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第268話 勇者とメイド

 ―――ケルヴィン邸・地下修練場


 はじめに動いたのはリュカだった。合図と共に隠密状態となり、全速力で刀哉の死角に回り込む。そして一気に間合いを詰めようと再び姿勢を低く構えた。


(ありっ!?)


 ―――ドッ!


 駆け出そうとした瞬間、有り得ないことにリュカが足を滑らせ転倒してしまった。それもかなりの物音を立ててだ。隠密状態と言えど、大きな音を立ててしまえば発見される可能性は格段に増してしまう。刀哉もこれによりリュカを見つけたようだ。


 この修練場は屋敷に住む全ての者に開放されており、見習いメイドのリュカもジェラールやリオンとの訓練でよく足を踏み入れていた。要は使い慣れている筈なのだ。黒光りする頑丈な床は見た目以上に踏ん張りが効き、ましてや使い慣れている普段のリュカであれば、このような失態はまずしない。


(リュカ、ご主人様の御前で何をしてるの!)

(あわ、お母さんの怒ってる気配が背後からひしひしと……!)


 エリィの憤りを表すように、その右手には炎が灯っていた。ブレスレットの宝玉が煌き、徐々に紅蓮があるものを形作っていく。


「爆葬竜(パイロドラゴン)!」


 詠唱の完了後に出現したのは一匹の炎を纏う竜。比較するとやや小ぶりではあるが、エフィルの多首火竜(パイロヒュドラ)の竜頭に酷似した姿である。


(ほら、早く)

(りょーかい!)


 エリィの扱える魔法の中でも特に際立つこの竜を出現させることで、刀哉の目を奪うことに成功。視線を逸らされた為、リュカが再び隠密状態となって気配が希薄となった。生活の大半を共に過ごしてきた親子ならではのコンビネーションと言えるだろう。


「勇者様。メイド長の足元にも及びませんが、不肖ながらこのエリィがお相手致します」

「竜を生み出すなんて凄いな。けどさ、俺たちはもっと強力な竜とも戦ってきたんだ、よっ!」


 ―――キィン!


 隠密のまま背後に回ったリュカが投じたクナイを、初めから見えていたかのように聖剣で弾く刀哉。その時を皮切りに出でるリュカ、宙の爆葬竜(パイロドラゴン)を操作し爆走させるエリィ。戦闘の本格的な開始となった瞬間である。


 リュカは隠し持ったクナイを飛ばしながらヒットアンドアウェイを仕掛ける。が、ここでもなぜか調子が悪い。投じる2本の内1本は手元が汗で狂ったり、偶然目にゴミが入り込んだりと狙いが外れ、接近しようものなら足を踏み外すなどの不運が多発するのだ。持ち前の素早さを活かしギリギリのところで持ち直すも、これでは十全に力を出すことができない。


「早い、が! 刹那ほどじゃないなっ!」

「んー……?」


 共闘するエリィもそれは同じようで、爆葬竜(パイロドラゴン)の操作が上手くできていないようだ。爆葬竜(パイロドラゴン)が修練場の床をも抉り、猟夫の如く獲物を追い詰めるのがエリィのスタイルなのであるが、どうも今日は魔法を扱う上での繊細さが欠けている。どうしても竜の動きが乱雑になってしまい、リュカと交戦中の刀哉にも回避されてしまう。要は長所を殺してしまっている状態なのだ。


(……見るに、リュカも調子がおかしいですね。なら―――)


 エリィが爆葬竜(パイロドラゴン)をオートモードに切り替え、再度右手に炎を灯す。


「火雨(クラウドバースト)」


 灯した炎を肥大化させ、上空に振り払う。広範囲に広がった天のそれは、やがて地上に降り注ぐ火の雨となって刀哉、ついでにリュカへ襲い掛かった。


「よっと」

「えっ、ちょ、ちょっと!」


 範囲内にアトランダムに降り注ぐ筈の火雨(クラウドバースト)は、刀哉の周囲にほんの僅かに。その代わりの受け皿となったのか、リュカに向かって集団となって向かい始めた。それでも『軽業』のスキルを用いて無理矢理に全てを躱すリュカは流石である。


「エリィは気付き始めたかな。刀哉の性質に」


 観客席のケルヴィンがポツリと呟いた。


「性質、ですか?」

「刀哉の持つ固有スキル『絶対福音』の効果とも言えるかな。エフィルは何だと思う?」

「そうですね…… エリィとリュカの惨状を見るに、敵対する相手を不運にする力、でしょうか?」

「その程度の能力なら可愛いものなんだけどなー。覚えてるかな。刀哉の『絶対福音』は前勇者のセルジュ・フロアと同じ能力なんだ。詰まるところ幸運過ぎて敵対する相手は勝手に自滅するし、黙っていても物事が有利な方へ有利な方へと進んでいくんだ」


 ケルヴィンは配下ネットワークで共有していた『神の使徒』のメモ書きをエフィルに見せる。


「あっ、そうでしたね。ですが、トラージでお会いした際はそういった気配はありませんでしたが……」

「たぶん、何か条件があるんだろ。例えば、自分よりもステータスの幸運値が高い者が周りにいると、スキルが無効化されるとか」

「えっ、何でそれを…… あっ!」


 ケルヴィンの予想に、同じく観客席にて奈々が反応してしまう。それはもう、見事に。


「奈々……」

「奈々……」

「あ、う…… ごめんなさい……」


 両サイドの刹那と雅からのジト目に耐え切れず、素直に謝罪する奈々。


「ギュアー……」


 奈々が背負うリュックから、慰めるような鳴声が聞こえてきた。


「ハァ、仲間(・・)以外にはバラさないから安心しろって。今度から気をつけろよ」

「はい…… えっ?」


 戸惑いの声に重なるようにして、激しい爆発音が空間に鳴り響く。修練場の結界内では至る箇所で炎が炸裂し、その隙間を縫って刀哉とリュカが剣戟を交わしていた。その度にリュカの持つ強化ミスリルダガーが聖剣ウィルの切味に刃こぼれを起こし、リュカ自身も生傷が絶えない状態となっていた。固有スキルによる不条理もあるが、地力も刀哉がリュカを上回っている。爆葬竜(パイロドラゴン)は既に聖剣によって切伏せられてしまっている。


「リュカ! 次の魔法で魔力が底を尽きます。最後のチャンスだと思いなさい!」


 エリィが珍しくも大声で叫ぶ。エリィの装備する『紅玉の腕輪』は火属性の魔法に限り、消費魔力を3分の1に抑えた上で威力を上昇、更には操作の緻密性をも向上させるA級武具である。ブレスレット型の杖のようなものだと思えばいい。だが、それも持ってしても度重なる魔法の連発、A級赤魔法【爆葬竜(パイロドラゴン)】やB級赤魔法【火雨(クラウドバースト)】などにより、MPの残高は残り僅かとなっていた。


「こ、れ、な、ら…… どうだ!」


 リュカが刀哉の周囲四方に黒い何かを投擲する。直後に巻き起こる漆黒の噴煙。蔓延が早く、結界内は瞬時に闇に覆われる。範囲からして毒の可能性は低いと考えながらも、念の為に刀哉は息を止めた。


(単純な目隠しか? 先手を―――)


 刀哉の一瞬の思考、その時をリュカは見逃さなかった。別角度からの投じられた3本のクナイが闇の中から来襲し、1本が足元の床に刺さり、残り2本は心臓と喉元目掛けて迫り来る。


「光妖精!」


 声に呼応し、闇が光で照らされる。ここで初めて刀哉は自身の加護である妖精の助けを必要とした。妖精が発光している今であれば、黒煙の中でも多少は目が利く。1本目のクナイを回避し、2本目を聖剣で防ぐ。更に飛来するはリュカが振るうダガーの一撃。狙いは首であった。


 ―――バキィン!


 素早く切返された聖剣の応酬により、ダガーの刃が根元から破壊される。しかし、しかしリュカの攻撃はまだ終わっていなかった。覚えたての『天歩』によって空中で軌道修正された蹴りである。既に回避するには遅く、剣はダガーに向いてしまった為に間に合わない。残る選択肢は受けるのみであった。


(悪いけど、この体格差じゃ大してダメージには…… っ!?)


 防御した刀哉の腕に、蹴りにしては鋭過ぎる痛みが過ぎ去った。


(靴に、仕込みナイフ……!)


 突然の痛みに驚くも、刀哉は直ぐ様に剣を操り直してリュカに叩き込む。その峰打ちはリュカを気絶させるには十分な威力であったが、気絶しても尚、リュカは「してやった」と笑っていた。


「炎魔の魔手(ベリアルクロウ)」

「ぐっ!」


 束の間、残留していた黒煙の奥より飛び出した炎の手が、聖剣ウィルを鷲掴みにして動きを封じ込んだ。人を丸ごと包み込めそうな魔の手は、隣接する刀哉の皮膚をも焼き焦がす。


「仕舞いです」

「この魔法で、打ち止めじゃなかったのかな?」

「どうも魔力の調整が上手くいかないものでして。残る魔力量を勘違いしておりました」


 跳躍するエリィの右手には、もうひとつの炎魔の魔手(ベリアルクロウ)が施されていた。紅玉の腕輪の力か、聖剣ウィルを封じる手よりも激しく炎が燃え盛っている。次の魔法で魔力が底を尽くとの言葉は、言わば虚言。


「ですので、流儀ではありませんが大雑把に攻めさせて頂きました。お覚悟を!」

「覚悟は最初から、決めているさ!」


 聖剣ウィルが眩く輝く。収束する先である刀哉の左手には、もう一振りの聖剣。聖なる光と紅蓮の炎が衝突した。

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