猫かぶり姫
ブログにてリクエスト企画だったもの。
俺ガイル系ラノベを目指しました。
俺には一人、幼稚園の時一緒だった幼馴染のような者が一人いる。
ヤツの名は杉田摂子。
容姿はそれほど垢抜けてるわけじゃねぇのに、その話術とコミュ力によって人気者の座をほしいままにしている、まあ俺とは正反対のヤツだ。
俺はと言えば、実は友達ってヤツが一握りもいねぇ。
大抵がケンカ友達か、いつのまにかつるんでだべってるヤツ。
名前も知らねぇようなヤツの顔見知り程度なら腐るほどいるが、心の内を打ち明けるとかそういったお涙頂戴系のダチに覚えはなかった。
そこを行くと、多分幼馴染の杉田摂子はと言うと、
「杉田さん、今日俺んちにハロウィンパーティー来ない?サッカー部のやつらみんな来るからさ」
「ばーか、杉田さんはバレー部のパーティーに来るんだよ。ね、約束したよね?」
「はあ?男子ども何言ってんの?摂子はうちら女子会ハロウィンに来るって一か月前から決まってんの、バカじゃない?」
「ね、摂子?」
「うん、でも、呼ばれたんなら少しだけでも顔出そうかな。ちょっとだけ」
「はー、杉田さんさすが、女神さまはここにいた!」
「あんたらね、摂子を疲れさせないでよね、ただでさえ委員会掛け持ちとかしてんのに」
「大丈夫?杉田さん」
「うん、無理しない程度に顔出すから、みんな気にしないでね」
にっこり天使の笑顔かっていうくらい邪気のない眩しさで杉田摂子が笑うと、周りはまるで神にでもあったかのように拝みだした。
新手の宗教みてーで俺はぶるっと背中を震わせた。
(ぜってーあのシンパには入んねぇ)
で、その杉田摂子ってのがどうした、っていう最初の話に戻るが、なんか知らんが最近、俺はこいつに付きまとわれ出した。
ことの発端は、あ~……多分、……いや絶対アレなんだろうな。
*
俺と杉田摂子は、俺と杉田の双方の両親の引っ越しのせいで幼稚園までしか実は面識がなかった。
だがその幼稚園の3年間で十分に印象付けられるくらい、杉田摂子ってヤツは横暴で、今の虫も殺さなそうな雰囲気からは180度違っていた。
「ヒサちゃん、そのカブトムシ私先に手つけたんだから私んだよ」
「えー、掴んだのは俺だし……」
「いいから!私カブトムシ誰よりもいっぱい捕まえるって決めたんだから!」
てな具合に人のモンをとっかばすわ、何が何でも自分優先じゃないと気が済まないわで手が付けられなかった。
俺も何度アイツにぶたれたことだろう。
手のひらの数では多分足りない。
あだ名をつけるとしたらデストロイヤー摂子とでも命名したかったが、ヤツの容姿が割と整っているせいでただのワガママなヤツってだけで片づけられてた、俺の中で。
そんで、卒園を気にお互い引っ越して疎遠になって、すっかりその辺のワルと顔見知りになった俺が高校で見つけたのは、あの頃とは、外見以外すっかり変わってしまった杉田摂子と言う名のナニカだった。
「もしかして、海藤久成君?ひさしぶり、ずいぶん雰囲気変わったね」
「それ、こっちのセリフ……」
呆然とした俺が見た杉田は、桜吹雪の中、新入生代表の言葉を登壇して発表し、その足で俺の所へ駆け寄ってきたのだった。
正直、覚えられてるとは思わなかったし、こっちもほぼ忘れていた。
誰だ、って叫び出したくなるような優等生のアルカイックスマイルを前にして、俺は引きつった笑みのようなものを浮かべた。
*
まあ、ここまではよくあるラノベ展開だ。
疎遠になってた幼馴染がいい感じに好みな女になり、高校で再会する。
男だったら一回は夢に見る展開だろう。
だが、こっからがまず予想外だった。
高校に入って隣に新築の家が建った。
なんとそれは、杉田摂子の家だった。
しかも、俺は杉田摂子のプライベートを嫌でも目にする目と鼻の先の出窓の部屋に位置していて、いわゆる朝起こしてくれる寝起きドッキリなどを期待できそうな距離のお隣さんになっちまった。
そして、俺がたまたま杉田摂子がカーテン全開にしていた窓から見てしまったもの、それは……。
本。
本、本、本。
大量の本だ。
俺も本屋には実はけっこう暇つぶしに(主に週刊漫画を見に)行く身だから、これがなんていうジャンルの本か、分かってしまった。
いわゆるこれは。
「BL」
頭に浮かんだ言葉が、涼やかで甘い声によって再生されたので、俺は自販機で買った紙パックのストローをぽろっと落としてしまった。
「はあ!?」
ハロウィンパーティーなんぞというものに到底誘われるはずもねぇボッチな俺は、昼間の喧騒から抜け出して屋上で微睡んでいた。その一時の至福を誰が邪魔しやがる、と声が聞こえてきた屋上入り口には、今しがた頭に浮かばせていた当の本人が、何やら珍しくおっかねぇ顔してこっちを見ていた。
杉田摂子。
心なしか顔が強張ってるように見える。
「海藤君、トリックオアトリート、しよ?」
近頃ちょろちょろ付きまとって来てた極め付けがこれか。
一体何がしたいんだこの女。
俺は壁際に寄っかかって座ってるので、杉田摂子のはためくジャンパースカートの制服が妙に艶めかしく映る。あとちょっとで下着に辿り着くってところで片手でスカートを抑えながら杉田摂子は近づいてきた。
「てめーはどこぞの野郎どもとパリピすんだろ。俺を巻き込むな。つか失せろ」
「海藤君って、どうしてそう捻くれてるの?本当は海藤君と仲良くしたいって子、いっぱいいるんだよ」
「んでそん中にお前も含まれてるってのかよ。オコトワリだね、俺は1人が好きなもんで。あと猫かぶりまくってるバケモノなんかと寸分も仲良くしたいと思わねーからな」
「……」
最後の一言がよっぽどきいたのか、杉田摂子は顔を俯けて不自然に身じろぎした。
泣かせるつもりは少しもなかったが、いい加減なんの興味を抱いて俺なんかに付きまとい始めたのか、原因を知りたいと思ったのは確かだった。
「お前あれだろ?俺にお前の部屋のことみんなに言われたくないんだろ、だから学校でもコンビニでも本屋でも帰りの道でも不自然に俺の前に現れるんだろ。ウゼーんだよ、いい加減。おめーの妙な趣味のことなんざ一言もしゃべんねーし、そもそもてめぇの話題なんぞ一ミリも出てこねぇから安心しろよ。世界違う人間だっての、分かった?」
トリックもトリートもごめんだ、と言って屋上を去ったら、後ろから呻き声みたいのが聞こえてきて、俺は速足で階段を駆け下りた。
*
「ふぅー」
部屋に入ってきた俺は、むしゃくしゃした気分を紛らわせるためのケンカも吹っ掛けに行かず、まっすぐ帰って来た自分に驚いていた。
街中はハロウィン一色。
ケンカ仲間の姿もそれほど見当たらず、もしやヤツらですらパリピでリア充してんじゃねぇだろうなと暗い考えが湧き出てくる。
有り得ねぇ。
ハロウィンだろうがクリスマスだろうがバレンタインだろうが、少しも羨ましいなんざ思ったことはねぇし、なんならダチが居ないだけ誘われるのを断るっつうわずらわしさがなくてせいせいしていたはずだ。
それなのに、この暗い部屋の、特に特色もねー面白味もねー私室の虚しさっつったら……
「あいつのせいだ……」
人のせいにして、俺は泣きそうに俯いていた杉田摂子との、久しぶりの会話を思い出していた。
『海藤君って、どうしてそう捻くれてるの?本当は海藤君と仲良くしたいって子、いっぱいいるんだよ』
『んでそん中にお前も含まれてるってのかよ。オコトワリだね、俺は1人が好きなもんで。あと猫かぶりまくってるバケモノなんかと寸分も仲良くしたいと思わねーからな』
『……』
分かってた、「仲良くしたいコ」の中に俺が含まれてないなんてことは。
あいつはただ、俺が見つけたあいつの秘密をバラされたくないがために、雨の日だろうが風の日だろうが思いもよらないところにまでついてきていた。
それを、心地いい、むしろ優越感すら抱いていた俺の気持なんか、あいつに分かるはずない。
ダチもろくにいねぇ、教室どころか学校中のお荷物扱いされてる俺を、誰からも、嫌われ者からも好かれてるあいつが、分かるハズねぇんだ。
「気軽に話しかけやがって……」
たぶんここ1カ月は会話の内容を繰り返し頭に浮かべるだろうな、と虚しい考えに至った時だった。
青いカーテンで仕切られてる出窓に、コン、と何かが当たる音がした。
「?」
鳥か何かがぶつかったのかと思ってカーテンを開けたら、同じく出窓のお隣の赤いカーテンが空いていて、杉田摂子が魔女の恰好をして「トリックオアトリート」とのたまった。
「お前、頭だいじょうぶ?」
相変わらず彼女の背景に並ぶBL本の迫力が凄かったが、それより俺が注目しなければならなかったのは、その可愛いという形容詞が許されるであろう魔女っ子ルックだ。
紫色を基調とした、腰の部分に編み込みの黒いリボン、肩にはフリルつきのマント、スカートはフリルでボリュームつけてるミニタイプで薄紫、極めつけのしましま絶対領域ニーハイソックス。
正直に思わずにはいられない。
(可愛い。いや、可愛い)
大事なことなので(ry。
「ごめん、海藤くん、ちょっとお邪魔するね」
「え、うわ、おま、ちょ、うわああああああああ」
出窓から出窓の距離は50cm以上はある。
そこを、杉田がひょいっとサッシに手をかけて飛び越え、こっちの部屋へ転がり込んできた。
俺は自然、それを受け止めることとなり、抱きしめる形になった。
実は女なんてものを抱いたこともキスしたこともなかった俺の頭の中ではそのとき、読んでいるエロ本の内容がピンク色にぶわっと花開いていた。
「猫。かぶってても……」
「はあ?」
「本当はバケモノでも……」
「なんだよ」
胸の中で、魔女っ娘杉田はぶつぶつと言っている。
俺は顔を真っ赤にさせながらそれを聞いているものの、半分はどっかにいってる。
つーか、足、これか、これが絶対領域ってヤツなのか!?
とニーハイの破壊力に悶々としていたら…………
「BL好きなんだもん、しょうがないでしょ!?はあ、なに!?昨今BL好きってだけでそれを隠してるだけでバケモノ扱いする方がモラハラで訴えられるからね!?てか、趣味嗜好なんて人様に迷惑かけない限りどうだっていいでしょ!いつ私があんたに迷惑かけた?……ってそりゃバラされるの怖くてつけたのはまずかったかもだけど、でも、いつも遠くからだったじゃん!見守ってたじゃん!それもダメなわけ!?ていうかトリート内容分かってるよね、よろしく!あとは何したっていいから!」
全力で皮を剥がしてきやがった。
「お前、それ……人を下敷きにして言うことかよ」
呆れて腕をつかんで押し返したら、思いのほか震えている体に気づいた。
「あの……ほんと、バラさずにいてくれたら……何しても……いい、から」
よほど普段の猫かぶり具合が深刻らしい。
つーか色々俺たちの見解が食い違っていることに気づいて、まずはそれを正すため正座して滔々と告げた。
「あのな……。まず一つ。俺はお前のそのBL?だかなんだかをバラすつもりはねぇ。ただ一人でいたいだけだ」
「え」
「そこんとこオッケー?」
こくんと頷いた杉田摂子は、俺と同じく正座して向き直った。
「で、二つめ。別にあんたの趣味をバカにするつもりなかったからさっきは言い過ぎた。あの……屋上んことな、悪かった。謝る」
素直に頭を垂れたら、「そんな、こっちこそ変なこと言って……」と話の骨を折って来たので俺は無理やりそれを遮って三つめを言い放った。
「3つ!だがしかし、俺は今トリックしてえ」
「は?」
「そっちから提案してきたんだからな、トリックオアトリート。交換条件はあんたのお初」
これでどうだ、と厄介払いしようと提案したそれを、まさかまさかに杉田摂子は。
「!!!!!!」
頬を真っ赤にしてめちゃくちゃ本気にしていた。
「あ……」と俺も冗談だとは今更言い出しづらく、二人して正座で向き合っていると。
「ふっ……」
「くっ……」
なんつーかどちらからともなく笑いが込み上げてきた。
しかも相手は魔女の恰好だ。
俺たちは一しきり笑い合った。
*
「てことで」
「何がてことで、だ!」
朝一番に腹の上に載っているものに向かって俺は叫んだ。
杉田摂子は、どうやらおれの言い出した条件をうのみにしているらしく、ことあるごとに「お初」を捧げようとしてくる。
正直朝一番に女に部屋に来られるのはつらいものがある男としては、まあ夢のようなシチュエーションでも現実にはお控え願いたいものだ。
「私のお初『夢シチュ』な朝の起こし方、もらってね?」
真っ赤な顔で言うもんだから、
「お前は漫画の読み過ぎだ……」
と言うに留めておいた。
(可愛い、ヤバイヤバイ可愛いヤバイ)
心の乱れを必死に抑えながら猫かぶりの魔女ならぬ姫を出窓の外へそっと帰して、トイレへ直行した。
こんな日があとどれくらい続くか分からんが、あいつが俺の本当に望む「お初」に気づくまでは多分止みそうにない。
そうなった日のことを頭に浮かべ、また前かがみになった俺は「ギャップ萌に目覚めたかな」と、意外とエロい幼馴染の猫かぶりスマイルを思い出す。
打って変わって部屋の中では積極的な女。
(やべぇな)
これはラノベでなくエロ本だな、と、にやつく顔を必死に渋面にする。
菓子をあげたってのにやべぇ悪戯の続くハロウィン。
俺は初めてパリピリア充に同意する気持ちを抱きながら、杉田摂子と共に学校へ向かった。
猫かぶり姫・了
はてさてメインディッシュのお初はいつもらえるやら?
神のみぞ知る世界ですな。




