45:単独行動(四人)
一方その頃。
トルネの街ではフィア達女性四人組が結構呑気していた。
街の目抜き通りは、街在住のミーナとアンジュにとってはありふれた光景であり、十日以上滞在しているアルマにとってもそれなりに見慣れた場所ではあったが、人間界歴二日目のフィアにとってはそうではなく、最初からずっとワクワクした様子で辺りを見回していた。
主に食べ物関係を。
「神霊獣の姿である時は、人の姿の時程味を感じ取れぬからな。それに今思えば、そうでなくともあまり美味しい食事でもなかったか」
フィアは屋台で売っていた"召喚獣焼き"という二十個入りで銅貨五枚の焼き菓子を頬張りながら、つい先日まで行っていた異界での食事を思い返していた。
「どんなもの食べてたの?」
異界での食事がいまいちピンとこないアルマがフィアに尋ねる。
魔力体である故に食事を必要としない召喚獣の世界にそこまで食べ物があるのか? という疑問でもあった。
「む? 人間界とそう変わらぬよ。召喚獣ではない動物の肉や、果実、穀物などだ」
ガサゴソと袋の中から五個目の焼き菓子を取り出し頬張る。
「問題はそれらが調理されておらぬ。というところだな。果実はまぁ良いが、人間界の味を知ってしまった以上、調理されておらぬ穀物や動物の肉などは食えた物ではない」
思い出した味に顔をしかめ、それを上書きするように六個目を口にした。
「料理をする人……えっと、人はいないから、人に変身出来る誰かが料理をする事はなかったのです?」
「……そんな環境があるのかしら」
昨日の今日でフィアとの距離感を大分詰めたミーナが思い浮かんだ疑問を口にした。
フィアも人型になれるし、他三体の神霊獣も同様に人型に変身可能だ。
だったら誰かが料理をする事はなかったのかと。
それに対してアンジュは、そもそも料理が出来る設備が異界にあるのかと首を傾げる。
そんな二人の疑問に、召喚焼きの七個目を口にしつつ、フィアは答えた。
「設備は無いが、するだけならばそう難しいことではない。単純な話、風で素材を切り、火でそれを焼けばよい。調味料の素となるであろう植物も自生しておったしな。だがその時はそれでも満足はしていたのだ。それに、知らない物を"無いから不便だ"と言う者もおるまい?」
「えっと……調理の大切さを知らなかったから、素材そのままの味でも問題は無かったってこと? ……ですか?」
アンジュはまだフィアとの距離を掴みあぐねており、皆と同じ様にタメ口を使おうか、それとも敬語を使おうか迷った挙句、敬語を使う事にした様だ。
「そういうことだ。……まぁ、味はともかく、調理方法やそこから生まれる料理を知っていて試そうともしなかった余が言えたことでは無いのだが……面倒臭そうでな(ボソッ」
つまりはこの火の鳥、人間界の料理を美味しそうだと思ってはいたのだが、調味料の製法やら下ごしらえやらが面倒臭そうという理由で料理をせず、それを味を知らないのを良い事に「今のままで充分美味い」と自分に言い聞かせていただけであった。
実際それだけでも満足していたので尚更。
実は塩だけなら岩塩をそのまま使えばよかったのだが、それに気付いた時には意地でも料理をする気はなかった。
「?」
「いや、何でもない……ほれ、コイツをやろう」
「え? ……あ、あぁ、どうも」
誤魔化すように召喚獣焼きを渡してくるフィアに、アンジュは曖昧な返事しか出来ず、受け取った召喚獣焼きを見て一瞬だけ表情を曇らせる。
実はアンジュ、この焼き菓子があまり好きではないのだ。
味は確かに美味しいと思う。一口サイズだし小腹が空いた時なんかに食べるのに丁度よい。
でも小さい頃からずっと食べて慣れ親しんでいる味だ。
はっきり言って飽きている。
子供の頃は大好きで、頻繁に買ってはエリックと一緒に食べていたが、今はもう自ら買うことがない程度には飽きている。
そんな小さい頃のエリックとのやりとりを思い出すから恥ずかしい。というのもちょっとある。
でも食べないという選択肢は無い。
飽きているだけで嫌いではないし、この場は凌いで後からも結局食べない。なんていう多方面に失礼な事が出来るハズもない。
「あ、お姉ちゃんにだけズルいのです!」
そんな状態で召喚獣焼きを食べるアンジュを見ていたミーナが「私もほしいのです」とフィアにおねだりをした。
「ははは、勿論ミーナにもだ」
「ありがとうなのです!」
渡された召喚獣焼きを両手で受け取ると、そのまま口に持っていき一口で食べ、満足気な表情を浮かべるミーナ。
姉のアンジュとは違って、ミーナは今も昔もこの召喚獣焼きが大好きなのだ。
でも自分では買っていないあたり最初から貰うつもりだったのかもしれない。
「私には?」
「当然だな」
忘れておらぬぞ? とばかりに召喚獣焼きの入った袋をアルマに差し出す。
アルマは中から一つを取り出すと、ひょい、と口に放り込んだ。
「しかしこの焼き菓子は美味しいが、ここまで食べると流石に水分が欲しくなるな」
皆に渡した三個を含め、合計で十一個目となる召喚獣焼きを取り出したフィアが気付く。
血肉の代わりに魔力で構成されているだけで、器官などは人間のそれと変わらないフィアの口内水分は、この焼き菓子によって大分奪われていた。
口の中がぱさぱさしたまんまというのは流石の神霊獣も気持ちが悪いらしい。
「もうちょっといったところにドリンクのお店があったハズだけど」
「どうせなら食事も一緒にしない?」
「だったらピザが食べたいのです!」
「ほう。ピザは知っておるぞ。小麦で出来た円状の生地にチーズを乗せて焼いたものだな。いや、勿論食べた事はないのだが」
「ピザ……いいね。そうしよう」
「決まりね。ならオススメのお店に案内するわ」
どうせお昼を食べるつもりだったし、それならばと食事を提案したアンジュに反対する者は一人もおらず、四人はアンジュオススメのお店に向かう事にした。
お店は通りから路地を入った突き当りにあり、隠れた名店という雰囲気を醸し出していた。
テラス席があったり、おしゃれな街灯が置いてあったりするので、それもそう思わせる理由の一つだろう。
さらには、近づくに連れて強くなっていたピザの香りに、もうフィアとアルマのテンションは上がりっぱなしだ。
「これは絶対美味しいやつだな。匂いで分かるぞ」
「うん。間違いないよね」
人間界二日目だというのに匂いで味の判別をフィアにちょっとほっこりしつつ、アンジュは店内への扉を潜り、残る三人もそれに続いた。
お昼をそれなりに過ぎているからか、他のお客は二人しか見当たらない。
「おぉ。色んな種類があるのだな」
早速とばかりにテーブルの上のメニューを手に取り、その種類の多さに感激するフィア。
定番であるマルゲリータやテリヤキチキンなどから、生地も具も何もかもが緑色のグリーンピザ、逆に全てが真っ赤なマグマピザなどの変わり種もあり、店長のお任せカプリチョーザを含めて、この店で提供されているピザは全十種類。
テーブルからも見える厨房に、料理人が一人しかいないこの店舗の規模で考えると十分に多いと言える。
「むむむ……どれもこれも美味しそうだな。……アルマよ、お主は何にするつもりだ?」
出来れば全部食べてみたいし、それを可能にするだけのお金は持っている。
人のだけど。
が、それが常識的にもタイミング的にも間違っていることは分かっているので、フィアはアルマが頼もうとしているピザを聞き、自分はそれと違うピザを頼む事で、それぞれのピザを半分こ、そうやって二種類の味を楽しもうと考えていた。
でもフィアが考えるまでもなく他の三人は最初からそのつもりだった。
「フィア、ピザにはハーフ&ハーフというものがある」
つまりはそういうことである。
詳しい説明に衝撃を受けたフィアは、アルマと一緒にマグマピザとマルゲリータのハーフ&ハーフを。
ミーナとアンジュの姉妹は、テリヤキチキンとキノコピザのハーフ&ハーフをそれぞれ注文。
ミーナの頼んだテリヤキチキンに関しては特に思うところもないようだ。
「鶏肉も普通に食っておったしな。それよりもこれで四種類を一切れずつ食べることが出来るのだな? うむ! 素晴らしいぞハーフ&ハーフ!」




