じーちゃんと絵画
——その絵を見た瞬間、時が止まった気がした。
じーちゃんが亡くなった。
葬式が終わって数週間後、親がじーちゃんの蔵を整理するというのでついてきた。
じーちゃんの家には昔からある大きな蔵があった。ばーちゃんが死んでからじーちゃんは一人で住んでいた。夏の終わり、風邪をこじらせ入院した。そしてあっけなく亡くなった。
その蔵にはほとんど誰も出入りしない。開かずの間のような雰囲気だし、古くて中も真っ暗だったから子供の頃から入ったことはなかった。
たった一度を除いて。
――あれは確か、6歳だったあの夏の日。
父さんと母さんが遠出することになり、僕は数日間、祖父母の家に預けられることになった。
畳がだだっ広い部屋で正座をして、おばあちゃんが淹れてくれた冷たいお茶を飲んでいた僕は、退屈さに耐えかねて庭へ飛び出した。
そして吸い寄せられるように、敷地の奥にある禁断の蔵へと向かったのだ。
その日に限って、鍵が開いていた。
近づくと戸に隙間ができていた。いつもはぴったりくっついているはずなのに。
僕は、その隙間から中を覗き込んだ。
暗い蔵の中に一筋の強い光が差し込み、それに浮き出されるホコリさえ幻想的に見えた。
真っ白な光の周りに浮かび上がる、古い木箱や壺などの陶器類。2階へ続く使い古された木のはしご……。
もう、いてもたってもいられなかった。
両手をその隙間にねじ込み、ぎゅっと力を入れる。
ギギギ……と、木の扉が鈍い音を立てて、だが確実に動いていく。いつもなら感じるはずの暗闇への怖さなんて、その時の僕にはまったくなかった。
あの時、僕が足を踏み入れた蔵の奥で見たもの。
それは——
数歩、足を進めたところで太い声が背後から響いた。
「勇斗!!」
びくっと肩が動き、ぱっと振り返ると、じーちゃんが立っていた。逆光で顔はよく見えなかったが、怒られる!! と思った。冷や汗が出てくる。握っている拳にじわりと汗が滲む。
僕は何も言えず、ただ、じーちゃんの顔を見つめていた。
ゆっくり近づいてくるじーちゃん。蔵の中で立ちすくむ僕。
じーちゃんはゆっくり、ゆっくりと一歩ずつ近づいてきた。じーちゃんのぞうりが動くたびに、ジャリッ、と音を立てる。
僕は思わずツバを飲み込んだ。
じーちゃんを見上げるために、首が痛くなるくらい顔を上げていた。
近づいてきて、分かった。
じーちゃんの顔は穏やかで、怒ってなんかいなかった。むしろ、うっすらと笑っていた。
「興味あるんか? この中に」
元々あまり笑わなかったじーちゃんが笑っていて、僕はほっとした。けれど同時に、どこか少し怖かった。
「……うん。ちょっとだけ」
消え入りそうな声で答えると、じーちゃんは僕の頭をごつごつとした大きな手でなでてくれた。
「おいで」
じーちゃんはそう言うと、僕を通り過ぎて蔵の奥へと向かった。
慣れたように迷わず木のはしごに手をかける。じーちゃんが足を乗せると、ぎしっと音がした。
じーちゃんの後を追ってはしごを登り始めた。上を向くと、じーちゃんはもう2階へ登りついたところだった。僕は、はしごに登るのは初めてでドキドキしながら、でも置いていかれるのが怖くて急いで後を追いかけた。
僕の顔が2階に飛び出たとき、じーちゃんは奥に進んでいて、たくさん箱がある場所の後ろから大きな板のようなものを出してきた。布に覆われていたので、その布を外しはじめた。
埃がぶあっと舞い上がるのが、差し込む光でよく見えた。僕は思わず咳き込んでしまった。
「ゴホゴホ……!」
口を押さえ、涙目で咳をしながら顔をゆっくり上げた。
じーちゃんが自慢げに出したもの。
それは1枚の絵画だった。
——その絵を見た瞬間、時が止まった気がした。




