第33話 ククリスクの戦い 前編
ククリスク郊外。
結局、『王子様』はお供を連れて隣街へ逃げ出してしまった。
つまり、今迫りくる2万の敵に戦いを挑んでいるのは、結局俺達ロスラヴィの兵2千だけだ。
「良いか皆の者!我らにあるのは、輝かしい勝利か、さもなければ死だ!」
はるか遠くで、甲冑をまとった敵の将軍―あれがスコーピンか―が演説している。その大声は、味方の陣にまで聞こえてくる。
「後ろに下がる者は反逆とみなして容赦はしない!いざ進め!」
―黙って聞いていれば、すごいことを言っているな。
ウラアアアアアアアア!!
―来たな。
あたり一面敵だらけだ。目標には事欠かない。
俺は周りを見渡した。
サーシャも、ミーリャさんも、イオナも、準備万端だ。
「かかれ!」
バシュバシュバシュバシュ!
「ぐわあ!」
「ぐふっ!」
「ぎゃんっ!」
「このままだと無駄死にだ!いったん引け!・・・ぎゃあ!」
突撃部隊の指揮官らしき将校が、たまりかねて引こうとするが。
「退却する者は後ろから射殺す!」
スコーピンがその将校を弓で撃ち殺す。
―本当にやりやがったよ。
「進め!進め!」
ウラアアアアアアアア!!
第二波の突撃が押し寄せてくる。
「ミーリャさん、弓隊の援護お願い。」
「了解です。」
ミーリャさんの部隊が武器を予備の弓に持ち替えてサーシャの隊の支援に加わる。
「何かおかしい。」
「どうしたんですか?」
隣のイオナが聞く。
「敵の戦い方だ。さっきから、ただやみくもに突っ込んでくるだけだ。」
どういうことだ?
俺は少し考えて、敵の狙いに気付く。
―そうか、そういう事か。
「サーシャ!矢の残り数は?」
「あと8割くらいです!」
やはりそうか。
「向こうは俺達の矢を尽きさせるつもりだ。そのために、倒されるのを知ってて次から次へと兵を送り込んでくるんだ。」
「勝利の為なら人命を何とも思わないって噂は、どうやら本当らしいな。」
いつの間にか。スコーピンの姿が見えなくなっている。
―主力のはずの傭兵部隊の姿も見えない。
さっきから突撃して来るのは、にわか仕立ての徴集兵ばかりだ。
傭兵部隊は本陣で将軍を守っているのだろう。
「よし、前の徴集兵の相手をするのは止めた。大回りで後ろに回り込んで本陣を突こう。」
なにしろ、『王子様』ははるか後方まで逃げ出してしまった。
今は「守る」ものが何もないので、自由に立ち回れる。
「ミーリャさん。確か十数キロ離れた所に森があるんだよね?」
「はい。」
『俊敏性上昇!』
ロスラヴィの兵全員の俊敏性が上がる。
「みんな、一旦敵から見えない所まで後ろに移動、一度森の中へ。」
サーシャが先頭、俺の前衛が最後尾の形で、俺達は後ろ向きに駆け出す。
敵は俺達が逃げ出したと勘違いしているらしい。
追って来ようとするが、魔法で俊敏性が上がっているので見る見るうちに引き離していく。
下手に迫ってくる敵には、ミーリャさんがナイフを投げつけて倒す。
やがて、敵の姿は見えなくなった。
十数キロ離れた森の中。
「やっぱりユーリ様の魔法ってすごいですね。こんな遠くまで1時間もかからないなんて。」
「敵はこちらを見失ったようです。」
「ユーリさんが逃げ出したとでも思ってるんでしょうね。」
もう日が傾き始めている。今から敵がここを突き止めるのは無理だろう。
「夜になったら敵の後ろに回り込み、近付いて夜襲する。今のうちに休んでおいて。」
「「「はい。」」」
全員がうなずき、それぞれ仮眠に入った。
俺が目覚めると、もうあたりは暗くなっていた。
さて、起きるか。
さわっ。
・・・さわっ?
なんだこのちょっと柔らかい物は。
「きゃっ!」
その声は・・・サーシャ?
「あれ?俺の隣で寝てたの?」
「ご、ごめんなさい!夜まで森にいるって聞いたので、ちょっと怖くて。」
「そうか。あれ?そしたら、今の柔らかい感触は・・・」
「ぜ、全然大丈夫なので、気にしないでください!」
暗いから表情が良く見えないが、心なしか赤くなっているように感じる。
―そうするか。
「ユーリ殿おはようございます。」
俺の頭上から声が降ってきた。
ミーリャさんは俺と頭を合わせて反対向きに寝ていたらしい。
「私もいますよ、ユーリさん。」
イオナはサーシャと反対側にいたようだ。
「なんだ、結局みんな俺を囲んで寝てたのか。」
「サーシャ嬢が『怖いからユーリ様の隣に寝ます!』って皆の前で言いだして、結局私もイオナさんもこうやって集まってしまいました。」
「みんなユーリさんのことが好きなんですよ。もちろん私もです。」
イオナが俺の手を取りながらそう言った。
俺はみんなの顔を見渡す。
「それじゃ、敵を夜討ちに行くか!」
オオ・・・
「しーっ!静かに!大声を上げるのは戦いが終わってからだ。」
俺はみんなが時の声を上げようとするのを何とか押しとどめた。
俺はもう一度『俊敏性上昇』を全員にかけると、森を出発した。
敵を大きく迂回し、背後へ向かう。
先ほど偵察隊を出したところによると、敵は昼間と同じ場所で野営を始めたようだ。
少しは足音が出てしまうが、敵は大軍なので小さい音には気付かないようだ。
しかも、どうも酒盛りをしているようだ。
俺達は近づきすぎないように注意しつつ、敵の横をすり抜けて行く。
ひときわ大きな明かりが見えてきた。
―あれが敵の本陣か。
目をこらすと、鎧をまとったスコーピンの姿も小さく見える。
こちらには全く気付いていない。
俺達は、静かに、息を殺して敵の本陣に向かって近付きはじめた。
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※次話投稿は、5月30日(日)午後を予定しています。




