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アレクセイの死

「それは【我ら】とアレクセイだけの空間だったはずだ」


 氷のごとく冷たい声は強い圧力と独占欲を感じさせる。アレクセイにとって心の支えである夢は、ワンには絶対侵されたくない空間なのだ。例え肉親でも赦し難いのか、ワンの目は鋭くなるばかりだ。

 父王は竜の目に睨まれ顔を青くしていた。本人も逆鱗に触れたと悟ったらしい。


「黄金の竜よ。どうして私を選ばなかった。どうしてあんな出来損ないを選んだ。私は王だ、選ばれるべき人間だ」

「単純だよ。与えることを知らない人間に何故与える必要が?」


 遠慮も慈悲もない答えに父王の喉が大きく鳴る。


「お前はいつも奪うばかりだ。己の身が崩れていることを知りながら王位にしがみついた。選ばれし子であるアレクセイを傀儡にして手放そうとしなかった。竜のお告げを受け取る御子の自由を奪い欲望をぶつけた」

「……」


 父は言葉を失い項垂れた。彼は断片から竜の存在を確信し、同時に自分が選ばれなかったことに絶望したのだ。

 先祖の力に目覚めず、竜の目にも止まらない。どちらも与えられたアレクセイが心から憎かったのかもしれない。

 穢れた血のくせに、道具のくせにと見下し続け、利用し続けることで安心を得ていたのだろう。

 知れば知るほど父が国のためにと語る言葉が嘘なのだと実感し、深い失望が広がった。悲しみのあまりアレクセイにはかける言葉が見つからなかった。


「父上。あなたは王に相応しくない」


 最後にライアンが歩み寄り、うずくまる父王の前に立った。


「ライアン。お前も私の想いを理解しない愚か者だった。末息子に継がせるつもりだった」

「期待に応えられず申し訳ありません、ですが……弟とリシャを傷つけてきたあなたをもう父と思わない」


 見下ろすライアンの目には、情を切り捨てようと己を律する力強い光がある。


「私は、新たなフォルティオンの王になります。どうか退いてください」


 父王はライアンを見上げ、次にリシャを見た。リシャは顔を背け、目すら合わせない。

 緩慢な動きでワンを見ようとするも、ワンはすでにアレクセイの側にいて、関心のない表情を向けている。大臣は怯えて扉の近くで立ち尽くしているだけだ。


「ハハッ……」


 父王の口から乾いた笑い声が響く。


「もういい。出来損ない共をまとめて始末しろ」


 突如アレクセイは殺気を感じて父王の前にいるライアンに駆け寄った。直後に近くの窓から突入した黒い影がライアンに襲い掛かる。


「兄上!」


 過去のアレクセイと同じ影渡りに所属する暗殺者。前回の輪転でリシャを監視していて、アレクセイが気配を感じ取ることができなかった相手がいた。それがこの人物なのだ。

 ライアンが剣を抜く前に相手の刃が届いてしまう。


「アレクセイ、待って!」


 ワンの静止を聞かずにアレクセイはライアンの腕に手を伸ばした。

 掴んで勢いのまま引き、代わりに自分の体が前へと出る。

 ワンが黄金の光を発したのと同時に刃がアレクセイの腹部に突き刺さった。激しい熱が身体中を駆け巡り、息が詰まる。


「っ!」


 刺客は光を受けて卒倒する。目を開いたまま痙攣し、口から泡を吹いていた。

 だがナイフはアレクセイの体内まで達し、抜ける様子はない。


「流石に……無理か」


 腹部に刺さるナイフによって血が大量にあふれ出る。アレクセイは傷を押さえながら、その場で膝をついた。


「アレクセイ!」

「アレクセイ様!」


 ライアンとリシャの悲痛な声が響く。床に倒れていたライアンはすぐに身を起こしアレクセイに駆け寄った。


「アレクセイ、しっかりしろ! アレクセイ!」

「兄上、ご無事……ですか」

「自分の心配をしろ馬鹿者!」


 兄に体を支えられるが、心臓を突かれた体は呼吸をするたびに血を流していく。当然助かるわけがない。


「アレクセイ」


 ワンは父王が落とした剣を拾い、アレクセイの前で同じように膝をついた。その剣をアレクセイの力が入らない利き手に握らせようとする。


「アレクセイ、まだやり直せる。君が死ぬ前に俺を殺せば戻れる」

「ワン……」


 確かに今回は上手くいった。次はもっと上手くできるだろう。


「でも……もう十分だ」


 アレクセイが出した答えに、ワンは大きく目を見開いた。


「ワン。俺はもう十分だよ。……ラザール殿や、エルヴィス殿下に……挨拶できず、申し訳ないと思うが……」


 アレクセイは最後の力で腹部に刺さったナイフを引き抜いた。血が先ほどより勢いをつけて体外へと漏れ出していく。


「俺は今まで、大勢の命を奪ってきた。だからこれで……もう、十分。十分だ」


 そのままワンの腕の中に倒れこんだ。ワンは血で汚れるのも構わずアレクセイを抱きとめる。

 温かい。ワンの体は生きている。例え魂を他者に依存する必要があっても、ワンは確かに生きていて心がある生き物なのだ。自分をずっと愛してくれる優しい人なのだ。

 ドクン、と刺された心臓が大きく動くのを感じた。蓋をしていた記憶がよみがえり、その記憶の端に大切な思い出が映った。

 ワンと初めて出会ったのは夢の中だった。初めて見たワンは黄金色ではなかった。


「……そうだ。七歳を迎える年、俺は流行病で死の淵を彷徨ったんだ。その時に……お前に出会って、名前を」


 アレクセイの言葉にワンの目は見たことがないほど輝きを帯びた。金色ではなく、光そのものだ。


「……思い出したの?」

「ああ。見つけたのは……選んだのは、俺の方だったんだな」


 ワンがアレクセイを選んだのではない。アレクセイがあの色のない世界でワンを見つけて選んだのだ。

 自分はずっとつまらない操り人形だと思っていた。でもアレクセイは自分の意思で運命の人を決めていた。どうして忘れていたのだろう。


「あの時の、約束を。果たそう」


 アレクセイは手を伸ばしワンの頬に触れた。


「俺の全てをお前にあげる。魂も、心も」

「……いいの?」

「ああ」


 ワンは涙を浮かべてアレクセイに口付けをした。アレクセイはそれを受け入れ目を閉じる。柔らかくて甘美な感触。口内に溜まっていた血の味がワンに与えられる愛で上書きされていく。

 ワンとアレクセイの体が黄金に光り、そのまま視界が覆われていった。


「……」


 見慣れた青空が広がっている。これは夢の中だ。


【決めたのね】


 声の方へ振り返ると、そこには大層立派な竜がいた。時を重ねているのかワンよりさらに大きく、貫録を感じさせる。アレクセイは見惚れて緩やかに息を吐いた。


【人は人が住む大陸の外に竜が住んでると思っていた】

「ああ。だからラザール殿も大陸の外に船で出た。そしてワンを拾った」


 でも竜の世界は異なる時空にあるはずだ。そこに竜の園はない。


「人が住む大陸の外は何だ」

【かつて人間が住んでいたところ。今は住めなくなったところ。水も、土も、空気も。全てが汚染されている】


 竜の声はどこか悲しそうだ。


「俺の祖先が穢したのか」

【人はみな業を背負っている】

「ならどうして竜は人間に祝福を授ける」

【人が死んだ時、残せるのは祈りだけ。祈りは生者が気づくことで願いに変わる。願いは祝福となる】


 その声にアレクセイは今まで出会ってきた人たちの顔が脳裏に浮かんだ。

 優しい兄、竜へと導いてくれたリシャとラザール。敵対しつつも和解できたエルヴィス。同じ祖先を持つ誇り高い騎士リカルド。

 誰もがみな人の未来のために願い、戦い続けた。


「じゃあ、竜は……」

【人の祈りから生まれたもの。そして未来への希望を繋ぐもの】


 竜は真っすぐアレクセイを見つめる。慈愛に満ちた視線が心地いい。

 そうか、竜は心なのだ。誰かを想い愛する心。その積み重ねが竜を生み出すのだ。そこでアレクセイは疑問が浮かび上がった。


「ワンは誰の祈りだったんだ」

【あなたの母が、たった1人の我が子に。幸せを】


 頭が鋭い物で貫かれたように痺れた。息が止まり、胸が大きく揺れる。

 粗末な馬車に乗り込む母の小さな背中。

 一度だけアレクセイがいる方向へ振り返った母。最後まで直接会うことなく、言葉を交わせず、死んでしまった人。


「母、上……」


 ワンがアレクセイに与えてくれた愛情、慈しみ、赦し。その1つ1つには確かに我が子を愛して包み込む温かさがあった。ワンは例え自分が殺されようとアレクセイを信じ、笑みを崩さなかった。

 母の祈りがワンを誕生させた。アレクセイを救ってくれた。


(最初から愛されていたんだ。俺は忌み子などではなかった)


 竜が微笑んだ気がした。瞬間、突風が視界を遮り、落ち着いた頃には目の前の竜は一人の女性になっていた。アレクセイは驚きながらも口を開く。


「貴方は人間だったのか」


 黒い髪に深い灰色の目。彼女がリシャの祖先で、竜聖教創始者の姉なのだろう。


「そう、私もかつては人間だった。私は愛する彼女と魂を分け合った」

「ずっと夢で俺に語りかけていたのは、同胞だったからか」

「そうよ。私は人が大好きだもの」


 長い髪を風になびかせる彼女はアレクセイに向かって手を差し出した。


「祝福はきっと人々の未来を明るく照らしてくれる」


 アレクセイはゆっくり瞬きをする。そして微笑み彼女の手を取った。


【ああ、そうだな】


 視界が暗くなる。

 もう刺された痛みは無かった。失血による体への支障もなく、むしろ生きていた中で一番調子が良い。


「アレクセイ」


 心地良い声に目を開くと、喜びに満ちたワンの表情が映る。


「俺は、どうなったんだ」

「見ればわかるよ」


 ワンが指さした先には古い姿見があり、自分の姿が映る。だがアレクセイの目は王族の証である紫ではなく、ワンと同じ輝く黄金色だった。

 さらに全身から淡い光を発していて、自分が人ならざる者に変化したことがわかった。

読んでいただきありがとうございました。明日で完結です!

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