10:【暁】
「ふぅ」
異世界憧憬の魔力を三割にして、残り二割の魔力を聞き耳に回す。
一応警戒はしとかないとね。
「あ、あの……」
「えっと、大丈夫ですか?」
「あ、はい。あの、助けて頂いて有難うございます」
ペコリと頭を下げてお礼を言ってくる女性の冒険者。
よくみたら三人共女性だな。馬車の所に居た人も女性だったし、女性だけのパーティなんだろうか?
「あ、居た。カナ!」
声を掛けられて振り返ると、そこには追い付いてきたクロエとアルマがいた。
置いてきた俺が言うのも何だけどさ、クロエの足ならもっと速く追い付いてこれると思ったんだけど、随分とゆっくりね?
「クロエが《マスターなら心配ありません》って言ってたから。それに私もそう思ったし」
喜んでいいのか微妙なタイプの信頼感だな。
俺が悪いんだけど。
「それで、そっちの人達は?」
「あぁ、えっと。」
そういや自己紹介もまだだった。
「私は【暁】というパーティでリーダーをしています、エマと言います」
「あの……えっと、カ、カグラ、です」
「僕はクルスだよー。いやー、キミ強いねー。助かったよー。ありがとう」
そんな空気を察してか冒険者の方から自己紹介をしてくれた。
自己紹介一つとっても三者三様だね。
「俺はカナメって言います。こっちはアルマ」
ペコリと会釈をするアルマ。
あ、ちゃんとクロエから降りて挨拶してるぞ。騎乗だと失礼だからね。
「カナメさん。本当に有難うございます。貴方のおかげで皆助かりました」
「いえ、間に合ってよかったです。ケガとかはないですか?」
「大丈夫です。ひたすら逃げていたので」
そう言いながら苦笑いをするエマさん。
《成程。お三方がコランダムクラブに襲われている所をマスターが助けたという事ですね》
「あのデッカイ音はやっぱりカナだったんだね」
傍らに頽れているコランダムクラブを見て納得する二人。
そしてその発言を聞いて不思議そうな表情を浮かべている暁の三人。
「? どうかしましたか??」
何かおかしな事でもあった?
「え、と。そちらの女性の方はアルマさん。でしたよね?」
「はい。そうですよ」
「もう一人女性の声が聞こえたような気がしたのですが……」
あぁ。そういう事か。
「……クロエ」
《畏まりました》
一歩進んで頭を下げるクロエ。
《私の名前はクロエと申します。ゴーレムの身ではありますが、心を授かりマスターのお供として旅にご一緒させていただいております》
「「「……」」」
……。
「「「ゴーレムが、喋った……」」」
ですよね。
◆◆◆◆◆
「とまぁそういう訳なんですよ」
結界に戻る道すがら暁にここまでの成り行きを説明する。
いくらなんでも馬鹿正直に心核の話はしてないけど「俺の祖父ちゃんが魔導技師で、ゴーレムに心が宿っているのも固有の力なんですよーアハハ」って説明しといた。
嘘は付いてないよ?
「そういう事でしたか。やはり世の中には色々な固有があるのですね」
うんうんと頷くエマさん。
「固有といえばさー、キミのソレも固有なのかな?」
此方を見てクルスさんがそう尋ねてくる。
ソレとは片手でコランダムクラブ二匹を持ち上げている異世界憧憬の事だろう。
身体強化は本来の身体能力を増幅させる汎用スキルなので、元々の筋力だったりが少ないとあまり効果がないのだ。
なので俺みたいな細いのがいくら身体強化をしたところで素早さは上がれども片手でコランダムクラブ二匹を持ち上げる筋力には至らない。という事だ。
「そうですよ。まぁこれくらいの事なら出来ます」
「コランダムクラブ二匹を纏めて吹っ飛ばすくらいだもんねー。あれはビックリしたよー。もしかしてそのスキルって耳もよく聞こえるようになったりするのかな?」
「えぇ、まぁ」
「やっぱり?じゃあエマの声が聞こえたんだ。凄いねーそのスキル。私も覚えたいよー」
それは聞き耳スキルのお蔭なんだけど、実際異世界憧憬は五感も強化されるからあながち間違ってもない。
それにしてもクルスさんめっちゃ喋るな。さっきはずっとアルマと喋ってたし今もクロエに「クロエちゃんはスキルとか覚えてないの?」とか聞いてるし。
それとは対照的にカグラさんはとてもおとなしい女性だ。
エマさんの隣に付いて歩き、最初の挨拶以外言葉を交わしていない。
「……っ!」
そしてこの様に目線が合うとすぐさま逸らされる。
何故だ?
「すみません。カグラは人見知りな所がありまして、他人と話すのはあまり得意ではないんです」
「ご、ごめんなさい」
どうやら怖がられてる訳ではないみたいでよかった。
初対面の人に怖がられるのは悲しいからね。
その後はクルスさんからの質問攻めに遭いながらも、特に魔物に襲われること無く一時間程掛けて結界の場所まで帰って来た。
「おーい。ペトラー。ただいまー」
クルスさんは馬車の方へ駆けて行き、エマさんとカグラさんもそれに続く。
ペトラさんというのはもう一人のメンバーで、ここに残って馬車の番をしていた人だ。
そうなんだよ。普通は馬車の番も居るんだよな。
俺たちの馬車はクロエが居ないと動かないし、魔力式の鍵がかかってるから心配ないんだけど……何処にでも悪いヤツは居るって事だ。
「おぉ、皆。遅かったではないか。心配していたぞ」
「ごめんねー。ちょっと色々あってさ」
「何があったのだ?」
「はい、実は――」
◆◆◆◆◆
「よいしょ、っと」
俺は持ち上げていたコランダムクラブを地面に下し、解体の準備を始める。こいつの解体は手間が掛かりそうで、流石にあの場所で解体する訳にはいかなかったからね。
「クロエの言う通り、不純物が多いな。まるで岩だ」
改めて討伐したコランダムクラブを眺めるとそれがよくわかる。
水晶と呼ぶには随分と濁っているな。
「でもこれが研磨剤として売れるんだよね?」
《ええ。野生のコランダムクラブはダンジョン産と違って宝飾品としての価値は殆どありません。その上不純物が混ざることにより装甲も硬くなって倒しにくくなるんです》
「つまり、需要はあるけどあまり市場に出回らないと」
《その通りです。場合によってはダンジョン産より高値で売れたりもしますよ》
同じ魔物でもダンジョン産の方が倒し易く安定して金になるとなればそらそっちの方を倒すわな。
それで研磨剤として優秀な野生の素材が出回らなくなって買取価格が上昇すると。
《それと、量は多くは無いですが、その硬い甲殻に守られたコランダムクラブの身は絶品です》
「まぁ、蟹だしな」
「うん、蟹だしね」
蟹は美味しい物だ。
看破スキルによるとお腹の辺りが食べられるらしく、それ以外は身が固くて食べられないみたい。
でもこれ、お腹だけと言っても結構食い出がありそうだよな。
「うん。折角だし暁の人達も誘って皆で食べようか」
俺達二人だけじゃ食べきれなさそうだし、残す事になっても勿体ないしね。
そう思い、声を掛けようと暁の馬車の方を見ると、丁度そのメンバー四人が此方に向かって来ていた。
何事ですか?
「カナメ君、少しいいですか?」
「どうしました?」
「ペトラがお礼をしたいんだってー」
「エマ達から聞いているかも知れないが、私はペトラと言う。こ度の件に関してお礼をさせて頂きたい」
「あ、どうも、カナメです。お礼ですか?こちらとしては感謝の言葉を頂いたのでそれで充分なのですが」
当然の事をしたまでです!
と言うつもりはないけど、見返りを求めている訳でもない。偶々なのですよ?
「そうだとしてもだ、それでは私の気が済まない」
えぇ……。そんな事言われてもな、マジで充分なんですけど。
「すみません。ペトラはこういう人でして」
「真面目だからねー。受けた恩はしっかり返さないと気持ちが悪いんだってー」
「(コクコクと頷く)」
「頼む。私に出来る事なら何でもする。お礼をさせてくれ!」
バッ!っと勢いよく頭を下げてくるペトラさん。
うーむ。真面目も拗らすとこうなるのか。これはお礼を貰うまで収拾が付かないな。
何でもかぁ。パッと思い付くのはお金だけど、それは良心が咎めるしな。
となると、何かを貰うより何かをしてもらった方がいいか?
……ふむ。
コランダムクラブの解体を手伝ってもらうってのはどうだろう?
ペトラさんのこの様子じゃこのまま食事に誘っても断られる可能性が非常に高い。
ペトラさんが断るとなると他のメンバーも気を使うだろうし。
あぁでもクルスさんだけはそうでもないかも。
「ん?僕の顔に何かついてるかなー?」
「いえ、何でもないです」
ともかく、解体を手伝って貰えば自然な流れで誘える。
ペトラさん的にはお礼のお礼という形になるだろうけど、そこはホラ、食材の処理とかの名目で。
「それでしたら、コランダムクラブの解体を手伝っていただけませんか?」
「そんなもので良いのか?」
「大助かりですよ。コランダムクラブを今晩の食事にしようと思っていましたし、人手があると解体も調理も早く終わりますしね」
「そういう事ならお安い御用だ! 自慢ではないが解体は得意でな、私に任せるが良い!」
「あ、ヒビの入ってるヤツをお願いします」
ペトラさんは馬車から解体用の道具を取り出すと、意気揚々とコランダムクラブの解体に取り掛かっていく。
「それで、僕たちは何をすればいいかな?」
「え?」
「命を助けてもらって気持ちを伝えてハイお終いって訳にはいかないからねー」
クルスさんだけではなく、エマさんとカグラさんも同じ気持ちの様で「なんでも言ってください!」とばかりにこちらを見ている。
まぁ……そうなるよね。
ここでペトラさん一人に任せるような人達ならパーティを組んでないハズだ。
ならば彼女たちにも手伝ってもらおう。
「でしたら、クルスさんはペトラさんと一緒に解体をお願いします」
「オッケー」
「エマさんとカグラさんはアレを茹でるための釜を土魔法で作って下さい。大きさは、三m四方でお願いします」
「任されました」
「わ、わかりました」
言われた三人もすぐさま作業へと取り掛かる。
で、俺達は何をするかと言うと。
「アルマはお米と飯盒を用意して」
「わかった。」
そう、米を炊く。
自慢じゃないが俺もアルマも料理は得意じゃない。今回作ろうとしているのも茹でた蟹と、その解し身をわさび醤油で溶いた丼にするつもりだし。
後は、味噌汁だな。
アルマと一緒に馬車に向かい鍋と味噌こし、そして味噌と醤油を持ち出す。
ワサビは流石綺麗な渓流だけあってそこら辺に自生しているのでそちらを拝借。
「カナメさん。これくらいでいいですか?」
呼ばれて振り向くとそこには立派な釜が出来上がっていた。
「はい。良い感じです」
俺はヒョイと跳躍して鍋の縁に着地し、水魔法で凡そ半分くらいまで水を溜める。
「カナメ殿、こちらの解体も終わったぞ。」
「いやー、ヒビが入ってたから楽だったよー」
どうやら解体も終わったようだ。
得意と言っていただけあって随分と早い。
見事に手足と胴体が分かれており胴体の水晶も綺麗に剥がされている。
「ありがとうございます」
「カナ。お米の準備もバッチリ」
アルマの方も準備を終わらせ、後は炊き上がりを待つだけの状態だ。
「じゃ、茹でますかね」
解体してもらった胴体部分を持ち上げ、またもヒョイと鍋の縁へと跳躍する。
そして水を張った鍋に投入。
チマチマ加熱なんてしてられないのでそこそこ魔力を練った自前のファイヤーボールを鍋に二、三発ぶち込む。
茹で上がりを待つ間に味噌汁を作っておこう。
といっても味噌こしで味噌を溶くだけなんだけどね。
コランダムクラブが茹で上がったらその身を入れるつもりだ。
「さて、準備は殆ど終わったので皆さんは適当にくつろいでいて下さい」
「では、その間に我々も食事を済ませてしまおう」
「あ、その事なんですけど暁の皆さんも一緒にどうですか? アレ」
鍋を指さし提案してみる。
「え?」
「ここでこうしているのも何かのご縁ですし、手伝っていただいたお礼に一緒に食事でもどうかなぁと思いまして」
「で、ですが命を助けていただいたばかりか、食事までご馳走して頂くわけには……」
「その通りだカナメ殿! それにそれではお礼のお礼になるではないか!」
「やったー。アレ食べてみたかったんだー」
「(ゴクリ)」
そうでしょうとも、そう来る事はわかっていましたとも。
カグラさんの反応はちょっと予想外だったけど。ああ見えて結構食べるタイプの人かな?
涎垂れてますよ?
「あれだけの量は俺とアルマだけじゃ処理しきれません。折角の美味しい食材を残してしまうのは勿体ないですからね。なのでまぁ、食材の処理を手伝う。という名目で」
「そ、そう来ましたか……」
「折角誘ってくれたんだからさー、ここはカナメ君の好意に甘えようよー。蟹だよ蟹?絶対美味しいよー」
その後も暫く唸っていたがようやく観念したのか「では、有難く頂戴いたします」とこちらの申し出を受け入れてくれた。