22話 結婚式の後のお話
結婚式の惨劇から一週間が過ぎた。
王国内は立場や年齢、職務に関わらず、亡くなった少女と帝国との今後ついての話でいまだに持ちきりだった。
それは王国に留まらず、帝国や同盟参加国にもその余波は広がっていた。
『もしもその場に帝国関係者や同盟参加国がいなかったら』
『もしも結婚式が開催されていなかったら』
『もしも暴漢が現れなかったら』
そんなもしもの話。
『帝国の連中はクソだ』
『悪いのは帝国の一部で、主戦派とかいうのが全部悪いらしい』
『戦争をしたがっている連中の集まりがあるらしい』
そんな帝国と帝国主戦派への恨み言の話。
『英雄がお可哀想だ』
『亡くなった少女があまりにも不幸すぎる』
『あまりにも残酷だ』
そんな死を悼み、悲劇を嘆く話。
様々な話が、各所で広がっていた。
そんな騒がしさの裏で、リコルットの葬式は二度と騒動に巻き込まないようにという理由で内々に執り行われ、その墓地についても極秘とされた。
その一方で、王国を取り巻く騒がしい環境の中、ヴェルザルには王国騎士団訓練兵舎の施設の中での待機命令が下されていた。
ヴェルザルが外に出ることで多くの混乱や恐慌の可能性の抑止や、ヴェルザル自身への配慮として出された待機命令であったが、ヴェルザルにとっては生き地獄のような一週間であった。
誰かと会うことも話すこともほとんどなく、謝罪も贖罪もすることができない。
ヴェルザルは、いますぐにでも王国騎士として復員し、王国内にいまだに潜んでいるであろう帝国主戦派を探しだし、それを片っ端から帝国に送還するか、あるいは王国の法に基づいて裁きたかった。
実際に、結婚式の場で捕えられた男たちの大半は取り調べを受けた後に帝国に送還され、その罪を贖うことになった。そして、リコルットに手を掛けた二人の老いた男については、王国にて処刑されることが決まった。その処刑は、また騒動を引き起こしかねないとして極秘に行われ、その場所や日時、方法などについては秘匿され、ヴェルザルにすら立ち会うことは許されなかった。
外出が許されず、何をすることも許されなかったヴェルザルの自責の念と鬱憤は、この一週間で高まり続けていた。
その彼の元に、二人の人物が訪れた。
ゴルドー・ムンブルクとルグルド・ルーデランドだった。
「ヴェルザル殿。お久しぶりだ」
ヴェルザルと向かいあうようにゴルドーとルグルドが席に着き、ルグルドがそう声を掛ける。
「……お久しぶりです。ルグルド殿」
ヴェルザルは憔悴しきった顔で、ルグルドをぼんやりと眺める。
ゴルドーとルグルドはヴェルザルの尋常ではないやつれ方に、息をのんだ。
「あの結婚式の後の話をしておかねばならんと思ってな」
「……ああ。頼む」
ゴルドーは少し躊躇い、それからゆっくりと語りだした。
リコルットの葬式、暴漢の処刑、帝国との和解、同盟の強化、帝国主戦派への共同対応、国境線沿いの防衛強化、王国騎士団の人員増加と予算増加、帝国内での情勢の変化。
全てが前を向いていた。
それは、皮肉にも結婚式場でのリコルットの死によって『帝国主戦派』という共通の敵が生まれ、それを打倒する流れになったことが大きかった。
そしてその場に帝国と同盟参加国がいたことで、『帝国主戦派』が独立した存在であり、帝国にいる大多数の人間にとっても敵であることが明確だった。もしも帝国の関係者がその場にいなかった場合、帝国に対する不信感は王国民の間で強いものとなっていたことは間違いなかった。
「……つまり、世の中は全て良い方向に動いているということか」
「少なくとも、王国と帝国との関係はずっとよくなった。それは紛れもない事実だ」
「よく分かった。……それで、私に何の用だろうか」
建前の話は終わった、と言わんばかりにヴェルザルはゴルドーの話をばっさりと切って捨てた。
ゴルドーはそれに不快感を示すことなく、はっきりと答えた。
「お前の今後の話だ。王国騎士団の教官を続けるつもりはあるのか?」
「私に決定権があるのか? それともただの意志確認か?」
「ひとまずは意志確認というところだ。……どうなんだ?」
「もしも私に自由に動くことが許されるならば、帝国の不穏分子を全て見つけ出すために、教官ではなく騎士として動きたい」
「……それは、娘への贖罪のためですかな。それとも自分自身の意志で?」
ルグルドがそう尋ねると、ヴェルザルはルグルドに向き合って答えた。
「……贖罪の為です。私は、リコルット殿をこの騒動に巻き込み、その命を守れなかったその責を果たさねばなりません」
「守れなかったという話をするなら、一番近くにいた私が責められるべきだと思うがね」
「もっというなら、警備の責任を負っていた私の責任というのが正しいだろう。ヴェルザルにも、ルグルドにも責はない。あの状況を予測できなかった私に問題があった」
三者三様の言い分があった。
ヴェルザルも、ゴルドーとルグルドの言い分が分からないわけではなかったが、そもそも自分と関わらなければ、と思っているヴェルザルには意味のない言い分だった。
「……責任を主張しあっても始まらないだろう。私は私にできることをさせていただきたい。ルグルド殿。あなたが望むのなら、私はどのようなことでもする覚悟がある」
ヴェルザルの目には、狂気を孕まずに、ただただ冷静に死をも受け入れようという揺るがない覚悟があった。
「どのようなことでも、か」
ルグルドはゴルドーと顔を見合わせる。
そして、二人は真剣な面持ちで頷きあうと、おもむろに語りだした。
「ヴェルザル。もしもの話だ。仮に、リコルット殿が存命だったとして、贖罪する必要が一切ないとしたら、お前はどうしていたと思う」
「そんなもしもの話に意味があるのか」
「ある。答えてくれ」
「…………私がこれまで王国騎士団教官を務めてきたのは、帝国との戦争での後悔が理由だ。中途半端な知識で人にものを教え、多くの人間を死地に送った。そうするしかなかっただとか、他に方法がなかっただとか、そんな言い訳もできるだろうが私には同じことだ。彼らの死に報いるには、生き残る術を一人でも多くの人間に教えることだとそう思ってきた。理不尽な死にわずかでも抗う力を、と。……だが、帝国が敵ではなくなるというのなら、それも必要なくなるのかもしれない。それならば……私も不要になるのかもしれん」
「つまり、引退していた可能性があるということか?」
「もしもの話に意味があるとは思えんが、そうだな。私に代わる指導者も育っている。私がいなければ、などと驕るつもりはない。――だが、私は贖わなければならない罪を犯した。だから」
「待て。少し待て」
「……?」
ゴルドーが唐突に言葉を遮る。
そしてルグルドと共に部屋を出る。
少しばかり待つと、先程に比べてどこか表情が緩んでいる二人が戻ってくる。
「……私を笑いたいのであれば、顔を見て笑えばいい。侮蔑の言葉も、嘲笑の言葉も、受ける覚悟はできている」
ヴェルザルが神妙にそう申し出ると、ゴルドーは首を横に振った。
「そんな話をしていたんじゃない。……ヴェルザル。冷静に考えて、そして判断してくれ。王国の存亡に関わる話をする」
ヴェルザルは眉を寄せて訝しんだ。
「急になんだ。何の話をするつもりだ」
「王国の存亡に関わる話だ」
「それは聞いた。……どういうことだ。事件も関係も全て丸く解決しただろう。どうして存亡に関わるような話が出てくる」
「……簡単な話だ。事件が解決した、というのは正確な話じゃない」
「どういうことだ」
「本当に聞く覚悟があるか? これを聞けば、お前は少なくとも王国騎士団の教官としても、王国騎士としても、生きることは許されなくなる」
「……贖罪の機会がなくなるということか」
ヴェルザルは話を聞くのを躊躇う素振りを見せると、ゴルドーはまた首を横に振った。
「違う。もっと根本から話が変わる。……もう一度聞くが、王国騎士団の教官であることも王国騎士であることもできなくなる。それでも、いいんだな?」
「…………まさか」
ゴルドーのその思わせぶりで、何かとてつもなく重大なことを隠していることを隠そうともしない姿勢。
そして、王国騎士団の団長としての責務を全うすることに関していえば十全を尽くすゴルドーと愛する娘を失った父親であるルグルドが、リコルットの死を悲しんでいる様子をほとんど見せていない違和感。
憔悴していたヴェルザルの表情に、急速に色が戻り、やおら立ち上がるとゴルドーの襟元を掴んだ。
「そのまさか、なのか?」
ゴルドーは苦しそうに表情を歪めてはいるものの、その口元は笑っていた。
「その、まさか、さ」
ゴルドーはにやりと笑う。
「リコルットお嬢さんは存命だ」
ヴェルザルは反射的にゴルドーを放り投げた。
そしてすぐ傍にいたルグルドの襟元を、ルグルドが全く認識できないような速度で掴む。
「本当なのですか、ルグルド殿」
迫るヴェルザルにルグルドは目をぱちくりさせて答える。
「ほ、本当だ。冗談ではない。……もしもリコが本当に死んでしまっていたら、私がこんなにへらへらしているものかね」
「………………」
「あ、あんまり信用してもらえてないようだな。こ、これが日頃の行いというものか」
ルグルドは鬼気迫るヴェルザルが間近に迫っていることもあり、その全身をふるふると震わせて言った。
そんなルグルドの様子を見て、ヴェルザルはようやく納得いったのか、その腕を降ろした。
「そうか…… リコルット殿が…… そうか……」
ヴェルザルは糸が切れた操り人形のように、ふらふらとしかたと思うと、その場に尻餅をついた。
「……よかった。本当によかった」
心底感動し、歓喜に震えているヴェルザルの様子に、ルグルドはほっとした様子だった。
「……それで、王国の存亡に関わる話とは、いったいなんだ。私にこれまでずっと黙っていた理由とはなんだ」
いつの間にか立ち上がったヴェルザルは尋ねた。
それに答えたのは、投げ飛ばされてもきちんと受け身をとって平然としているゴルドーだった。
「ああ。もちろんその話をさせてもらう。……今回のこの騒動はな。リコルットお嬢さんの、奮闘の成果なんだ。もっというと、リコルットお嬢さんの考えが元の、壮大なお芝居だったんだ」
「お芝居……だと? 馬鹿な。現に帝国も、同盟関係者もあの場に。帝国主戦派までもがいたというのに」
「全員が役者だったわけじゃないさ。……そうだな。時系列に沿って、話をしていこうか。リコルット嬢さんの、奮闘のお話を」
そうして、ゴルドーはリコルット・ルーデランド最後にして最大の大芝居の舞台裏の、そのきっかけと準備と、奮闘の日々の話を始めるのだった。
※一瞬ヒヤリとした方もいらっしゃったかもしれませんが、こういうことでした!
次回は、リコルットが何を考えて、何をしたのか。
その具体的なお話です。
そして、それが終わったらすぐにエピローグになります。
もしよろしければ、最後までお付き合いください!




