた表情で遠慮がちに言った。

「その使者なら既に出しております。使者の帰りを待たれてはいかが」

「そんなもの待っておれるか。もう一度遣わせ、何度でも遣わせ」

 この王が興奮して命じるときには、その決意を翻すことは出来ない。それをよく知っているフェイサスは一礼して王の間から姿を消した。

 

「アルネアよ。我が妻よ。儂は臣下に恵まれぬ」

 この孤独な王は、今は亡き王妃の面影を偲んでそう呟いた。疑心暗鬼に晒されながら生きてきた人生の中で、唯一信頼を寄せてくれたと考えている女性である。そして、王の間に姿を見せたエリュティアに、亡き王妃へのイメージを重ねた。

 エリュティアは戸惑いつつ笑顔を浮かべて、朝の挨拶の声をかけた。

「我らが王よ。本日もつつがなく」

 お父さま、父上、我らが王。最近のエリュティアは、ジソーとの関係を選び、呼び名を変える。人々に愛され育まれるだけだった少女が成長し、自分の立ち位置を模索する姿かも知れない。ただ、エリュティアは王ジソーにとって王妃アルネアに代わって自分を癒す存在で、世のしがらみから切り離された存在でなくてはならない。

「おおっ、エリュティア。わが愛娘よ。お父さまと呼んでおくれ」

 王ジソーが笑顔を浮かべた直後、従者が駆け込んできて告げた。緊急の知らせをもった使者が来たという。 王ジソーは不機嫌を隠そうともせず命じた。

「通せ」

 王の間に通された使者は、ちらりとエリュティアを仰ぎ見た。王に率先して伝えるべき情報が、この場ではエリュティアも聞いてしまうと言うことである。ただ、父と娘の心を癒す時間に介入された王ジソーは不機嫌で、使者の配慮には気づいていない。

「早く話せ。何があったというのだ?」

 せかす王に使者は言葉を選ぶよう慎重に語った。

「シフグナの地、パロドトス様の使者オルカスと申します。お見知りおき」

「ええい。伝えるべき事があろう。それを早く言え」

「シフグナの関所がルージ軍に襲われ、占領されましてございます」

「シフグナの関所だと? ルウオの砦はどうしたのだ。あの守備隊は何をして居る」

 王ジソーの疑問ももっともだった。シフグナの地の向こう、フローイ国との国境の西のルウオの砦に兵を置いて、ルージ軍を牽制しているつもりで居た。王ジソーの感覚では、シフグナの地が侵されるはずがないのである。

 アトラスの攻撃があまりに鮮やかだったため、シュレーブ国王ジソーが、ルウオの砦の陥落を知ったのは、アトラスがシフグナの関所を占領した後になったということである。それはルージ軍がシュレーブ国へと攻め込むための入り口が大きく開いたということでもあった。


 ジソーはその責任がルウオの砦から主力の兵を引き抜き、防御をおろそかにした自分にあるとは考えていない。

 事の発端は昨年のこと、南からシュレーブ国に攻め上ってきたグラト軍が、山岳地帯の一本道を抜け、その出口に位置するウィルレスの地のイドランの町を攻めた。僅かな手兵で必死に防御する現地の領主がジソーに救援を求めたとき、ジソーはイドランの戦略的価値を軽視した上に、自らの兵を惜しんで増援を送らなかった。町は陥落し、この冬の間、グラトの占領下にある。

 守備隊五百を残して主力を引き上げさせていたグラト国は、春を前に再び兵を増強し、イドランの兵は千五百に近く、物資も蓄え次の獲物を狙う様相を見せていた。

 この時になってようやく、王ジソーは口に出せない自分の失策に気づいた。もし、ウィルレスの領主の求めに応じて援軍を出し、イトデランの町を守り切っていれば、王ジソーは町に千人ばかりの守備兵を置くだけで、グラト軍が侵入する隘路の出口を塞ぐことができただろう。

 今は、グラト軍はその町の軍勢を増強し、春からの戦のための物資を蓄えて、王ジソーを脅かしている。王ジソーは戦ってその町を奪回する兵力も集められなかった。かといって座視することもできない。守りを固めねばならないが、グラト国がその兵を向けるのは北か、東か、西か。シュレーブ国にはその判断がつかず、イドランから街道が伸びる五つの町に、ここは四百、別の町には五百と守備隊を配備して、グラト軍に備えるシュレーブ軍守備隊の総兵力は二千二百を超える兵力が必要になった。

 そのための兵力を、西のルウオの砦から五十、百と少しづつ兵を抽出してグラト軍への備えとして移動させていたのである。

 豊富な兵を有しながら、シュレーブ国は局地的に兵力不足という滑稽な状況に陥っているのであた。しかし、それは西の備えをおろそかにするということだった。

 そして、兵力を引き抜かれて弱体化したルウオの砦が落ち、シフグナの関所まで占領されたというのは、王ジソー自分の失策を突きつけられるようで受け入れがたいことだった。

「まさか、あり得ぬ」

 叫ぶようにそう言った王ジソーに、使者は念を押した。

「しかし、関所にルージ国の王旗が掲げられているのは事実でございます」

 王旗を掲げるとすれば、ルージ国の王子だったアトラスだが、王ジソーは彼の生存を噂で聞き知ってはいても、まだ事実を確認していない。攻撃されるはずのない関所が、生きているはずのない敵に占領されたなど、王ジソーの苛立ちと混乱を深めるだけだった。彼は怒鳴った。

「嘘を申すな。ルウオの砦に兵を留めている以上、奴らが我が国に姿を現すことはあり得ぬ」

 そう怒鳴った王ジソーは、状況を取り繕う結論に行き着いた。

「さては、お前はルージ国の密偵か。我が国、この儂を惑わせようと送り込まれたか」

 このままでは、密偵の疑いがかけられ酷い処罰が待っている。それを予感した使者は必死で抗弁を試みた。

「まさか、私は紛れもなくパロドトス様の使者にて、オルカスと申します。」

「ええいっ、言うな。誰か、誰か、この密偵を捉え、首を刎ねよ」

 物騒な命令に、従者や衛兵ばかりではなく、大臣フェイサスまで駆けつけた。混乱する中に、エリュティアの声が響いた。

「お父さま。お止め下さい。この者は確かに、パロドトス殿の使者」

 エリュティアはそこで口ごもるように口を閉じた。しかし、広間は静まりかえり、何より王ジソー自身が冷や水を浴びせかけられたように冷静さを取り戻していた。エリュティアは使者に視線をやり、短く言った。

「大儀でした。もう、お下がりなさいな」

 命じるという口調ではなかったが、使者は素直に従って、一礼して退出した。エリュティアは王ジソーに向き直って頭を下げた。

「申し訳ございませぬ。出過ぎた真似を致しました」

「おおっ、エリュティア、我が娘よ。よぉ、言うてくれた。儂は大きな過ちをしでかすところであった」

 王ジソーは素直にそう言った。周囲の者どもが王に対して密かに注ぐ混乱と蔑視の視線を拭うにはそれが一番良かった。ただ、フェイサスを始め周囲の者たちは王に対する蔑視ではなく、王を諫めたエリュティアへ尊敬の眼差しを向けていた。

 エリュティア自身はそんな視線に気づきもせず、胸に手を当てて使者の言葉を心の中で反芻していた。関所にルージ王家の旗が翻っていると。

(あの方が、本当に生きていて、あの地におられるのですね)

 エリュティアはそんな心を口に出して呟いた事を自覚していない。ただ、胸の小さな袋に入れた真珠に、安堵を感じただけである。身につけ続けた真珠は、表面のきらびやかな輝きが溶けて薄れ、その中の真心を露わにするように、無垢な暖かみのある色を見せているだろう。

 エリュティアは視線を緩やかに東へ向けた。王都パトローサからルードン河を下れば、聖都シリャードがある。彼女はそこにアトラスと始めて出会ったときの記憶をたどったのかもしれない。

「あの方ならば」

 エリュティアは小さくそうつぶやいていた。

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