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第179話 頂の戦い

 ―――トライセン城・頂上


風神脚ソニックアクセラレート×4』


 戦闘開始と同時に仲間全員に敏捷を2倍に引き上げる風神脚ソニックアクセラレートをかける準備、既に自身に施していた補助効果も切れる寸前だったので俺も含めて4人分だ。『並列思考』の詠唱によるタイムラグなしの連続発動、無詠唱に限りなく等しい形でメルフィーナ達は風を味方につける。


 正直これだけでS級魔法を唱えるに近いMPを消費してしまうが、何せ魔王は敏捷2032の化物。ここまでしなければメルフィーナくらいしか奴のスピードに付いていけない。単純にスピード負けしてしまうのだ。


「滅セヨ」


 皆に風神脚ソニックアクセラレートを施したコンマ数秒後、魔王は既に俺たちの眼前にまで迫っていた。ゼルが上段から右腕を振り落とすと愚剣クライヴは呪いを撒き散らし、大きく反り返りながら襲い掛かろうとしている。リオンとセラは左右に散開、消していた天使の翼をはっきりと顕現させ、本気モードとなったメルは飛翔し回避行動に移る。


 他3人に比べ敏捷最低値の俺ではあるが、何とか避けることはできる。だがあのまま愚剣を振り下ろされてしまえば、直撃を受けるのは俺たちが立つこの城だ。下の階層にはコレットやシュトラもいる。結界があるから大丈夫だとは思うが、可能な限り危険には晒したくない。かと言ってこんなものを正面から受ければ待っているのは死、あるのみだ。かなり賭けになるが、大風魔神鎌ボレアスデスサイズで刀身を狙うか……?


『あなた様、間に合いました。下の者達は私が護ります』


 メルフィーナの念話を聞き取り、俺は全力で身を翻す。考えることはしなかった。メルフィーナがそう言い切ったのだ。ならば迷いなどあるはずがない。あるのは、絶対的なメルフィーナへの信頼のみだ。


「ヌウッ!」


 振り下ろされた愚剣が城へ衝突する。バキバキと音を立てて破片が飛散、しかし破壊されたのは城ではなく、一面を覆い尽くす薔薇の氷原であった。飛び散った氷片が鋭い刃となり、魔王の体に深く突き刺さる。そこらのモンスターであればこれだけでも風穴が開く威力を秘めているのだが、やはり硬いな。


『メルフィーナ、助かった!』

『土壇場で間に合いましたが、くうっ…… 流石に、辛いですね』


 屋上だけでなく、トライセン城の全面を抱擁するは夥しい数の氷の荊。メルフィーナが発動したのはS級青魔法【氷女帝の荊セルシウスブライア】、拠点防衛の究極系であるこの魔法は対象の表面上に絡み付いて侵入者からの攻撃を守護し、触れる者に痛手を与える役割を担う。それだけでは単純に『金剛氷薔薇リギッドブライア』の広範囲バージョンと思われるかもしれないが、当然ながらそれだけではない。頑丈さは金剛氷薔薇リギッドブライアを軽々と上回り、敵味方を区別してくれるのでサービスも手厚い。氷の荊は常に生長を続け、例え欠損したとしてもその傍から生い育ち瞬く間に復活する。つまりメルフィーナのMPが尽きない限り、この一面の薔薇を排除するのは困難を極めるのだ。


 メルフィーナのMPはS級魔法を使う上で潤沢であるとは言えない。更にはこの魔法、荊が生長する度に魔力を消費するのでとても燃費が悪く、維持するのも困難であったりする。だが、この問題は既に解決済みだ。


『コク…… 全快です!』


 なんてことはない。MP回復薬の一気飲みである。本来であれば戦闘中の回復薬でのMP供給は不用意に隙ができ、下策とされる行為である。そして無理をすれば凄惨たるコレットの悲劇を生み出してしまう。しかしメルフィーナに限っては、もしかすれば俺と同じS級冒険者のシルヴィアもそうかもしれないが、メルフィーナは即座に、限りなく無尽蔵に回復薬を飲み干すことが可能なのだ。食いしん坊万歳な素質を持ち、S級『大食い』のスキルを所有するメルだからこそできる芸当だ。糞不味い回復薬も美味しく頂いている。


 更にはメルフィーナの軽鎧内にいるクロトからの回復薬の補給、その備蓄は富豪と称されるであろう商人が所有する蓄えを優に超える数が保管されている。この組み合わせによりメルフィーナの潜在的なMPは俺をも超える事態になってしまうのだ。


「小癪ナ……!」


 この氷女帝の荊セルシウスブライアは実の所、俺が螺旋超嵐壁テンペストバリアを発動させる以前に仕込まれていたものだ。そうでなければこんな所で螺旋超嵐壁テンペストバリアを出した時点で城が崩壊している。時系列的にはシュトラが陣取る部屋へ突撃する前、リオンらと合流し、コレットが考案した策を聞いている辺りか。テラスにて種を蒔いてそこから急生長させていき、外壁を蔦って城全面を覆わせる。この屋上部分まで到達するのにギリギリ間に合って良かった。クライヴと融合した魔王は『魔力察知』を得てしまったので気付かれる可能性はあったのだが、どうやらまだスキルの扱いに慣れていないらしいな。今の衝撃で破壊された荊は再生し、お返しとばかりに愚剣に絡み付き動きを封じようとしている。


『城の外壁を凍らせ、コレットの結界と合わせて二重の備えと致しましょう』


 そうメルフィーナが提案したのはコレットの結界を過信し過ぎないようにする為、そして魔王との戦いに耐え得るステージを構築する為だ。コレットが「メ、メル様との共同作業!?」などと息巻いていたのは、颯爽とシュトラと対峙する少し前のことである。


『流石に、これだけじゃあ止まらないか……!』


 青き薔薇は魔王の脚部に、愚剣に絡み付いているのだがゼルは全く意に介さない。荊の棘が魔王の足元に手傷を負わせるが瞬く間に傷は塞がり、力任せに振り解いていくのだ。これもクライヴからのギフトである『自然治癒』による効果だろう。氷片によるダメージも完治済み、最大HPが高いだけに回復速度も早いな。生半可な攻撃では直ぐに回復されてしまう。


『でも、さっきと比べてスピードはないよっ! 荊の阻害が効いてる!』


 ゼルの動きが鈍くなったのを確認したリオンが黒剣アクラマを握り締め、前に飛び出した。


『油断しちゃ駄目よ! 奴はまだ、緑魔法で―――』

「『止マレ』」

 

 ―――硬直。それは時間にすれば1秒や2秒、いや、もっと短い時間なのかもしれない。しかしその効力は最初の比ではなく、魔王が口にした王の命は明らかに効果を発揮していた。耐性の許容範囲を超え始めたのか、女神の指輪が身震いをするかのように振動している。短いはずの時間が長く、永遠のようにも思える。動け、動け。並列思考の中でその言葉のみが羅列されていくが、先に動き出したのは魔王であった。


『ぼ、僕かー……』


 向かった先は、先ほど魔王へと走り始め最も近い位置にいたリオンであった。氷女帝の荊セルシウスブライアが魔王に絡みつき行く手を阻むが、奴の速度はなぜか落ちない。ステータスを覗くと補助効果の欄に風脚ソニックブーツの文字が記載されていた。


『そ、そういえばセラねえの戦闘データにそんな場面があったような…… ごめんなさい!』

『馬鹿! もうっ、さっさと動きなさい、私!』


 風脚ソニックブーツによる敏捷上昇で荊の阻害はイーブンになっている。魔王は既にリオンの目前、このままでは俺たち3人・・は間に合わない。


「マズハ一匹!」

「グォンッ!(させないっ!)」


 リオンの影よりアレックスが飛び出し、口に銜えた劇剣リーサルで愚剣に応戦。背後では影を操り、リオンを掴み取って魔王の攻撃範囲外へと放り投げる。リオンの影の中にいたアレックスは王の命による効果を受けなかったようだ。これには流石の魔王も予想していなかったのだろう。太刀筋に迷いが僅かに見られる。それでもアレックスと魔王の間には能力の差があり過ぎた。応戦空しくアレックスは後方へ吹き飛ばされてしまう。リーサルはアレックスの口から放され、大きく宙を舞う。


「グッ!?」


 アレックスと入れ違いにリーサルを掴み取り、天歩にて加速し黒剣アクラマと連携させて魔王の頭へと斬り込んだのはリオンだ。それだけではない。


『良くやったわ、アレックス!』


 いち早く駆けつけたセラは横っ腹目掛けて紅き拳を叩き込み、魔王の巨体を宙に浮かせる。これによりアレックスは剣ごと吹き飛ばされるだけで済んだのだ。


『不覚です。それ以上に、不快です』


 続くメルフィーナが心臓部を聖槍ルミナリィで貫く。急所に次ぐ急所への攻撃、それでも魔王が倒れる気配はない。俺も共に叩き込みたいところだが、今はその前にやることがある。飛ばされてきたアレックスを風で受け止め、そして―――


「『死―――。―――!?』」


 無音風壁サイレントウィスパーによる魔王の声の封じ込めを行う。範囲は魔王の口元のみに限定する。案の定、王の命が有効だと考えた魔王はこの場面で再度使ってきたが、もう声が結界外へ漏れることはないのだ。その手は使えない。困惑しているところ悪いんだが、早く別の手を考えてくれ。うちの女性陣がどんどん攻撃仕掛けちゃうぞ?


『クゥン……?(リオンは……?)』

『お前のお陰で無事だよ。それどころかもう攻撃に参加してる』


 致命傷には至っていないが、それでもかなりダメージを負っているな。少々でか過ぎる忠犬を一撫でし、白魔法でHPを全快させ、念の為解呪の魔法も使っておく。ええと、今リオンはリーサルに剣を変え直したから…… ほい、クロトから魔剣カラドボルグを取り出してアレックスに銜えさせる。ついでに風神脚ソニックアクセラレートもぺたり。


『よし、それじゃあ仕返しに行こうか。アレックス』

『ガウッ!(うんっ!)』

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