24話 少女と国を担う者たちのお話
※時系列的には17~20話のお話です。
私が国王様の住まうお城に呼び出されたのは初めてのことでした。
私はお父様と一緒に馬車に乗って、お城に着くとすぐに会議室に通されました。
そこには自信を漲らせた男性と、周囲を威圧するような迫力を放つ女性と、王国騎士団長のゴルドー・ムンブルク様がいらっしゃいました。
会議室の広さに対して、人が少なかったので私は少し驚きながら挨拶をします。
「初めまして、ルグルド・ルーデランドの娘のリコルットと申します。この度はお招きいただきありがとうございます」
「久しぶりだね、リコルットお嬢さん。とりあえず座ってくれたまえ。ルグルドも一緒に」
「は、はい」
「うむ」
私とお父様は言われるがままに席に着きます。
「まず紹介をしておこうか。こちら、王国の外交官をしているディエッタ・ストロン殿だ」
ゴルドー様はそう言って女性の方を掌で示します。
「ご紹介に預かりました、ディエッタ・ストロンですわ。主に帝国との外交に携わっています。どうぞお見知りおきを」
「は、はい。よろしくお願いします」
ディエッタ様は、にこりともせずに挨拶をされます。
「そしてこちらが帝国の外交省で働いている外交官のガルド・ロベンダ殿だ」
今度は男性の方を示します。
私は帝国という言葉にびくりと反応してしまって、それに気づいたガルド様は優しく微笑みました。
「ご紹介に預かりました、ガルド・ロベンダと申します。帝国穏健派に属しております。どうぞよろしくお願い申し上げます」
「こ、こちらこそよろしくお願いいたします」
挨拶が済むと、ゴルドー様はぽんと手を叩き、視線を集めます。
「よし。それでは早速話し合いをしようか」
ゴルドー様がそう言うと、すぐにディエッタ様が鋭く言い放ちます。
「失礼ながら。話し合いというよりは確認です。そちらのお嬢様とルグルド様のお考えになった計画は、実現の可能性はありますわ。ですが、いくつか疑問がありますので、そのことについて確認をした上で計画の段階を進めたいと考えておりますの。よろしいですか、リコルット様?」
「は、はい」
「それでは早速ですが。この度のこの計画、初期の立案はリコルット様とのことですが、事実ですか?」
「はい、事実です」
「どうしてこのような計画を考えたのですか?」
「ヴェルザル様の助けになりたいと考えたからです」
「ヴェルザル様……というのは、かつて英雄と呼ばれたヴェルザル・クロスガーデ様のことで間違いありませんね?」
「はい、間違いありません」
「どうしてヴェルザル様の助けになりたいと?」
「……その。私自身が一度ヴェルザル様に助けられているから、です」
「理由はそれだけですか?」
次々にくる質問に私はたじろいでしまいますが、できる限り丁寧に正直にお答えします。
「いえ。……その、私には兄が三人いるのですが、その兄たちから教官としてのヴェルザル様のお話を聞いていて、私は幼心にヴェルザル様に強い憧れを抱いていました。そして、婚約というお話になったこともあって、実際に生活をご一緒させていただいて、私はヴェルザル様に、その、強い好意を持っています。それが理由です」
「なるほど。よく分かりましたわ。しかしそうなるとまた疑問が生まれます。この度の計画が実現されれば、あなたはヴェルザル様にお会いすることが極めて困難になります。強い好意を持っていらっしゃるのであれば、これは苦痛では?」
「……はい。苦痛です。ですが、このまま何もしないで、ヴェルザル様のお傍にいることもできずに、日々苦しむヴェルザル様を想像する毎日を過ごすよりは、ずっといいと考えました」
「なるほど。……ひとまず私からの質問は以上です」
ディエッタ様は言いながらガルド様に目配せをします。
それに答えて、ガルド様はこくりと頷き、私の方に向き直ります。
「それでは私からも質問をさせていただきます。死んだ振り、をしていただくことになりますが、正直なことを言えば、いくつもの死線を乗り越えた英雄であるヴェルザル様を騙すのは極めて困難でしょう。なので、あなたにはそれなりの演技力が期待されますが、そこについてはどのようにお考えでしょうか?」
「……えっと。正直なことを申し上げますと、演技力に自信はありません。なので、本番では大なり小なり痛い目に遭う必要があると考えています」
「痛い目に遭う、とは?」
「致命傷と見せかけるための血については別に用意していただきたいのですが、それとは別に痛みを感じる要因を用意します」
「それはつまり、苦しむ演技をするために怪我をしよう、ということでしょうか?」
「はい。ヴェルザル様だけではなく、多くの人々を騙すのですから、そのぐらいのことをしなければならないと思います」
「……なるほど、よく分かりました」
ガルド様はにっこりと笑ってそうおっしゃいますが、その表情はなんだか背筋がぞっとするような怖さを孕んでいるように思えました。
「率直に、一切言葉を飾らずに、帝国の代表としての意見を申し上げましょう」
ガルド様はそう前置くと、表情から笑みが消え、私に軽蔑するような視線を送ります。
「恋に狂った乙女のお芝居に付き合わされるのは御免です。成功した時の見返りが小さいとはいいませんが、失敗した時の私の立場はどうなると思いますか? 私の人生の全てをそこの少女に委ねろと? 私の人生だけならまだいいでしょう。帝国の行く末を、令嬢様がちょっと思いついただけの考えに任せろと? まともに働いたことも、世間に出たことも、人と会話をしたこともないような令嬢様に? 冗談にしては面白くありませんね」
私はぎゅっと手を握りしめて、その言葉を受け入れます。
悔しいと思えないほどに、ガルド様のおっしゃることはまさしく真実でした。
「痛みを負う覚悟ができていることも分かりました。その動機も分かりました。しかし、あなたは本質を分かっていない。あなたにとってはヴェルザル様をお救いすることこそが目的なのでしょうが、我々は違う。私は帝国の、彼らは王国の未来を背負っている。その未来を、ただの心優しいお嬢さんに委ねようというのは、正気とは思えませんね」
「…………」
「なにか反論はありますか? 私の言っていることに対して訂正したいことは?」
ガルド様は、私に今もなお軽蔑の視線を送ってきます。
きっと、少し前の私なら怯えていたことでしょう。
けれど今の私は、それにきちんと向き合うことができます。
「……反論も訂正もいたしません。ガルド様が、私に覚悟が足りないとおっしゃるのも当然だと思います。私の思いつきが稚拙で、まるで足りないということも重々承知しています。その上で、私のこの計画に協力いただきたいのです。私ひとりで考えても、それはただの妄言でしかありません。……ですが、ここにいる皆様の力を借りれば、形になる可能性が生まれてくるのではないでしょうか」
「つまり、可能性を生み出すためにとにかく手伝え、と?」
ガルド様は嘲笑しながらそうおっしゃいます。
「……いいえ、正確には違います。私を手伝うのではなく、私という存在を利用して頂きたいのです」
「利用とは、具体的にどういうことを?」
「はい。ただの小娘に過ぎない私に不足があれば、それをどうか教えてください。私にできることがあれば、何でもいたします。足りないものがあれば、学んで補います。それでも足りなければどうか皆様の力で補ってください。……それだけのことをする価値が、この計画にはあるはずです。もしも私の計画に不備があるのでしたら、修正して頂いても構いませんし、あるいは全く別の計画を用意して頂いても構いません。ヴェルザル・クロスガーデの婚約者、という立場の人間を自由に利用できるというのは、皆様にとって悪い話ではないはずです」
「………………」
ガルド様は私の方をじっと睨みます。その目には、私への疑心がいまだに色濃く残っているように思えました。
「わ、私は」
「お待ちください」
言葉を続けようとすると、ガルド様が掌をこちらに向けて言葉を遮ります。
「別の計画を用意しても構わないと、そうおっしゃいましたね?」
「は、はい」
私が頷くと、ガルド様はにっこりと、本当にただにっこりと笑っておっしゃいました。
「では、こういうのはいかがでしょうか。死んだふりをするのではなく、実際に死んでしまう、というのは」
「……!」
私の中にその発想がなかったといえば嘘になります。
きっと考えることを無意識に避けていたのです。
後腐れがないことを願うのならば、本物の悲劇にしてしまえばいい。
そうすれば誰かに知られて困る、などという事態にはなりません。
「そうすれば、王国民も、帝国民も、皆が確実に救われる。そうは思いませんか?」
「……そ、それは」
「それとも、死ぬ覚悟はないと?」
「わ、わたし、は」
私は、死ぬべきなのでしょうか。
私が死ぬことが、誰かのために、多くの人のためになるのでしょうか。
『死ぬ覚悟もないのにここに来たのか』
ガルド様の目はそう語っているようでした。
もしも。もしも、ガルド様の意に沿わない答えをしてしまったのなら、きっと協力はしていただけません。それなら、私は死ぬ覚悟があると、そう答えるべきなのではないでしょうか。
――いいえ、そうではないはずです。
「申し訳ありません。私には死ぬ覚悟は、ありません」
私ははっきりと、そう申し上げます。
「私が死ぬことで、王国の人たちと帝国の人たちが幸せになれるのなら、きっとそれは素晴らしいことなのだと思います。ですが、私が死ぬことで悲しむ人たちもいるのだと、私は知っています。……だから、どんなに立派なことだとしても、死ぬことは、できません。……ご期待に添えず、申し訳ありません」
それは、お父様に言われたことでした。
私が死ぬことで、ヴェルザル様が本当に幸せになってくださるのなら、それでもいいのかもしれません。
私が死ぬことで、お父様やお兄様たちが幸せになってくださるのなら、迷う必要もないはずです。
――けれども、そうではないのなら、私にはそんなことはできません。
「全体よりも、個人を尊重するべきだと、そうおっしゃるわけですね。あなたという個人を犠牲にすることで悲しむ少数の人々を、全体よりも優先すると
ガルド様は、最後に確認するようにそう尋ねました。
「……はい、その通りです。申し訳ありません」
私は俯いてそう答えます。
「なるほど」
ガルド様はふぅと大きくため息をつきます。
それからぽんと手を叩きました。
「よく分かりました。協力いたしましょう」
「……えっ?」
私が慌てて顔を上げると、満面の笑みのガルド様と目が合います。
「帝国穏健派の代表として、お約束しましょう。出来うる限りの協力をします。あなたに学んでもらいたいこと、してもらいたいことがあればはっきりと伝えますよ。ご安心ください」
「で、でも、私は」
「先ほどの質問ですか? あの時に死ぬ覚悟があるとおっしゃるようでしたら、あなたが死ぬような計画を立案してもよかったのですよ。もっとも、あなたのお父様が止めに入ると思いますが」
「当然、ですな」
お父様は特に動揺した様子もなく頷きます。
「……あの。もしかして、私は今、試されていたのでしょうか?」
「その通りです。どちらにしても、協力させていただくつもりでしたが、あなたという人を知らなければ計画を立てることもできませんからね。騙すようなことをして申し訳ありませんでした。……先ほど私が言ったことも、あなたが言ったことも、全てが誤りというわけではありません。あなたには様々なものが足りていませんし、国を担うにはあまりにも力不足でしょう。ですが、確かにあなたの計画は魅力的でもあります」
「で、ですが、私に死ぬ覚悟は」
「そんなものは必要ありません。死ぬ覚悟を決めて行動することが前提で、少数を犠牲にし、利益を得ることが当然だというのなら、私は帝国主戦派に所属していたでしょう。戦争とは基本的にそういうものですから。自己犠牲の精神がを全て否定するつもりはありませんが、命を犠牲にすることが当然という考えは、間違っています」
ガルド様は安心させるように、裏表を感じさせない微笑を浮かべています。
この方は、ひょっとするとご自分の表情を自在に操ることができるのではないかと思う程に表情が豊かで、少し怖くなります。
「……その男の言うことを全て真に受けることはありませんわ」
ずっと黙っていらっしゃったディエッタ様は、少し優しい声色でそうおっしゃってくださいました。
「これは手厳しい」
「……とにかく。私もお嬢様の計画にもその人となりにも納得いたしましたわ。実際に実行するかどうかはともかくとして、検討しつつ試験的に段階を進めていく価値は十分にあると思いますの」
ディエッタ様はそう言って私の方に鋭い眼差しをぶつけます。
「よろしいですか? あなた一人の責任になるような無計画な計画を、私たちは良しとはいたしません。そのことをしっかりと理解してください」
「は、はいっ。ありがとうございます」
「……わかっていただければ、問題ありませんわ」
ディエッタ様は満足されたのか、ふいとそっぽを向いてしまわれました。
「それでは皆納得できたところで、改めて」
ゴルドー様が言いながら手を上げて視線を集めます。
「……これは王国と帝国の行く末を賭けた陰謀だ。何人にも知られることは許されない。知られてしまえば、全てが水泡に帰す。だが、成功すれば少なくとも向こう五十年は二国間の平和は保たれるだろう」
「五十年……」
私にはそれが短いのか長いのか分かりませんでした。
「全員の協力と努力が欠かせない。よろしく頼む」
「お任せください」
「全力を尽くしますわ」
「が、頑張りますっ」
互いにそう誓い合って、第一回目の会議は終わりました。
この後も何度か集まることになって、私は様々な指示を受け、色々なことを教えられ、多くのことを学び、特訓することになるのでした。
重ねた会議の数が十を超える頃になると、私は一度ヴェルザル様のお住まいに押しかけました。
そして、帝国主戦派の方にわざと襲撃を受けました。
主戦派の内部にいる工作員の方に、ヴェルザル様の情報を流し、ヴェルザル様が留守にしている時間帯までを教えることで、確実に家だけが被害に遭うことになります。
この襲撃にはいくつかの意味があります。
一つ目に、帝国主戦派に確実な情報が入手できていると勘違いをさせること。
確実な情報が入手できていると勘違いをさせることで、その後の結婚式での誘導が容易になります。
二つ目に、ヴェルザル様に帝国主戦派が危険であることを改めて知らせることです。
ヴェルザル様に、王国と帝国の速やかな和解が必要だと思っていただくことで、結婚式を敢行しやすくすることができます。それと同時に、私が直接的な被害に遭わないことで、ヴェルザル様に、主戦派の狙いがあくまでもヴェルザル様なのだと、心のどこかで思っていただけます。
――これが、まわりまわってヴェルザル様のためになるとしても、ヴェルザル様を騙しているという事実には変わりません。
本気で心配してくださっているヴェルザル様も、私に騙されていたと知ればきっと愛想を尽かしてくださるはずです。
それなのに。
「必ず、あなたを迎えにいく」
ヴェルザル様のその言葉に、私は本当に嬉しく、そして取り返しのつかないことをしてしまったのだと絶望的な気持ちにもなりました。
けれど、もう計画を止めることはできません。
多くの人が、この計画のために協力してくださっています。
そしてなにより、ヴェルザル様のためになるのですから、私に諦めることはもう許されません。
この襲撃の後、私は再び会議と特訓を続ける日々を送りました。
特に、特注のウェディングドレスにどのように血糊を仕込んで、本番でどのように刺されるのかの検証には余念を欠かせませんでした。
「お嬢ちゃんは筋がいいなぁ」
「だなぁ。大したもんだ」
そう笑いながらおっしゃるのは、帝国主戦派に工作員として潜伏している老兵のお二人です。主戦派の動向を見守ることが必要だと考えて主戦派に属したお二人は、帝国穏健派にたびたびその情報を流していたそうです。
老兵のお二人は今もお城にお忍びでやってきていますが、帝国主戦派の人々に疑われないようにするために、それほど長い時間滞在できるわけではありませんでした。それに特注のウェディングドレスもいくつも用意できるわけではないので、本番に向けたお芝居の段取りの予習とその稽古に、私は必死に取り組みました。
そんな会議と特訓の日々を送って二か月。
私たちは、いよいよ結婚式に臨むのでした。




