第269話 漆黒の天使
オーバーラップ文庫様のHPにて、『黒の召喚士』の特設サイトがアップされました。
詳しくは活動報告で。
―――ケルヴィン邸・地下修練場
「申し訳ありません。メイド長……」
「ごめんなさーい!」
「いえ、格上を相手に2人はよくやりました。本日の賄いには期待していいですよ」
「わーい!」
ケルヴィンの白魔法ですっかり回復し、直ぐ様修練場の隅で行われるメイド反省会。結果を言ってしまえばエリィとリュカは敗北してしまったのだが、傷の具合だけ見てみれば刀哉の方が深刻である。峰打ちで気絶させられた2人に対して刀哉は火傷を負い、腕にはリュカの隠しナイフが深く突き刺さった。
「か、はっ……! やっぱこれ、毒入りか…… 光妖精の緩和作用がなかったら、こっちが危なかったな……」
更に、ナイフには毒が塗られていた。腕の傷口が変色してきている。
「か、神埼君、大丈夫!? 今魔法で治すから!」
「大丈夫だよ。これくらい自分で治せるさ」
心配ないと爽やかな笑顔を振り撒きながらそう言うと、刀哉は傷口に手を当て『大回復』と『毒晴』を唱える。刀哉が手をどかすと腕は傷跡もない程に治癒し、毒も抜けきっていた。次いで火傷も完治させていく。
「驚いたな。以前よりも倍近く強くなっているんじゃないか?」
ケルヴィンが満足気な笑顔を浮かべながら勇者4人に歩み寄る。同時に雅が格闘家のような姿勢で身構えた。
「―――と言うことは、俺たちの実力を認めてくれるんですね! 師匠!」
「気が早いって。あとそのイケメンスマイル止めろ。眩しい」
一歩前に出て突如輝き出す刀哉に引き気味のケルヴィン。どうもこのタイプは苦手のようだ。
「認めるのは次の模擬試合の結果次第かな。んー、1対4でどうだ?」
右手で指を4本、左手で人差し指を立ててケルヴィンが提案する。
「えっと…… あのレベルのメイドさんが4人も、ですか……」
「刀哉なら余裕。頑張って」
「ああ、任せてくれ!」
「い、いいの? 神埼君?」
微妙な表情をして悩む刹那と、変わらず無表情で鼓舞する雅。師匠がそう言うのなら! と刀哉は存外にやる気であるが、奈々は心配そうだ。
「待て待て。勘違いするなって。4人側はお前らだよ」
「俺たちが?」
「全員で戦っていいってことですか?」
「ああ、構わない。で、その対戦相手は俺―――」
「ワシの出番、ですな?」
ドス黒い圧迫感を鎧の隙間から噴き上げ、ケルヴィンの背後に現れたのはジェラールだった。魔剣と改良を施した大盾、マントを身に着けたフル装備状態である。準備万端怠りなし。我が戦場は目の前ぞ。などと兜の奥から聞こえてくるのは気のせいか。決して胸を貸してやろうといった雰囲気ではない。
「クックック……! 我が孫を傷付けた報い、受けてもらおうではないかぁ……!」
やはり気のせいではなかった。コレットの生還神域ごと叩き斬る算段だ。
「ジェラール、違うからな。戦うのは俺だからな?」
「ええい、止めるでない王よ! 今、ワシは第二の宿命の敵を見つけたんじゃ!」
「おーい、聞こえてますか? 俺の獲も、ではなく弟子を取るなと言っている!」
「「「「………」」」」
見当違いな指摘をするケルヴィンと恨みを晴らしたいジェラールの壮絶な口喧嘩が続く。両者とも欲望がだだ洩れである。まさに一触即発。行き成りこんなことをされては、勇者達はただ呆然と見守ることしかできない。
「ねえねえ。ケルにい、ジェラじい」
「何だ、リオン?」
「何じゃ、リオン?」
しかしリオンが声を掛けた途端、息を合わせたように争いを止める2人。纏う雰囲気と表情も柔らかなものに豹変してしまっている。まさにシスコン兄と爺馬鹿。あまりの変わり様に驚いてしまい、勇者達は動けない。
「僕が次の対戦相手をしちゃ駄目かな? リュカちゃんを見てたら僕も体を動かしたくなっちゃって」
「リオンが、か? いや、しかし……」
「そうしたいのは山々じゃが、ワシの使命が……」
「駄目、かな……?」
潤む瞳。リオンの上目遣いに心打たれ仰け反る2人。次いで出されるオーケーのダブルサイン。リオンは勇者に挑戦される権利を見事勝ち取ったのだ。対戦相手が非常に可愛らしい少女になってしまったことに、勇者達は―――
「これ、何の茶番?」
「雅、今ばかりは黙っていなさい……」
「と、兎も角、彼女に勝てば俺たちは師匠に認められる訳だ」
どうにか気を持ち直した。
「えへへ。ということで、次の相手は僕です。よろしくねっ!」
誰からも愛されるような人懐っこい笑顔で握手を求めるリオン。服装は黒いが、その笑みは天上の如く輝いていた。
「う、うん。よろしくね」
奈々がその手をとる。本日動じてばかりの奈々も、リオン独自の空気に思わず和んでしまう。それまで体を縛っていた緊張もすっかりなくなったようだ。握手を交わしたリオンは「準備してくるね~」との言葉を残し、ケルヴィンのもとへ戻って行く。
「天使……」
「凄く可愛い子だね。本当に戦えるのかな?」
「どうなのかしら……」
「何言ってるんだ。あの子はケルヴィン師匠の妹さんだぞ? ほら、ここ」
どこから取り出したのか、刀哉が手に持つ冒険者名鑑のとあるページを指し示す。ケルヴィンのパーティを紹介する項目のようだ。
「『黒流星』のリオン・セルシウス。危険度こそ最低値だが、実力はこの通り折り紙付き。見た目の容姿に騙されたら駄目だからな!」
「と、刀哉に論されてしまった……」
「妹……? 妹!? あれとあの天使が!? しかもブラコンっ!? 神は正気かっ!?」
「み、雅ちゃんがそんな大声出したの、初めて聞いたよ…… どうどう……」
頭を抱える刹那と雅。色々と動揺と困惑が広がっている。
「おーい、お前らも早く準備しておけよー」
「了解です! さ、行こうか!」
「お、おー!」
「「おー……」」
ケルヴィンの叫びに一先ず我に返り、勇者達は新たな戦場へと赴き出す。殺気立った例の2人と戦わずに済んだことを、リオンに感謝しながら。
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「よろしかったのですか? リオン様にお譲りして……」
エフィルが見学席に戻ってきたケルヴィンとジェラールに冷えた飲み物を配りつつ問う。2人はリオンに模擬試合の権利を掻っ攫わられてしまった訳だが、どこか表情がホクホクしている。
「「リオンなら仕方ない」」
やはり息が合っていた。
「まあ、冗談抜きにあいつらの実力を見るにはリオンが丁度良いと思うぞ。剣術に加えて魔法も使えるオールマイティーなタイプだしな」
「あら、それなら私でも良くない?」
「私だって良い筈ですよ?」
セラとメルフィーナが自分を指差しながらケルヴィンの眼前に現れる。
「お前らはスキルがえぐいし、上手く手加減できそうにないだろ…… その点、リオンは安心だ」
「うむ! リオンであればあ奴らの真価をはかってくれるであろう! ガッハッハ!」
さっきまでの険悪振りが嘘のように意気投合するケルヴィンとジェラール。しかし、エフィルはどこか不安そうな顔をしている。
「あの、ご主人様。リオン様は確か獣王様との特訓をされていて、対人戦での手加減が、その……」
「……あ」
「お兄ちゃん、リオンちゃんの試合が始まるよー」
どこか抜けている死神のポカは、今日もそれなりに重要なところで発揮されていた。




