モテ期
陽はだいぶ傾き、空を赤く染めようかという、夕方。建ち並ぶ校舎の影は長く伸び、生徒のいる第一校舎から離れたこの特別棟まで、下校する生徒の楽しそうな声が聞こえてくる。
今、俺は特別棟裏の枝下柳の下で、目の前の先輩のアクションを待っている。
なぜなら、俺をここに呼び出したのは先輩だからだ。向かい合ってから5分近く経とうと、俺は待っている。ちょっと疲れたな、と思うが、待ちに徹する。
余談だが、ここは学校の告白スポットだ。そこに呼び出されて、モジモジする人が目の前にいて……これはもう、告白のシーンだろう。
しかし、俺はまったくトキメかない
別に、他に好きな人がいるとか、この人が嫌いだとか、そんなんじゃない。
そんなんじゃないけど
「俺と付き合ってくれ!!」
……男から告白されても全然嬉しくない。
「……何やってんすか、先輩……」
たまに助っ人で入るバスケ部の、エースである先輩は深々と下げていた頭をあげる。
よく通った鼻筋に、凛々しい眉。眉の下の目は涼しげで、ザ・イケメンな先輩だ。
コートでは誰よりも頼れる男な先輩が、まさかゲイだったとは……
て、訳ではないことを、俺もいい加減学んでいた。
「何って、告白の予行と願掛けだよ」
何いってんだ?と言わんばかりの顔で、先輩が言う。
でもそれ、そっくりそのままお返しします。
「……予行は、後ろの木にでもしてください。願掛けは、俺にじゃなく神社に行って下さい」
「いや、だってさ」
手をあげて、先輩を止める。
「近頃出回っている、俺で告白の予行をすると絶対成功する、ていうの、嘘です。デマです。俺にそんなオプションついてません」
いったいどこの誰だよ、こんな根も葉もない噂を広めやがったのは。
この噂のせいで、俺はすでに20人近くから告白されている。
しかも、男ばっか。
俺にはこれっぽっちも利益がない。
「でも実際、100%の成功率をたたき出してるだろ?失敗した話、聞かないし」
「失敗した人は自分から言いふらさないでしょうよ。失恋したなんて」
俺がそう言うと、先輩は「……確かに」と愕然としている。
ちょっと考えれば分かるだろうに……。
この学校、そんなに偏差値は低くないはずなんだけどな。
項垂れている先輩は「詐欺だ」と呟くと、すがるように俺を見る。
「……じゃあ、その恋愛のご利益がありそうなアザは?」
「なんのご利益もありません。むしろ呪いです」
俺は首筋に手をやる。
こいつのせいで、俺の人生3割は損している気がする。
「お、いたいた!」
俺と先輩の間に流れる気まずい雰囲気をもろともせず、軽い声が掛けられる。
声の方に顔を向ければ、見知った顔がそこにあった。
キョロキョロとよく動く目に、すっとした顎。肌は陽に焼けていて、大きい口から覗く歯を白くみせていた。
俺のクラスメイトにして幼馴染みの、菅野拓郎だ。
拓郎は興奮した様子でこっちにやって来ると、俺の腕を掴む。
「ビックニュースだ、ハート!」
何が、という質問の前に、とりあえず拓郎の首を鷲掴む。
「ぐえっ!」ていう苦し気な声があがったが、気にしない。
「……俺の名前は“隼人”だ。Do you understand?」
首を絞められているため声は出ず、代わりに拓郎は激しく頷いていた。
手を離してやると、拓郎は大袈裟に息を吸う。
こいつは全てが大袈裟だ。そして紙みたくペラペラの、軽い男だ。
「で、ビックニュースって?」
「やべーよ、超やべー!マジで、すんげぇ美少女が校門にいるんだよ!」
「……だから?」
「だから?!何だよ、そのリアクション!!一見の価値あり、な美少女を見つけて、親切にも教えにきてやったのに!!」
「頼んでねぇよ」
「枯れてる!お前は中年親父並に枯れてるぞ!いっそ干からびてミイラになってしまえ!」
キャンキャン騒ぐ拓郎を無視して、俺は先輩に向き直る。
「じゃあ、俺はこれで。健闘を祈ってます。……失敗しても、逆恨みは止めて下さい」
先輩は「お、おう」と言って手を挙げる。
とりあえず、言わなきゃいけないことは言った。
先輩がどうなろうと、俺には関係ない、と。
荷物を持って、俺は拓郎と先輩に背を向ける。
「その美少女ってどんな子?」
先輩が拓郎に尋ねている声が、風に乗って俺のとこまで届いてきた。
「よくぞ聞いて下さいました!すごいんですよー。まるで二次元から飛び出してきたみたいに完璧なんです。髪は真っ直ぐで腰まであって、目は真ん丸で、輝いてんです!すげー清楚な感じで、白いワンピースがこれまた似合ってて……全体的に細身なんすけど、こう、出るとこ出て、引っ込むとこ引っ込んでて……いやー、Dは固いな。……あ、ただ」
……なぜだろう。
……すっごく嫌な予感がする。
「渋山羊君のキーホルダーを首から下げてんすよねー」
「あれ何なんすかね」という拓郎の言葉を耳で拾う前に、俺は猛然と校門にダッシュした。